電脳世界で生きるということ
ジュンが一瞬で四から五匹の龍を細切れにした。跳躍はあまりに速く、龍の眼には見えていない。
「おらおらおら!」
加えて私もジュンの前方まで飛翔。ベレッタM93Rを撃ちながら。
前方にすっかり隙が開く。しかしあえてそれには飛び込まない。寧ろ私は舵を切りより龍のいる方へ。
その瞬間、私がいた場所には火炎が放たれる。爆炎のようなそれは龍の口から放たれたもので、まともに浴びればただでは済まない。
とはいえ、現状攻撃に対する恐怖心は特にない。それより面倒なのは火炎に怯まなければならないということ。〝そういう設定〟にしてしまった訳だけど、それはタイムラグを生み、私に不利な状況を与える。
空中移動用ウイングは龍の攻撃を掻い潜るためには持って来いだった。普段は重いのに我慢しながらリュックの中にしまっている武装が、こんなときには役に立つ。
「ジュン!」
「ん!」
私は大きく旋回し、龍の背後へ、そして自慢の右足でそれを蹴り飛ばした。
龍は自分の翼で飛行が制御できなくなり、地面へと飛んでいく。軽々と。
「しゃあっ!」
それをジュンが掴み、
「らっ!」
地面へ叩きつける。
おおよそ自らの体の七、八倍はあろう龍を蹴り飛ばす、掴み叩きつける、などというなんとも無茶苦茶な光景ではあるものの、これは決めなのだ。これくらいはいいだろう。
それに、かっこよく決まると、グレードがいい。
「そこっ!」
ジュンがその、まだ手に持っている龍を再び宙へ飛ばす。今度は他の龍の方へ。
弾丸のように飛んでいくそれは、他の龍の方へぐんぐん伸び、巻き添えを喰らわせた。
「グレードもうオッケー!?」
「もう十分! ジュン、あとは適当に!」
「了解!」
私はウイングを旋回させ、ククリナイフで攻撃する。超高速で移動しながら手に持ったナイフで攻撃するなど、本来なら手が吹き飛んでしまうかもしれないような行為だ。
「もう見栄えとか考えなくていいもんね」
蹴り、斬り、前蹴り、突き、銃撃連弾、突進、頭突き。
頭突き。
頭突き。
頭突き――!
――グォォォオォォオォオオオォォオォ!!!!!!
ドラゴンが特別頭突きに弱いなどというデータはない。ただ、頭突きは私がケンカしたときに一番多く出す技なのだ。
留めの頭突きを出し終え、全てのドラゴンは殲滅した。地上近くにいたドラゴンはジュンが殲滅したらしい。
「……ふぅ、まずはとりあえず一息」
――カシャ。
――カシャカシャカシャカシャカシャ……。
スコアの計算が始まった。グレードは最大値だけの換算なので、とりあえず一回だけでもカッコのいい行動をしておけば数字は稼げる。
「ジュン、セミスパタってどうなの?」
「どうなの、って……判んないで使わせてたの?」
「いや、判るけどさ、使いやすいのか、って聞いてるんだけど」
「あー、うん。まぁ使いやすいっちゃ使いやすいかも。僕の好きなデザインじゃないけど」
「悪かったね……」
――カシャカシャカシャ……。
――チーン!
――A!
スコアのAが表示される。Aは最大スコア。要するにこれ以上がない。マーベラス、グレード、エクセレント、ということ。
A判定が出て当然のことをしている癖に、スコアが出るまで妙に焦ってしまうのはなぜか。心に余裕がないのは、きっと焦らなければならなかったからだろう。
私の責任で犠牲者を出す訳にはいかない。この焦りはそんな意識にリンクしている。
故にA判定に喜んだりはしない。というか、A判定を取るためにこんなことをしている訳ではない。そう、これはただの娯楽ではない。最早遊びの域など超えている。クールで、エキサイティングで、ユーモラスで、ファンシーなそれとは訳が違う。ブラックで、サバイバルで、シリアスで、ミステリアスで、リアリスティクだ。
であるから、こんなチープな音でなにもかも終わるはずがない。
戦闘を超えて、戦争となっている。
死んでも死んでも死にきれない。悪夢のような展開。
スコアのAは、それに介入するための入り口に過ぎない。
空間が波打つ。
じりじり、と不快な音が耳を犯す。
「ジュン」
「なに?」
「イングラム私に当たっても怒んないから、とにかく振り回して」
「……判った」
ドラゴンバレーで、スコアがAのときにだけ発生するバグ。
そもそもドラゴンバレーでA判定を取るのは相当の至難で、製作者側の私からしても少し面倒なことだと思う。チートコードがなければ、本当にやってられないだろう。
HP最大、MP最大、攻撃力MAX、防御力MAX、素早さMAX、詠唱MAX、攻撃範囲MAX、HP回復MAX、MP回復MAX、弾丸MAX……使えるだけのコードは全て使っている。しかし、このあとに出てくる敵は、そんな常識外れの対策を打っていても勝てないようなもの。これだけやっているのにもかかわらず。
HP最大にHP回復MAXを重ねて使っているのだから、死ぬことはないだろうと思われるだろうが、私たちはそれでも負ける。負けてしまっている。
なぜなら、私たちのしている行為は「死なない」ということには繋がらないから。HPをこのゲームでの最大「9999」にし、回復速度を最大にすることで傷ついた体を瞬時に回復できる。しかしそれは「一撃必殺」を防げるほどまでに万能ではなく、一回の攻撃で「9999」以上の威力を持つ攻撃を受けると戦闘不能に陥ってしまう。短所という訳ではないが、つけいる隙ではあり、私の敗因のひとつ。
「ちょっと今回強すぎると思わない?」
「なな子、もう来るよ」
「ん」
もうこれに挑むのは四度目。
私のつくったゲームなのに、私が勝てない相手がそこに。
此処は――電脳世界だ。
1.
「ジュンは呼んでない」
これはいつも言うのだけど、彼はそれでも私の後ろについてくる。
「事情を知ってるのは、僕だけなんだろ? 僕だってなな子の役に立ちたいよ」
「……ちっ」
聞こえるように舌打ちしても、なにも聞いてこないのは、優しいのか、ただの頑固か、偽善者か。
ジュンのことは嫌いではない。寧ろ好きだ、好意を持っている。殆ど愛情に近いほどのようなものが私の心には含まれている。ぶっちゃけて好きだ。
また、彼も私についてくる。ここだけから推測すれば、私と彼は好きあっていて、恋愛関係云々になる、なっている、なりそうでならないなどと考えられるのだろうが、全く違う。そんな簡単なものではない。
何故なら彼は――ホモだ。
ホモ、ホモセクシャル、同性愛者。ゲイ。つまり自分と同じ男という性を恋愛対象に向けている。彼の中での私とは、単なる気がかりな幼馴染程度にしか考えられていない。私たちはそんな関係だ。
私は彼が好きだが、彼は男が好きで、私はそんなジュンを忘れたくて彼から距離を置きたいのだけれど、彼は私からくっついて離れない。
はっきりいってしまってもよいのかもしれないけど、いつも折れるのは私。くっついてくるのを引き剥がす気にはなれないのだ。私はその度妙に嫌な気分になるのだけれど、我慢している。そう、私は我慢している。大体煙草をくわえていないときは我慢している。
作品名:電脳世界で生きるということ 作家名:雛蹴鞠