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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「待機状態?なにか?この法術適正者の成れの果てを見てこいつがビビルと何かが起きるのか?」 
 そんな要の言葉を無視して茜は開いた端末を仕舞うとさらに奥へと歩き始めた。
「まだこんなのが続くんですか?」 
 島田は明らかに食傷気味で手を握ってくるサラと一緒に一歩遅れて誠達に続く。隣の部屋は完全に金属のようなものが先ほどの強化ガラスの代わりに壁面を覆っていた。
「見えないわね」 
 アイシャがそう言うが、茜はその中央に覗き穴があるのを指差す。すぐに覗くアイシャ。だが、茜は中には関心が無いというように誠の手の中の刀を見つめていた。
「やはりなんか感じます。でも嵯峨警視正、なんなんですかこれは?法術師の成れの果てって……聞いたことが無いですよ」 
 誠は正直中にあるだろう人であった物体には興味が無かった。いや、興味を持たないようにしていた。あれが法術適正者の成れの果てと言うならば、誠が同じ姿を晒すことになっても不思議ではない。
 あえて中を見ずに誠は茜を見つめる。
「そうね、自己防衛本能が形になったようなものと考えていただければ良いと思いますわ」 
 それだけ言うと茜はそのまま中身を見終えたアイシャの隣の出っ張りに再び携帯端末を置く。中を見終えたアイシャと要がこの中の物体に変わってしまった人間の身元を眺めていた。人のよさそうな青年の顔がそこに浮かんでいる。
「神前、お前の番だ」 
 中を覗き終えたカウラがそう言うので仕方が無く誠は覗き穴に目を近づけた。
 レンズに汚れがついているようで赤いものと黒いものがうごめいているような視界の中にしばらく誠は黙り込んで目を凝らした。だが、次第にその形がはっきりしていくにしたがって再び震えのようなものが体を支配していくのを感じていた。しばらくしてそこに人影があるのを発見して大きく息をする誠。さらに集中して覗き穴を見つめる。手にした刀が熱く感じられてくる。
 そこにはズボンをはいた上半身裸の男がいた。その男からは黒い見たこともない種類の煙が立ち上っている。
「見えるだろ?」 
 ランの言葉に誠は集中して中の男を見つめる。両手を挙げた男が、そのこぶしで自分の頭を叩いた。そのこぶしは頭蓋骨を砕いてそのまま頭にめり込む。血が吹き上げ、辺りを赤く染めた。
 思わず目をそらす誠。
「何が見えた?」 
 再びランが聞いてくる。誠は答える代わりに再び中を覗き込む。
 男の自分の頭にめりこんだこぶしが黒い霧に覆われている。その霧は頭の傷跡から血に代わって吹き上がり、すぐに頭を覆いつくした。うなり声を上げながら男が両手を差し上げるころには、へこんでいた頭の形が次第に元の姿に戻りつつあるように見えた。
 そこで誠はそのまま覗き穴から目をそらして彼の後ろに立ち尽くしている茜の顔を見た。
「ご覧になりまして?」 
 茜の言葉。誠は感想を言おうとするが、口が震えて声にならなかった。
「あれが『仙』と呼ばれる存在だ」 
 ランの言葉にどこと無く悲しげな色があった。
「以前シュペルター中尉から聞いたんですが『仙』て……」 
 そう言って誠はランを見つめる。
「不老不死。年をとることも死ぬことも出来ない半端な生き物さ。多くは法術適正が高いから暴走すればその部屋のアンちゃんと同じようになっても不思議じゃねー。そう言うアタシもそうなんだけどな」 
 ランは笑った。その笑いには誠でも明らかに虚勢が見てとれた。
「若いままでしょ?良いことじゃないの」 
 そう言って見せたアイシャだが、にらむようなランの視線に黙り込む。
「この中の人にはもう理性も何もないんですわ。ただ壊したいと言う衝動があるだけ。鉛の壁に覆われて干渉空間も展開できず、かといって餓死も自殺も出来ない……」 
 茜の言葉はあまりにも残酷に中のかつて人だった存在に向けられていた。
「じゃあ、僕も……」 
「おい!ラーナ!」 
 要がそう言うと一人端末をいじっていたラーナに詰め寄る。小柄なラーナが跳ね上がるようにして目を要に向ける。
「テメエなんで今まで黙ってた!知ってたんだろ?なあ!力を使えばこいつも……」
 怒鳴りつけてくる要に驚いたように瞬きをするラーナ。その様子を静かに茜は見つめている。 
「それは心配する必要は無いですわ。神前曹長の検体の調査では細胞の劣化は見られていますし、あの忌まわしい黒い霧を出すような能力は持ち合わせていないですもの」 
 茜の冷たい声に要はラーナから手を振りほどく。
「これは、確かに他言無用だな。まあ誰も信じる話とは思えないが」 
 カウラはそう言うと複雑な表情の誠の肩に手を乗せた。
「でも、百歩譲ってそれが遼州人の法術の力だとして、なんで今までばれなかったの?まあこの部屋を覗いて不死身っていえる存在があるのは分かったけど、こんな人間があっちこっち歩き回っているならいろいろと問題が出てくるはずでしょ?」 
 落ち着いたアイシャの声に誠も要も、そしてカウラも気がついた。
「情報統制ってわけでもねえよ。アタシも非正規部隊にいたころには噂はあったが実物がこういう風に囲われてるっていう話は聞いたことねえぞ」 
 要の言葉に誠も頷く。東和軍の士官候補生養成過程でも聞かなかった『仙』の存在。
「ぶっちゃけて言うとだな。まず数がすげー少ないんだ。数兆分の一。ほとんどいないと言っても過言ではねー割合だ」 
「じゃあ、何か?その数兆分の一がごろごろ東和に転がっているわけか?しかも、どうせこの化け物も湾岸地区でみつかったって落ちだろ?明らかに誰かの作為がある、そう茜が思っていなきゃアタシ等はここには連れてこられなかったんだろ?」 
 そう言って皮肉めいた笑顔で茜を見つめる要がいた。
「正解。お姉さまさすがですわね。このかつて人間だった方は租界の元自治警察の警察官をされていた方ですの。その人が四ヶ月前に勤めていた警備会社の寮から消えて、先月大川掘の堤で発見されたときにはこうなっていた」
 茜の言葉に再び誠は鉛の壁の中の覗き穴に目をやった。
「これも僕のせいなんですか?」 
 足が震える、声も震えている。誠はそのまますがるような目つきで茜を見た。
「いつかは表に出る話だった、そう思いましょうよ神前さん。力があってもそれを引き出す人がいなければ眠っていた。確かにそうですけど今となってはどこの政府、非政府の武力を持つ組織も十分に法術の運用を行うに足る情報を掴んでしまった。そうなることは神前さんの力が表に出たときからわかっていたことですわ。でももう隠し通すには遼州と地球の関係は深くなりすぎた」 
 そう言って茜は誠の手に握られた剣を触る。
「そして、やはりこの剣に神前さんの力が注がれた。多分この中の方のわずかな理性もその剣で終わりがほしいと願っているはずですわ。だからそれで……」 
「力?確かに手が熱くなったのは事実ですけど」 
 誠はじっと手にしている剣を見る。地球で鍛えられた名刀『鳥毛一文字』。その名は渡されたときに保安隊隊長嵯峨惟基に知らされていた。
「法術は単に本人の能力だけで発動するものではありませんの。発動する場所、それを増幅するシステム、他にも触媒になるものがあればさらに効果的に発現しますわ」