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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 そう言った博士をあらん限りの敵意をこめた要のタレ目がにらみつける。いつ手が出るか分からないと踏んだカウラも銃を収めて片桐博士を見据える。
「お話、聞けませんかね」 
 カウラの静かな一言に再び落ち着きを取り戻した片桐博士が元の椅子に腰を下ろした。誠は手にした拳銃のマガジンを抜くとルガーピストルの特徴とも言えるトルグを引いて装弾された弾丸を抜いて腰を下ろす。
「あなた、ゲルパルトの人造人間?」 
 エメラルドグリーンの光を放つカウラの髪に笑顔を向ける片桐博士。その質問を無視してその正面にカウラ、隣に要が座り、誠は博士の横に座る形になった。
「聞きてえことは一つだ。この前の同盟本部ビルを襲撃した法術師の製造にあんたが関わったのかどうか……」 
 明らかに嫌悪感に染まった要の言葉、その言葉を聞きながら片桐博士はテーブルの上に置かれたタバコの箱からミントの香るタバコを取り出した。
「法術特捜の捜査権限で事情聴取と考えて言い訳ね、これからのお話は」 
 冷たい笑顔で三人を見回した後、片桐博士はタバコに火をつける。それをちらちらと見つめる要。
「良いんですのよ、あなたはタバコを吸われるんでしょ?」 
 明らかにいらだっている要にそう言うと片桐博士は煙を天井に向けて吐いた。
「法術特捜の動きまで分かっているということは、知っていると判断してもよろしいんですね」 
 念を入れるようなカウラの言葉。タバコをくわえながら片桐博士は微笑む。
「たとえば百メートルを8秒台前半で走れる素質の子供がいて……」 
 その言葉がごまかしの色を含んでいると思った要が立ち上がろうとするのをカウラが押さえた。要はやけになったようにポケットからタバコの箱を取り出す。
「その才能を見抜いてトレーニングを施す。これは悪い事かしら?」 
 言葉を切って自分を見つめてくる片桐博士の態度にいらだっているように無造作にタバコを引っ張り出した要が素早くライターに火をともす。片桐博士は目の前の灰皿をテーブルの中央に押し出し、再びカウラの方に目を向けた。
「その能力が他者の脅威になるかどうか。本人の意思に沿ったものなのか。その線引きもなしに才能うんぬんの話をするのは不適切だと思いますが?」 
 カウラの言葉に満足げな笑みを浮かべた片桐女史はタバコをくわえて満足げに煙を吸っていた。
「本人の意思ね。でもどれだけの人が自分の意思だけで生きられるの?時代、環境。いろいろと自分の意思ではどうにもならないものもあるじゃない」 
 あてつけの笑み。そして片桐博士は再びウィスキーのグラスに手を伸ばす。誠は黙って上官の二人を見た。
 カウラは挑戦的な視線を送る片桐女史に感情を殺したような視線を送っていた。要はそもそも目を合わせることもせず、天井にタバコの煙を噴き上げていた。
「それが違法研究に流れたアンタの理屈か?つまらねえことで人生棒に振るもんだな」 
 ようやく片桐博士に目を向けた要の冷たい視線。それに少しばかり動揺したように震える手でウィスキーをあおる。
 その時、外にサイレンの音が響いた。それを聞くと片桐女史は静かに立ち上がった。そのままふらふらと半開きの扉に向かう彼女を立ち上がって要が監視していた。
「大丈夫よ、自殺したりはしないから」
 その挑戦的な視線に怒りをこめた要の視線が飛ぶ。
「こういうときが来たらこれを渡したくて。どうせ機動隊や一般警察の鑑識が知っても意味の無い情報でしょうからね」 
 そう言って部屋に入った片桐女史はそのまま一枚のデータディスクを要に渡した。外では物々しい装備の機動隊員が装甲車両から降車して整列している様が見える。
「あんな連中を呼び出すような物騒なものの研究をしていたんだ。少しは反省……って。その面じゃ無理か」 
 頭を掻くと要は再びどっかと元のリビングの椅子に腰掛ける。その手からディスクを受け取ったカウラは自分の携帯端末をポケットから取り出してディスクを挿入する。
『こちら、東都第三機動隊!』 
 操作中にカウラの端末から機動隊からの通信が入る。
「こちらは同盟司法局法術特別捜査本部第一機動部隊長、カウラ・ベルガー大尉。法術研究に関する同盟法規第十三条に違反する容疑者の確保に成功。別に違反法術展開の現行犯の容疑者が逃走中。データを転送します」 
 事務的に答えたカウラを片桐女史が皮肉めいた笑みを浮かべながら眺めている。
「不思議ね、あなた達。人造人間、サイボーグ、異能力を持った非地球人類。なのになんでそんなに仲良くできるのかしら?コツでもあるの?」 
 誠はこのとき初めて片桐女史の本音が聞けたような気がした。
「馬鹿じゃねえのか?そんなことも分からねえなんて」 
 すぐさま要はタバコを片桐女史が差し出した灰皿ではなく自分の携帯灰皿に押し付けるとそう言ってよどんだ笑みを浮かべながら答えた。
「アタシ等がそんな身の上を思い出すときはそれぞれの長所が見えたときだけだからだよ。いつもはただの人間同士の暮らしがあるだけだ」 
 ドアが開き強化樹脂製の盾を構えた機動隊員がなだれ込んで来る。彼らはサブマシンガンを構えながら片桐女史を見つけると銃口を向けて取り囲んだ。
「あなた、名前は?」 
 取り囲む機動隊員が目に入っていないかのように静かに笑いながら片桐女史は要にそう言った。
「法術犯罪防止法違反容疑で逮捕します」 
 要の答えを待たずに機動隊を指揮していた巡査部長が片桐女史の手に手錠をかけた。そのまま両脇を機動隊員に挟まれて部屋を後にする彼女を黙って要は見送っていた。
「どうする?」 
 一仕事終わった後だというのに要がカウラに確認を求める視線には緊張感が残っていた。端末を手に何度も操作してみせるカウラの表情も硬い。誠はただ二人を見比べてその奇妙な行動の意味を推測していた。
「もしかしたらクバルカ隊長や茜さんのところでなにか……」 
 そう言った誠を見るとカウラはこめかみに手を当てる。
「勘はいつでも合格なんだよな、オメエは。現在どちらも通信が途絶えてる。工藤博士の研究室、北博士の個人事務所で何かがあったのは確定だ。どちらも東都警察の機動隊が出動したそうだ」 
 要の言葉に呆然とする誠。工藤博士の勤務先で誠の母校の東都理科大のキャンパスは東都の都心に近くここからでは間に合う距離ではなく、北博士の個人事務所も繁華街の一等地にあり誠の干渉空間を使用しての瞬間転送などが出来る環境ではなかった。
「でもこれで三人は全員今回の事件に関わっていたことが分かったわけだ。そしてこの研究を闇に葬ることを目的で動いている三人以上の腕利きの法術師を戦力とする組織が動いている」 
 カウラの言葉に誠は唇を噛んだ。
 公然と破壊活動を行う法術テロリスト。それまでの人体発火で自爆すると言う遼州系の左右両翼のテロリストの活動とはまるで違うテロを行う新組織の存在。そしてその登場が地球圏への脅威になりうるとして法術規制で圧力を強める地球の列強が同盟に徹底した取り締まりを求めてきていることは当事者である誠も知っていることだった。
「おい、何しおれた顔してるんだよ」
 要の笑顔が先ほどまでの複雑なそれではなく、いつものいたずらっ子のそれに戻っていた。