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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「だとしたらそんな言葉がなぜ周りの研究者に聞こえなかったのかなあって思うんだよね。俺の場合は意識があったから注射針とか突き刺してくる連中をにらみつけてやったら結構びびってたよ」 
 嵯峨の口元に微笑が浮かぶ。それを見てため息をつく安城。高梨は黙って茶を啜り、明華はポットから急須に湯を注いでいた。
 ぼんやりとした視線で自分を見上げている嵯峨の顔を見て、ハッとしたのは安城だった。
「嵯峨さんにはわからないかもね。ずっと平和とは無縁に生きてきた人ですもの」 
 その遠慮してオブラートに包んだような安城の言葉に嵯峨は首をひねった。
「どういうこと?まあ俺の周りじゃあ刃傷沙汰が絶えなかったのは事実だけどね。餓鬼の頃は遼南の皇位継承権をめぐって、負けて胡州に行けばさっそく地球相手に大戦争だ。そしてまた戻ってみれば遼南は内戦状態。平和より戦争状態のほうが俺にとっては普通のことだからな」 
 そう言うと嵯峨は引き出しを開けた。そして湯飲み茶碗の隣にかりんとうの袋を置く。空の湯のみに気を利かせた明華が茶を注いだ。
「平和な時代だと自分の手が汚れていることに気づかないものよ。他人を傷つけるのに戦争なら国家や正義とか言う第三者に思考をゆだねて被害者ぶれば確かに自分が正しいことをしているとでも思いこめるけど、立ち止まって考えてみれば自分の手が汚れていることに気づく。でも……」 
 安城の言葉に明らかにそれがわからないというような顔でかりんとうの袋を開ける嵯峨。彼女は視線を高梨に向けるが文官の高梨はただ困ったような笑顔を向けるだけだった。
「俺が言いたいのはさ、自分の正義で勝手に人を解剖するのはやめて欲しいってことなんだよ。理系の人にはわからないかなあ」 
「私も技術者ですけど何か?」 
「いやあ、明華はいいんだよ」 
「神前曹長からすればもっとたちが悪いかも知れないわよ」 
 そう言って嵯峨の目の前のかりんとうの袋に手を入れる。取って置きを取られた嵯峨が悲しそうな視線を明華に向けた。
「技術が進んでも人は分かり合えない。そう言うことなんじゃないですか?別に平和とか戦争とか関係ないでしょ」 
 一言、高梨がつぶやいて湯飲みに手を伸ばす。嵯峨はかりんとうを口に入れて噛み砕く。
「そうかもしれないわね。結局、人は他人の痛みをわかることは出来ない。でも、想像するくらいのことは出来るわよね」 
「それくらい考えてもらわねえと困るよなあ。でもまあ……俺も人のことは言えねえか」 
 いつもの皮肉るような笑顔が嵯峨の顔に宿る。そして嵯峨は気がついたように後ろから差し込む冬を感じる弱弱しい太陽を見上げた。
「ああ、まぶしいねえ。俺にはちょっと太陽はまぶしすぎるよ……で、思うんだけどさ秀美さん」 
 突然名前を呼ばれて安城は太陽をさえぎるように手を当てながら両目を天井に向けている嵯峨に目をやる。
「この世で一番罪深いのは想像力の不足じゃないかと思うんだよね。今回の件でもそうだ。生きたまま生体プラントに取り込まれる被験者の気持ちを想像できなかった。その連中の想像力の欠乏が一番のこの事件で断罪されるべきところだったんじゃないかなあ」 
 その言葉に安城は微笑んだ。
「そうね、これから裁かれる彼らにはそれをわかって欲しいわよね。でもそんな私達もたとえ想像が及んだとしても相手に情けをかけることが許されない仕事を選んだわけだし。そんな私達はどう断罪されるのかしら?」 
 苦笑いを浮かべる嵯峨。
「因果な商売だねえ」 
 そして嵯峨は頭を掻きながらいつものようにうまそうに茶を啜って見せた。
「あいつらもそのうちこんなことを考えるようになるのかねえ」 
 嵯峨の冬の日差しを見上げる姿に珍しく安城は素直な笑顔を浮かべていた。


 魔物の街 45


「押すなって!」 
 島田が叫ぶ。胴着を着たままの誠、カウラ、菰田に押し出されて、そのまま島田は吉田が操作している端末の画面の視界からこぼれた。
「正人、こっちで見ればいいよ」 
 サラがそう言うと二つ隣のモニターをいじり始める。
「いいわねえ……サラったらすっかりラブラブで」 
「アイシャ!そんなんじゃ無いってば!」 
「じゃあ俺が……」 
「菰田っちは駄目!」 
 島田とサラの二人をからかうアイシャと菰田。それをちらりと見た後、誠の視線は吉田の手元に移った。
「まだ映らないのか?」 
「焦るなって」 
 カウラに聞かれて自信満々に選択キーを押した吉田。そこには要と先ほどの老人の姿が現れた。
「おう、ちゃんと映ったじゃねーか」 
 吉田の隣の端末の椅子をずらして座っているラン。その小さな肩の隣に顔を出すシャムの頭には猫耳カチューシャがつけられていた。さらに手にした白猫耳カチューシャをランにつけようとするシャムの手をランが無言で叩き落す。
「えーランちゃん似合うのになあ」 
「似合うから嫌なんだよ!」 
 小学生低学年の姉妹のやり取りのようなものを見て呆れている誠。隣でじっと画面を見つめているカウラの姿を見て誠も画面に向き直った。
「腰が低い人ねえ」 
 ランの反対側にパイプ椅子を運んできていたリアナが画面の中で何度も要に頭を下げる小柄な老人に感心していた。
「アイツも一応は胡州貴族のお姫様だからな。俺達みたいな下々からしたら雲の上の存在ってことなんじゃないの?」 
 振り向いて笑顔を振りまく吉田の言葉にむっとする誠。隣で紺色のアイシャの髪が揺れている。
「うんうん要姫には誠ちゃんは不釣合いよねえ……」 
 そう言うとアイシャがそのまま誠に顔を寄せてくる。
「それなんですか……?アイシャさん……」 
 ひどくうれしそうなアイシャの顔にまた遊ばれると思った誠の声。
「おい!」 
 カウラの一言がその状況から誠を救った。二人は思い出したように画面に視線を移していた。ようやくテーブルに向かい合って座った二人。だがカウラの視線は別のところにあった。
 窓際に丸くて大きな何かが動いている。
「なんでしょうね……あれ」 
 そう言って菰田がシャムを見る。それに付き合うように島田やサラがシャムを見つめた。その時部屋の自動ドアが開く。
「シャム!白菜買ってきたわよ!それとチコリも……って何してるの?」 
 全員の視線が叫ぶパーラに向いた。
「あーあ……ははは」 
 シャムが弱弱しい笑い声を上げた。

 
 魔物の街 46


「本当にこのたびは……」 
 応接用のソファーに腰掛けた要。目の前の老人がおどおどとしている様を見て自分の胡州帝国宰相の娘、次期四大公筆頭候補と言う身分が恨めしく感じられた。
 黙っている老人。事件の始まりに彼のところを尋ねたときは彼女のそんな素性も知らずにうどん屋の亭主と客と言う関係だったと言うのに、この老人の息子、志村三郎の葬儀で老人が手にしている金色のカードを渡した時からどことなくぎこちない関係になってしまったことを後悔した。
「これ……なんですけど」 
 カードをテーブルに置いて要に差し出す老人。そのカードは胡州中央銀行の手形だった。
「一度……差し上げたものです。受け取れません」