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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「今連絡が入った。騒ぎはあったらしいが嵯峨警視正達もクバルカ中佐達も無事だそうだ」 
 そう言ってカウラは携帯端末をスタジアムジャンバーのポケットに押し込むと立ち上がる。誠も気がついたようにそれに続いた。
「このまま同盟司法局に集合。この数日が山になるぞ」 
 そう言って早足に部屋に入って来た東都警察の鑑識をやり過ごした三人はそのまま部屋を出た。所轄の刑事らしい男二人が近づいていた。
「あの、保安隊の方……ですよね?」 
「法術特捜の権限内捜査だ。時間が無い。報告書は後で署に転送するからそれを見てくれ」 
 トレンチコートの中年の警部にそう言ってカウラは通り過ぎる。要も頭を下げながらすり抜ける。
「良いんですか?さっきのは所轄の刑事さんでしょ?」 
 誠がカウラのポケットを指差すが、要はにあに足ながら自分の唇に手を当ててしゃべるなと誠に告げる。マンションの入り口にはすでに黄色いテープが張り巡らされ、日の落ちた初冬の北風の中ですでにその周りには野次馬が集まってきていた。
「どいてくださいよー」 
 のんびりと要は彼らを押しのけながらカウラのスポーツカーに向かう道を作った。
「凄いものですね」 
 ようやく車に戻った誠。仕方なく冷えたとんかつ弁当を手に取る。
「残念だな、カウラ」 
 後部座席で菓子パンにかじりつく要を見ながらカウラは冷えたおでんに箸を伸ばしながら集まってくる野次馬達を眺めながら車のエンジンをふかした。


 魔物の街 35


 同盟司法局ビルの地下駐車場に車を停めたカウラがそのままエレベータへ向かうと、入り口近くの喫煙所でタバコを吸う嵯峨の姿を三人は見つけた。
「おう」 
 そう言って軽く左手を上げた嵯峨の表情。明らかにその視線は疲労の色を帯びているのが誠にも分かった。いつものようによれよれのトレンチコートにハンチング帽をかぶり、めんどくさそうに火のついたタバコを備え付けの灰皿に押し付けている。
「隊長、お疲れのようですが」 
「おい、ベルガー。それは俺の台詞だよ」 
 そこまで言って嵯峨が大きくため息をついた。そしてそのまま誠に向ける瞳にはいつものにごった嵯峨の視線が戻っていた。
「茜のとこの会議。俺も出ていいかな?」 
 それでも明らかに余裕を感じさせない嵯峨の態度に誠は苦笑いで答えた。それを見ていつもなら噛み付いてみせる要も苦笑いを浮かべながらカウラを見上げる。
「私達にそれを拒否する権限はありません。茜さんに聞いてください」 
 そう言って敬礼をしてそのまま横を通り過ぎようとするカウラを見て呆然と口を開けていた嵯峨が慌てたように三人の後についてくる。エレベータが開き乗り込むときも妙に卑近な笑みを浮かべながら嵯峨はおとなしく付き従っていた。
「今回はマジでごめんな。俺も完全に裏をかかれたよ」 
 そう言って帽子を手にして苦笑いを浮かべる嵯峨。その弱弱しい笑みを見て誠は嵯峨が珍しく本音を吐いたと直感した。
「いつも人の裏ばかりかいているからじゃないですか?」 
 振り返って嵯峨を見つめるカウラの鋭い視線に嵯峨は目をそらした。エレベータが減速を始め、止まり、そして扉が開く。すでに定時を過ぎたとは言え、法術犯罪の発生により同盟司法局のフロアーには煌々と明かりがともされていた。端末に向かい怒鳴りつけるオペレーター。防弾チョッキを着込んで出動を待つ機動隊の隊員。
「あちらさんも大変みたいだ」 
