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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 頭の中。優しく響くのは穏やかなシャムの声だった。足を止めた誠の前で肉塊の中から銀色の光の筋が飛び出している。その光の筋の周りの組織が崩壊を始め、肉塊は次第に細かい肉片を撒き散らしながらアスファルトの上に崩れ落ちていった。
『終わったのか?』 
 カウラの声が誠の耳に響く。未だ誠は目の前に姿を現した自分の機体の専用法術兵器のサーベルが光の筋を放つのをぼんやりと眺めているだけだった。
『やったじゃねーか』 
 化け物が地下から出た際に崩れた瓦礫を浴びたのか、コンクリートの粉塵を浴びて白く顔が染まっているランの姿がモニターに映し出された。
『ランちゃん……お化粧したの?』 
『お前!馬鹿だろ?シャム。これのどこが化粧だって……』 
『俊平!またランちゃんが馬鹿って言った!』 
『事実だから仕方が無いだろ?なあ、キム』 
『なんで俺に振るんですか!』 
 いつもの隊舎でのどたばたが展開される画像を見て、ようやく目の前の生体プラントに釘付けにされていた非日常からいつもの日常を取り戻したと言うように誠は大きく息をした。
『お疲れ!とりあえず現状をそのままにして神前、降りろや』 
 要の画像が変わっていて彼女が走っているらしいことがわかる。それを見ていたのか、誠の機体を見上げていたカウラの顔に笑顔が戻った。
『この05式の破損も証拠物件だ。後は東都警察の仕事。私達はこのまま帰等するぞ』 
 コックピットを開く。生臭いにおいが漂う中、誠はワイアーを降ろしてそのまま地面にたどり着く。そこには笑顔のカウラの姿があった。
「終わったな」 
 煌々と官庁街を照らし出す東和警察機動隊の投光車両。周りには盾を構えた機動隊員が目の前の肉塊の時々びくりと跳ねる鮮血に警戒しながら包囲を始めていた。光の中、カウラのエメラルドグリーンの後ろ髪が北風になびくのを見て誠の心が締め付けられる気分になった。
「神前……」 
 誠に伸ばそうとした手が何者かに掴まれた。
「なんだ!またつり橋効果ごっこでもやる気か!」 
 そこにはいつものタレ目を吊り上げてカウラをにらみつける要の姿があった。
「何を言い出すんだ!西園寺。私は諦めずに任務を遂行した部下をだなあ……」 
 要に向けて赤面して叫ぶカウラの声が鳴り響く甲高いクラクションでかき消された。機動隊が慌てたように振り返って左右に逃げる。突入して来たのは見慣れた軽自動車だった。
 そのドアが乱暴に開いて闇の中に長い紺色の髪の女性が現れる。
「なんだ終わっちゃったの?」 
 落胆して要の肩を掴んだのはアイシャだった。それを見てようやく落ち着いたカウラが目の前の肉塊の残骸とそれにようやくたどり着いて鑑識を呼んでいる機動隊員達を指差した。そして要はずんずんとアイシャに歩み寄っていく。
「オメエ、それ叔父貴の車じゃねえか……ははーあん。あれだな、まだ叔父貴の奴の犠牲者が出たわけだ。大変だねえ」 
 要の言葉に乾いた笑いを浮かべるアイシャ。機動隊が一斉に残骸に向けて走り出し、計測器具を抱えた捜査員達が誠の機体に取り付いて調査を開始していた。
「でもよう。あんまりにもひどい結末だって思わねえか?おそらく人身売買の被害者の生存者はいない。しかも研究をしたスタッフも被害者に引け目なんて感じちゃいねえんだ。ほとんどの面子が最終段階まで自分がやったことが悪いことだなんて言わねえだろよ」 
