小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 5

INDEX|13ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 いつも叔父に対して挑発的な口調になる要を誠はニヤつきながら見つめていた。言葉を発した後、誠の視線に気づいた要は気まずそうに剥いたみかんを口に放り込んだ。
『まあ……シャムの05式乙型の法術触媒機能がいま一つ相性が悪くてね。ヨハンの奴がどうしてもクロームナイトの触媒システムの稼動データが取りたいって言うんだ。それとランの奴の場合は07式はあくまで試作だからな。十分な実験データが取れていない状態で実働部隊に使用されていること自体が異常なんだ』 
「異常?この部隊自体が異常なくせに」 
 叔父である嵯峨の言葉に切り返す要。誠はただ頷きながら彼を見つめているカウラの視線を感じて目を伏せた。
『そんな事言うなよ。一応俺も苦労しているんだぜ』 
「苦労ねえ……」 
 意味ありげに笑う要。誠も乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「物騒なものを持ち込むんだ。それなりの近隣諸国への言い訳や仮想敵あるんだろうな。アメちゃんか?中国か?ロシアか?それともゲルパルトの残党や胡州の王党過激派か?理由は威嚇か?最終調整の為の試験起動か?それとも……」 
『焦りなさるなって』 
 要の矢継ぎ早の質問にいつもののらりくらりとした対応で返す吉田。誠は要に目をやったが明らかに苛立っていた。
「先日の遼南首相の東和訪問の際に東都港に入港したあれですか?」 
 アイシャの言葉に驚いたように要の視線が走る。
「なによ!そんなに責めるような目で見ないでよ。一応これでもあなた達より上官の佐官なのよ。話はいろいろ知ってても当然でしょ?」 
 慌ててそう言ったアイシャの言葉にカウラは頷くが要は納得できないというように手にしていたみかんをコタツにおいてアイシャをにらみつけていた。
『喧嘩は関心しないねえ……。仮想敵から話をするとねえ、遼南の南都軍閥に動きがある』 
 そんな嵯峨の一言で空気が変わった。
『遼南帝国宰相、アンリ・ブルゴーニュ候は米軍とは懇ろだからな。彼の地元の南都軍港で何度か法術師専用のアサルト・モジュールの起動実験が行われていたと言う情報は俺もねえ……あれだけあからさまにやられると裏を取る必要が無いくらいだよ』 
「実働部隊は蚊帳の外……いや、あのチビ!アタシ等に隠してやがったな!」 
 そう言うと要は半分のみかんを口に放り込んでかみ始める。明らかにポーカーフェイスで報告書を受け取るランの顔を想像して怒りをこらえている。そんな要の口の端からみかんの果汁が飛び散り、それの直撃を受けたカウラが要をにらみつけるが要はまるで気にしないというようにみかんを噛み締める。
『ああ、お前等には教えるなって俺が釘刺しておいたからな。なあ、クラウゼ』 
 目の前のアイシャが愛想笑いを浮かべている。カウラも要も恨みがましい視線を彼女に向けた。 
「しょうがないじゃないの!隊長命令よ!それに貴方達は他にすることはいくらでもあるんだから」 
「駐車禁止の取り締まり、速度超過のネズミ捕り……ああ、先月は国道の土砂崩れの時の復旧作業の仕事もあったなあ」 
 嫌味を言っているのだが、誠から見るとタレ目の印象のおかげで要の言葉はトゲが無いように見えた。
『喧嘩は止めろよ。それにだ』 
「?」 
 突然言葉を飲み込んだ嵯峨に要は首をかしげた。彼女の背中を指差すカウラ。誠と要は同時に振り向いた。
「どうも……」 
 そこには中華料理屋の出前持ちの青年が愛想笑いを浮かべながら笑っていた。
「仕方ねえなあ」 
 要は腰を上げて財布を取り出す。
「三千八百五十円です」 
 入り口の戸棚の上に料理を並べながら青年が口にしたのを聞くと要は財布に一度目をやった。
「アイシャ二千円あるか?」 
「また……」 
 呆れたような口調でアイシャも財布を取り出す。その光景を見ながらカウラと誠はただニヤニヤと笑うだけだった。


 時は流れるままに 6


「もうすぐ着くぞ!起きろ」 
 島田の声で誠は目を覚ました。
 西東都東和陸軍基地祭で軍の装備目当てで来たミリタリーファンの視線を奪い取って、注目度で圧倒した誠の痛い05式。説明や記念写真。まるでスターにでもなったようだとはいえるが、生ぬるい東和陸軍の兵士達の視線を浴びるのに疲れて、搭載作業が終わると誠はトレーラーの後部座席で熟睡してしまっていた。
「ああ……」 
「大丈夫か?かなり疲れていたみたいだが」 
 隣に寄り添っていたカウラに気づいて誠は起き上がった。街灯の明かりがその緑色のポニーテールをオレンジ色の混じった微妙な色に染め上げている。
「ああ、大丈夫ですよ。それより西園寺さんは?」 
「ああ、要か……」 
 がっかりしたような表情でカウラが前の椅子に目をやる。手が軽く振られてそこに要が座っているのが分かった。トレーラーが止まった。島田が助手席から顔を出して叫んでいる。外を見ると見慣れた保安隊の基地のコンクリートの壁が見える。
 再びトレーラーはゆっくりと走り出す。誠は起き上がり、乱れていた作業服の襟元を整える。
「ああ、今日は再起動はしない予定だからな。俺が隊長に報告しておくから誠は帰っていいぞ」 
 島田の言葉がぼんやりとした頭の中に響く。不安そうに誠の顔を覗き込むカウラ。トレーラーはそのままハンガーへと進んでいく。
「到着!お疲れ!」 
 そう言ってドアを外から叩くのはアイシャだった。もうすでに日はとっぷりと暮れていた。定時はとっくに過ぎていた。
「お前暇なのか?」 
 ドアを開けて飛び降りる要。誠も彼女に続きゆったりとした足取りで慣れた雰囲気のハンガーに降り立つ。
「失礼ね!さっきお姉さんの付き添いで東都の同盟機構軍用艦船艦船幹部会議から帰ったところよ……誠ちゃん眠そうね」 
 相変わらず紺色の長い髪をなびかせながら、珍しいものを見るような視線を誠に向けるアイシャ。島田はすでに待機していた部下達に指示書を渡して点検作業に取り掛かろうとしていた。
「ああ、カウラちゃん」 
「寮まで送れってことか?まあ私達は今日はすることも無いからな」 
 そう言うとカウラは奥の更衣室に向かう階段を登り始めた。誠、要も彼女に続く。ハンガーを臨む管理部の部屋の明かりは煌々と輝き。中では管理部部長の高梨に説教されている菰田の姿が見えた。
 誠はわざと中を見ないようにと心がけながら実働部隊の部屋の扉に手をかけた。
「おう、帰ってきたか」  
 実働部隊隊長の椅子には足をぶらぶらさせているランが座って難しい顔で端末の画面を眺めていた。
「おう、姐御……ってやっぱりこれかよ」 
 部屋に飛び込んでランの後ろに回りこんだ要はがっかりしたように額に右手を当てる。部屋の明かりはランの上の一つを除いて落とされている。静かな室内に誠達の足音だけが響く。
「オメー等も知ってたか。でもなー」 
 再びランはため息をつく。画面にはランの専用機として配備予定の『ホーン・オブ・ルージュ』の画像が映っていた。