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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 面を取ったばかりの誠の首を飛び出してきた要は掴んで締め上げた。
「苦しいですよ!マジで!」 
 誠の叫びを無視して要は誠の頭を振り回す。
「西園寺!テメーも負けた口じゃねーか!もっとねぎらってやれよ!」 
 第一小隊の大将である小学生用の胴着に身を包んだランが笑いながら軽口を飛ばす。
「でもさあ」 
「デモもストライキもねーってんだよ!シャムに手も足も出ないで負けた奴に神前を攻める権利なんてあるわけねーだろ?じゃあ罰ゲームだ。いつもどおり胴着を着たまま十キロマラソン。ちゃんと身体はほぐしとけよー」 
 あっさりとそう言うとランはそのまま更衣室のあるハンガーの奥へと消えていった。
「ったく……神前の馬鹿が」 
「しょうがないじゃないの。相手はシャムちゃん。短剣で暴れたらそう簡単には倒せない相手よ。まあ、誠ちゃんは剣術指南役としていつかは倒さないといけない相手だけど」 
 意味ありげな笑みを浮かべるアイシャ。カウラはただいつものこんな穏やかな日常に満足しているように満面の笑顔で誠を見つめている。
「またかよ……次回はサラに頼もうかな、助っ人」 
「正人!何で私に振るのよ!」 
 座り込んだまま面をいじりながら誠を見上げていた島田の一言にサラが抗議する。
「にぎやかだなあ」 
 そこに現れたのは安城秀美少佐。遼州同盟司法局の機動特殊部隊、「特務公安隊」の指揮官を勤める女性サイボーグの姿だった。
「安城隊長……その人は?」 
 リアナが聞くのは見慣れない小柄な老人がその隣に立っていたからだった。老人はかぶっていた鳥打帽を脱ぐと頭を下げる。
「あっ」 
 老人の視線が要に注がれる。彼があの事件の加害者とも被害者とも言える人身売買組織を仕切っていた志村三郎の父親であることが分かり場が一瞬静まり返る。
「ああ……どうも」 
 そんな姿にリアナも頭を下げ、隣では安城が困ったような表情を浮かべていた。
「工場の正門で困った顔してたから乗せてきてあげたの。西園寺大尉!」 
「はい!」 
 凛とした安城の声に要は最敬礼で答える。その顔はいつもの斜に構えた要ではなく気恥ずかしさを押し隠している無表情をまとっているように見えた。
「お客さんだからね!じゃあ私はあの昼行灯のところに行くからよろしく」 
 老人を置いて安城はそのままハンガーの奥へと進む。
「要ちゃんのお客さん」 
「あっ!あの志村さんのお父さん?」 
「はい……」 
 ようやく思い出した誠の言葉に一同の目が老人に向けられた。以前誠もうどん屋で見た時より明らかに落ち着いて見えることが気になっていた。そしてランもようやく納得が言ったというように冷めた瞳の要を見つめる。
「ちょっと用事がありまして……要姫様。よろしいでしょうか?」 
 顔を上げた老人に要が頷く。
「サラ!茶を用意してくれ。あとお姉さん。会議室使いますから!」 
「ええ、いいわよ」 
 リアナの許可を取ると要はそのまま安城が消えた技術部の詰め所の方へと足を向けた。ハンガーで剣道の試合を眺めていた人々はただ呆然と彼女を見送るだけだった。
「サラちゃん。私も手伝ったほうがいいかしら?」 
「ああ……お願いしますね」 
 サラではなく答えたのはアイシャだった。そのままサラとリアナも奥の給湯室へと消える。それを見送ったアイシャがいつの間にかこの光景を他人事のように見つめていた吉田の隣に立っていた。
「なんだよ趣味が悪いな」 
「部隊の部屋のすべてに隠しカメラとマイクを仕掛けた本人の台詞じゃないわねそれは」 
 にんまりと笑うアイシャ。頭を掻く吉田。いつの間にかその周りにはカウラ、ラン、島田、菰田。そしていつもどおりシャムの姿がある。
「じゃあ付いて来い」 
 そう言うと諦めたようにハンガーの奥の階段を上り始める吉田。誠もアイシャに引っ張られてその群れに従って歩いていく。
 いつもどおり忙しそうな管理部を抜け、嵯峨に呼ばれたのか隊長室に入る管理部部長高梨渉参事の呆れたような視線を無視して一同は冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームにたどり着いた。


 魔物の街 44


「兄さん、良いんですか?またクラウゼ少佐達が何か始めてますよ」 
 そう言うと兄の顔を見ながらソファーに腰掛ける管理部部長高梨渉参事。その隣では湯飲みに茶を注ぐ技術部部長の許明華大佐がいた。
「まあいいんじゃないの?アイツ等も俺等の仕事が結局何が出来るのか、何が出来ないのか。今回のことでわかったんじゃないかな?結局は俺達の立場じゃ事件が起きなきゃ動きが取れない、終わったときには被害者の涙ばかり。あんまりおいしい仕事じゃ無いってことだよ俺達のお仕事は」 
 嵯峨はうまそうに羊羹を頬張る。その姿に大きくため息をつく安城。
「いつのもことだけど……そんな部下の使い方しているとそのうち足元掬われるわよ。今回の事件だってあの化け物の登場くらいは予想してたんでしょ?」 
 その声に頷きながら明華が湯飲みを高梨に差し出す。目の前の湯飲みを包み込むようにして持った高梨は同意するように大きく頷いた。
「なに、忠告したってやることは同じなんだからさ。まあ俺は隊長なんて柄じゃねえことはわかっているんだ。今回だって辞表を司法局長に提出したんだけどさあ……」 
「また握りつぶされたの?これで何度目?」 
 噴出す安城に情けない顔をしてみせる嵯峨。明華も呆れたようにその光景を見つめていた。
「でも今回はかなり事後処理に手間取りそうですね。東都軍部の上層部。兄さんが脅しをかけた連中は全員諭旨免職処分になったそうですが」 
「身分が自由になれば好き勝手なことを言い出しかねないってこと?まあそれを相手にするほどマスコミも暇じゃないでしょ。まあ地球人至上主義や妄想遼州人のネットユーザーが騒いで終わりよ」 
 安城の一言を聞いても納得がいかないというように頭を掻く高梨。そんな小太りのまるで兄の嵯峨とは似たところの見えない彼から嵯峨に明華が視線を移した。
「けど……今回の厚生局の違法研究のデータが流出した件の方が軍幹部の政治ゲームよりももっと重要な事件だと思うんですけど」 
 その言葉を聞くと嵯峨は一口目の前の湯飲みの茶を口に含んだ。
「直接応用しようなんて動きは無いでしょうけど……まあ警戒しておくに越したことは無いわね。その辺は本局の調査部に連絡しておくわ」 
 そこまで言うと安城はじっと嵯峨の顔を見た。明らかに納得がいかないというように手元にあった書類の角をぴらぴらとめくっている同僚に不思議そうな視線を向ける。
「何か気になることでもあるの?」 
 安城の言葉に顔を上げた嵯峨。相変わらず納得がいかないと言う表情で高梨、明華と目を向けて、そしてそのまま天井を見つめる。
「俺はさあ。人体実験の材料にされたことがあるからわかるんだけどさ。今回の事件であの化け物の材料にされた被害者いるだろ?シャムの奴は自分達の制御が出来なくなった彼らが誠に止めを刺してくれって言ってたっていうんだけどさあ」 
「ナンバルゲニア中尉らしい話ね」 
 そう言うと安城は手にした湯飲みを口に運ぶ。