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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 そう言ってラーナの手にした端末のモニターを全員に見せる。
「たとえば叔父貴の腰の人斬り包丁か?確かに憲兵隊時代に斬ったゲリラの数は驚異的だからな」 
 要の言うとおり相変わらず画面を広げているラーナの端末には刀の映像が映っていた。そこには嵯峨の帯剣『長船兼光』、そして茜が持ち歩く『伊勢村正』が映される。
「でもなんでだ?遼南の力なんだろ?法術は。それが地球の刀を触媒に……」 
「要さん」 
 文句を言おうとした要を茜が生暖かい視線で見つめている。
「地球人がこの星に入植を開始したころには、遼州の文明は衰退して鉄すら作ることが出来ない文明に退化してましたのよ。今でも信仰されている遼南精霊信仰では文明を悪と捉えていることはご存知ですわよね」 
 まるで歴史の教師のように茜は丁寧に言葉を選んで話す。自然と要はうなづいていた。
「当然、法術の力がいかに危険かと言うことも私達遼州人の祖先は知っていて、それを使わない生き方を選んだというのが最近の研究の成果として報告されているのはご存知ですわね。その結果、力の有無は忘れられていくことになった。当然ご存知でしょ?」 
 茜の皮肉に要はタレ目を引きつらせる。
「つまり誰かが神前の活躍を耳にしてそれまでの基礎研究段階だった法術の発現に関する人体実験でも行っている。そう言いたい訳か」 
 カウラの言葉に茜は大きく頷いた。要はそんな様子に少しばかり自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「しかもこれだけ証拠が見つかっているわけだ。機密の管理については素人……いや、わざとばら撒いたのかもしれねえな。『俺達は法術の研究をしている。しかも大国がつぎ込んだ莫大な予算が馬鹿馬鹿しくなるほどお手軽に。もし出来るなら見つけてみろ』って言いてえんだろうな。いや、もしかするとどこかの政府がお手軽な研究施設を作って面白がっているのかねえ」 
 要の言葉がさらに場を沈ませる。
「いいですか?」 
 これまで黙り込んでいたサラが手を上げた。意外な人物の言葉に茜が驚いたような顔をしている。
「これ凄くひどいことだと思うんです。そんな言葉で表すことが出来ないかもしれませんけど……。私やアイシャは作られた……戦うために作られた存在ですけど、今はこうして平和に暮らしているんです。元々遼州の先住民の『リャオ』の人達は戦いを終わらせるために文明を捨てた、そう聞いています。でもこれじゃあ何のために文明を捨てて野に帰ったのか分からないじゃないですか」 
「これからは出てくるのさこう言う犠牲者が。実験する連中から見ればまるでおもちゃ。しかも出来が悪ければ捨てられる。おもちゃ以下というところか?」 
 隣でサラの肩に手を置いた島田。この中では遺伝的には誠と島田がほぼ純血に近い遼州の先住民族『リャオ』だった。
「そうですわね。一刻も早くこれらのきっかけを作った組織を炙り出さないといけませんわ。そのために皆さんにご覧いただいたんですもの」 
 そう言ってみた茜だが、隣に明らかに冷めた顔をしている要とアイシャを見て静かに二人が何を話すのかを待った。
「だから、この人数で何をするんだ?確かに湾岸地区から租界。治安は最低、警察も疎開の駐留軍もしょば争いでまじめに仕事をするつもりなんてねえ。こう言う怪しい研究をするのにはぴったりの場所だ。加えてもともとあるのは細かく張り巡らされた水路。最近の再開発では町工場は壊滅して地上げの対象でほとんどの建造物ががら空きで人の目も無い、さらに租界は自治警察の解体と同盟軍の直轄当地でなんとか治安は回復したがそれでもあそこ魔都であることに変わりはねえ」 
 要はそう言って再び先ほどの覗き窓に向かう。
「今回は私も要ちゃんと同意見ね。確かに逃げられる公算は高いけど東都警察の人的資源を生かしてのローラー作戦が一番効率的よ。相手が公的機関ならなおさら表ざたになるのは避けるでしょうからこの研究を少しでも遅らせることくらいは出来るでしょうし」 
「普通の意見だな。アタシもこれまで出た情報だけから判断すればクラウゼの論に賛成だ。それでもなあ……」 
 ランはそう言うと誠を見つめた。
「これから話すことはアタシの憶測だ。かなり希望的要素があるからはじめに断っとく」 
 見た目はどう見ても小学校低学年の女の子のようなランが極めて慎重な物言いをするのに違和感を感じながら誠はランがラーナの端末に手を伸ばすのを見ていた。
「そもそもこの法術暴走を人為的に繰り返している組織が東和で行動を始める必要がどこにあったのか。アタシはまずそこを考えたわけだ」 
 そういうと再び言葉を選ぶように黙り込む。小さな腕を胸の前に組んで考え込むラン。
「どこの組織も管理していないと言うことならベルルカン大陸の失敗国家のレアメタルの廃鉱山や麻薬の精製基地なんかでやるのが一番だ。利権だの国際法規だのその人体実験マニアをとっ捕まえるのに障害になることは山ほどある」 
 ラーナの手元のモニターにベルルカン大陸が映る。先日のバルキスタン事変でも同盟軍の治安維持行動をめぐり西モスレムと東和が同盟会議で非難の応酬を繰り広げるようになったことは、その同盟軍の切り札として動いた誠にもベルルカンに介入することがいかに難しいかを感じさせていた。
「それに手っ取り早くデモンストレーションをするならはじめから覚醒している人材を使えば良いだろうな。誠に突っかかったアロハの男。東和でアタシ等に挑戦するように法術のマルチタスクを見せ付けた奴、そしてバルキスタンでなぜか誠を助けた炎熱系法術に長けた術師」 
 そこまで言うと再びランは深呼吸をした。緊張が誠を黙らせている。ランは言葉を続ける。
「アタシ等に喧嘩を売るってことなら例の連中みたいに完成された法術師をぶつけるのが一番手っ取りばえーよ。でもこの事件では法術を実用的に使えるような人物は表には出てきてねーわけだ」 
 そこまで言ってランは頭を掻きながら誠を見つめた。
「つまり今の段階ではこの組織……まあアタシはある程度のでかい組織が動いていると見ているんだがね。その組織の連中には正直そこまでの技術はねーだろうな。確かに実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。そう遠からず手は回るわけだ。だがばれたとしてもすでに十分成果を挙げている……それかばれても問題にならないようなお偉いさんがつるんでいる……なんて状況を考えちまうんだよ」 
 そう言って頭を掻くラン。
「現在の彼等の技術ではこれまで私達を襲撃したような法術師は作り出せない……つまりクバルカ中佐はこの法術暴走のサンプルを破棄している連中が今までとは別の組織だと言いたいんですか?」 
 カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が誠の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も保安隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」 
 要の指摘に誠も頷く。