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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「となると、アイシャ。さっきお前さんが言ったローラー作戦は危険だぞ。ばれてもいいとなればより完成度の高い人工的に作られた法術師が動く。対応する装備の無い所轄の捜査官に相当な被害が出ることも考えなきゃいけねーや」 
 そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。それと、誠さんにはしていただきたいことがあってここに来ていただきましたの」 
 茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うように要とカウラ、そしてアイシャが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で」 
 搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉に頷いた。
「え!それって……どうして?この人だって……」 
「無理ですわ。もうこの人の大脳は血流も無く壊死して腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で再生するだけ、ただ未だに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後には再生すら出来なくなって全身が腐り始める」 
 その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」 
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは法術師だけだ。そしてそれがオメーの保安隊での役目なんだ」 
 ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
「やります!やらせてください!」 
 迷いは無かった。
「いいのね」 
 確認するような茜の声に誠は頷く。
「止めろとは言えないか」 
 カウラがつぶやく。アイシャは黙って誠の剣を見つめていた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」 
 島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
 静かに誠は手にした『鳥毛一文字』を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れている。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前さんには中に入ってもらいます」 
 茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入っていただけますか?指示は私が出します」 
 ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。
 膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄です!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開してください!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まります!』 
 ラーナの言葉に剣を正眼に構える誠。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめる。
 しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。その人だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」 
 喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく暴れる化け物。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させる。
『こ・レデ・・やす・める』 
 脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
 そんな目の前の光景を見ながら同じように誠も意識を失った。



 魔物の街 5


 誠は起き上がった。寮の自分の部屋。カーテン越しにすでに朝であることを確認する誠。そして昨日の化け物の断末魔の声を聞いたような感覚を思い出し首をすくめた。
「しばらく見るだろうな。こんな夢」 
 そう思った誠が布団から起き上がろうとして左手を動かす。
 何かやわらかいものに触れた。恐る恐るそれを見つめる誠。
「おう、早いな」 
 眠そうに目をこする要。その胸に誠の左手が乗っていた。
「お約束!」 
 手を引き剥がすと跳ね上がって布団から飛び出し、そのまま部屋の隅のプラモデルが並んでいる棚に這っていく誠。
「おい、お約束ってなんだよ。アタシがせっかく添い寝をしてあげてやったっつうのによ!」 
 要はそう言うと自分の部屋から持ってきた布団から這い出し、枕元に置いてあったタバコに火をつける。そのまま手元に灰皿を持ってくるが、そこに数本の吸殻があることから、要が来てかなり時間が立っているのを感じた。
 とりあえず誠は息を整えて立ち上がり、カーテンを開けさらに窓を開けた。
「寒くないのか?」 
 タバコを吹かしながら誠を見上げる要。
「タバコのにおいがしたらばれるじゃないですか!」 
「誰にばれるんだ?そうすると誰が困るんだ?」 
 ニヤニヤと笑う要。
「あのですねえ……」 
 そう言った時に部屋のドアがいきなり開く。
「西園寺!」 
 踏み込んできたのはカウラだった。隣になぜか島田までいる。
「おう!来たか純情隊長!」 
 満面の笑みの要。誠はその姿を見るといつもどおりブラもつけないタンクトップにスカートだけと言う要の姿と青筋を立てている勤務服姿のカウラを見比べる。
「ああ、西園寺さん。一応……」 
 そう言うと島田はそのまま部屋に入り誠のプラモデルコレクションのメイドのフィギュアをどかして小さな四角い箱を取り出す。
「おい、隠しカメラって奴か?なんだ、せっかく……」 
「要ちゃん!」 
 カウラをからかう言葉を用意しようとした要の頬にアイシャのローキックが炸裂した。
 一見、グラマラスな美女に見える要だが、100kgを超える軍用義体。そして骨格は新世代チタニュウム製である。そのままアイシャは蹴り上げた右手を中心に回転して誠の頭に全体重をかけての頭突きをかますことになった。
「痛てえ!」 
「痛いじゃないの!誠ちゃん!」 
 アイシャが叫ぶが要は涼しい顔でタバコをくゆらせている。
「オメー等何やってんだ?」 
 入り口に現れたのはトランクを抱えたと言うか大きなトランクに押しつぶされそうな状態のラン、そして同じように荷物を抱えた茜とラーナがいた。
「なんだ?引越しか?」 
「仕方ねーだろ?昨日の件でオメー等の監視をしなきゃならねーんだから」 
 要のタバコに嫌な顔をしているラン。
「ごめんなさいね、皆さんを信用できないみたいな感じで。まあちょうど技術部の方が六人ほど大麗宇宙軍に異動になって部屋が空いたと島田さんから連絡があってそれで……」 
 茜の言葉に要、カウラ、アイシャの視線が島田に向いた。
「しょうがないだろ!同盟司法局の指示書を出されたら文句なんて言えないじゃないですか!」 
 島田が叫ぶとそのすねを思い切り蹴飛ばすラン。