 そう言いながら要はぬるぬると粘液を引きずりながら調査を続ける鑑識達を見ながらタバコに火をつけた。冬の北からの強い風に煙は漂うことなく流されていく。
「かもしれねーな」 
 埃が舞い、誠はそれをもろに浴びてくしゃみを連発した。ばたばたと身体に巻いていた銃のマガジンや手榴弾のポケットがやたらと付いたベストを外してはたくランの姿がそこにあった。その後ろからはまるで亡霊のように表情もなく付き従ってきた茜や島田の姿も見える。
「悪党や薄汚れた金を集めて喜ぶ連中は御しやすい。むしろ恐れるべき、憎むべきは自分を正義と信じて他者を受け入れない連中だ……と昔の人は言ったそうだが。至言だよなー」 
 そう言ってランはベストを投げ捨てた。茜達もようやく安心したように装備を外してどっかと地面に腰を下ろした。
「ちっこい姐御。さすがにインテリですねえ」 
「褒めても何もでねーよ……と言うかそれ褒めてるのか?」
 ランににらまれて要は目をそらしてタバコをくわえる。誠の口にも自然といつものような笑みが戻るのが分かった。そして同時に誠の首に何モノかがぶち当たりそのままつんのめった誠はカウラの胸の中に飛び込んでいた。突然の出来事にカウラも要もアイシャもただ呆然と首をさする誠を見つめていた。
「お疲れ!」 
 それは誠に延髄切りを放ったシャムの右足のなせる業だった。無反動砲の筒を手にして呆れる吉田。キムは出来るだけ騒動と関わらないようにと後ずさる。
「お疲れじゃねえ!せっかくがんばった後輩を蹴飛ばして何がしたいんだテメエは!」 
「苦しいよ!要ちゃん!降ろして!」 
 勤務服姿のシャムの襟首を掴み上げる要。じたばたと足を振るシャム。携帯端末を手にそれを撮影しているアイシャ。
「あのさあ……誠……」 
 頭を覆う暖かい感触で我に返る誠。それがほのかな膨らみのあるカウラの胸だとわかり誠は直立してカウラに敬礼する。
「失礼しました!」 
「ふふふ」 
 その様子がこっけいに見えたらしく笑顔を見せるカウラ。誠は空を見上げた。そこには丸い月が浮かんでいた。


 魔物の街 43


『悪夢のような厚生局襲撃事件』と報道された出動から一週間が経っていた。
「シャム!早く片付けろよ!」 
 剣道の胴着に身を包んだランが叫んだ。誠は目の前のシャムに正眼に構えた竹刀に力を入れる。
 今日の訓練メニューは珍しく剣道だった。誠が剣術道場の跡取りと言うことで始まった第一小隊対第二小隊の剣道勝負もすでに5回目を迎えていた。成績は第一小隊の全勝。先鋒で出てくるシャムの前にすでに先鋒のカウラ、次峰の要、助っ人の中堅アイシャ、副将のこれも助っ人の島田が倒されていた。
「ヤー!」 
 雄たけびを上げながら誠はさらにじりじりと間合いをつめる。140cmに満たないシャム。手にした竹刀も普通のものより二割も短い。だが、運動量を生かしたフットワークでいつも誠はその突進の前に倒れていた。
『間合いを取れば勝てると簡単に考えたのがいけなかったんだな……アウトレンジからの奇襲が得意なナンバルゲニア中尉だ。逆に間合いを詰めれば……』 
 だが交わす剣の先が気になって攻撃に集中できない誠に勝機があるわけがなかった。すぐに面の下にシャムの笑みが広がるのが見えた瞬間、シャムは竹刀を誠の長いそれに絡ませて思い切り振り上げる。自信があるはずの誠の握力でもそれが飛ばされるのを防ぐことなど出来なかった。
 そして飛んでいく竹刀を確認してから誠の面にシャムの一撃が落ちてくる。
「はい!面一本!それまで」 
 正審をしていた保安隊運用艦『高雄』艦長鈴木リアナの声が響く。もはや第一小隊の勝ちが当たり前になって賭けさえ成立しないので無関心な整備員達がやる気のない拍手をシャムに送る。
「神前!また負けやがって!」