 嵯峨が指差す先では遼南軍の制服の兵士達が仮設の端末の前で囁きあっている。
「裏をかかれたのはライラの姉貴のところも同じだってことだろ?」 
 黙っていた要はそう言いながら先を振り向かずに司法局長室に続く廊下へと向かった。次第に背後の喧騒から解放された誠達の前に調整本部長でもある明石が自室から出てきた姿が目に入った。
「あれ?おやっさん」 
 不思議そうな表情で嵯峨に敬礼する明石を見て、部屋の置くから茜が顔を出した。
「お父様、何しにいらしたのかしら?」 
「おいおい、ひでえ歓迎だな。俺がいるのがそんなに不服か?」 
 苦笑いの嵯峨。トイレに行くのだろう、そのまま明石は廊下を誠達が来た道を戻る方向に素早く歩き始める。
「おう!雁首そろえての密会に俺を誘ってくれないとは……つれないねえ」 
「隊長。暇なんですか?」 
 嵯峨の言葉にやり返すランだが、隣にはうつむいているサラの姿があるのを見て全身に緊張が走るのを誠は感じていた。暗い表情のサラの隣、応接用のソファーの一番奥に島田が頭を掻きながら座っている。その右手には血で染まった包帯が巻かれていた。
「ちょっと手を切っただけですよ。もう……ほら!」 
 血で固まってなかなか解けない左腕の包帯を無理に引き剥がしてかざして見せる。そこにはそれまで白い包帯にこびりついていた血がどこから流れ出たのか分からないほどのいつもどおりの島田の手があった。
「やっぱりオメーも仙なんだな」 
 ようやく明石の部屋の応接ソファーに身を投げて足の長さが足りないのでぶらぶらさせているランが島田に目を向ける。その言葉に島田は引っかかるような笑みを浮かべて再びソファーにもたれかかった。
「面倒なものだよなあ、擦り傷から心臓や額に穴をあけられても自然に治っちまう」 
 嵯峨の言葉に愛想笑いを浮かべる島田。
「でも……私……」 
 そんな島田の手を見て震えるサラ。
「気持ち悪いだろ?隊長の言うとおりなんだ。俺は簡単には死ねないんだ。細胞の劣化もほとんど無くただ生き続けるより他に仕方が無い、そんな存在なんだ」 
「え?便利じゃねえか。アタシみたいに身体を使い捨てに出来るサイボーグだって脳の中枢と脊髄の一部は替えがきかねえんだぞ」 
 要の言葉に力なく笑う島田。だがその隣にいつの間にか座っていたカウラは手に端末を持って隣でそれを覗き込んでいる茜と小声で囁きあっていた。
「なんだ、ベルガーのとこの襲撃者もお手紙をよこしたのか?」 
 ランがテーブルに置かれていた自分の端末を覗きこんでつぶやく。その様子を立ったままで嵯峨が見下ろしていた。
「ああ、隊長!座っといてくださいよ!」 
 帰ってきた明石を見て嵯峨は仕方が無いと言うように端末のキーボードを叩いているラーナの隣の椅子を引っ張って、誠達の座るソファーの前の応接用のテーブルに持ってきて腰掛けた。
「状況は悪いな……と言うか……」 
 そんな嵯峨の一言に奥で茜が唇をかみ締めているのが見えた。
「茜、お前を責めてるわけじゃないんだ。俺達が動けるのは何かがあった後の話だ。今回、法術の違法研究の証拠が出てきてからようやくお前さんのところにも捜査の依頼があったわけで、その頃にはすでに手遅れになってたのかも知れないしな」 
 沈黙が部屋に漂う。
「とりあえず証拠の完全隠滅だけは阻止したんやから。ええ仕事したと思うとるでワシは。後はそのさきどう落とし前をつけるかだけ」 
 明石の声に静かに要が頷いた。
「良いこと言うねえタコ。なあベルガー……幾つか収穫はあったんだよ」 
 嵯峨の言葉で二人きりで話を進めているカウラと茜のほうに一同の目が向いた。
「とりあえずこれを見ていただけますかしら?」