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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 ぬるい缶コーヒーに口をつけながら要がつぶやく。誠はしばらく沈黙した。
「正直驚きました。僕にはそんな特別なことなんて……」 
「驚いたのは分かるってんだよ。その後は?」 
 要の声に苛立ちが混じる。こういう時はすぐに答えを返さないとへそを曲げる要を知っている誠は、静かに記憶をたどった。
「何かが出来るような……あえて言えば希望を感じました」 
「希望ねえ」 
 口元に皮肉を言いそうな笑みが浮かぶ。そんな要をカウラがにらみつけた。
「人類に可能性が生まれる瞬間だ。希望があって当然だろ?」 
「小隊長殿は新人の肩をもつのがお好きなようで!へへ!」 
 ぼそりとカウラの言葉に切り返すと、再び要はコーヒーに口をつける。
「その可能性を探求することを断念させられた研究者。その屈辱と絶望が何を生むのか……」 
 自分に言い聞かせるような要の一言。狭いカウラの赤いスポーツカーの中によどんだ空気が流れる。
「絶望したら違法研究に加担をしていいと言うものじゃないだろ」 
「実に一般論。ありがとうございます」 
 カウラの言葉をまた一言で切り返す要。
「あの、西園寺さん。食べるものとか買ってきましょうか?」 
 いたたまれなくなって誠が二人の間に割って入った。二人はとりあえず黙り込む。
「パンの類がいいな。監視しながらつまめる奴、それで頼むわ」 
 要はそう言うとポケットを漁る。だが、カウラが素早く自分のフライトジャケットから財布を取り出して札を数枚誠に手渡した。
「私は暖かいものなら何でもいい」 
 そう言われて押し出されるように誠は車の助手席のドアを開けていた。人通りの少ない路地。誠は端末を開いて近くの店を探す。
 幸い片桐女史のマンションと反対側を走っている国道沿いにコンビニがあった。誠はそのまま急な坂を上ってその先に走る国道を目指した。走る大型車の振動。むっとするディーゼルエンジンの排気ガス。地球人類の植民する惑星で唯一化石燃料を自動車の主燃料としている遼州ならではの光景。だが惑星遼州の東和からほとんど出たことの無い誠にはそれが当たり前の光景だった。
 凍える手をこすりながらコンビニの明かりを目指して誠は歩き続ける。目の前には寒さの中でも平気で談笑を続けている高校生の群れがあった。それを避けるようにして誠が店内に入った。
 レジに二人の東都警察の制服の警官がおでんの代金を払っていた。
 誠はカウラの言葉を思い出しておでんを眺める。卵とはんぺんが目に付いた。しかし、要に菓子パンを頼まれていたことを思い出し、そのまま店の奥の菓子パン売り場を漁ってからにしようと思い直してそのまま誠は店の奥へと向かった。
 『焼きたて!』と書かれたメロンパン。誠はそのクリーム色の姿を見ると、それがカウラの好物だったことを思い出した。
『カウラさんはメロンが好きだよな。でもメロンパンにはメロンが入っていないわけで……』 
 黙り込んで誠はつんつんとメロンパンを突くと要が食べそうな焼きそばパンを手に取った。
 その瞬間だった。強烈なプレッシャーに襲われた誠はそのまま意識が引いていくのを精神力で無理やり押さえつけて立ち尽くした。
『なんだ?』 
 脳に直接届くような波動。誠は深呼吸をした後、静かにその長身を生かして入り口に一人の男が立っていることを確認した。そしてその顔が誠の脳裏に刻み付けられた男のそれであることがすぐに分かった。
『北川公平……』 
 忘れもしない。夏の海への旅行の際に誠を襲った法術師。干渉空間展開を得意としたその戦い方は誠の比ではない実力を誇る法術犯罪者。
『なんであの男が?』 
 何も知らないというように北川は店内を見回していた。誠はこの男に襲われてから法術の展開をするのに隠密性を重視した展開方法をシャムやランから伝授されていた。実際、ちらちらと誠の顔は北川から見えているはずだが北川はまるで知らないとでもいうようにかごを手に雑誌の置かれたコーナーへ向かう。
 感応通信で北川の存在を要達に知らせようとして誠はためらう。
 北川の能力、それがどの程度なのかは誠も知らなかった。事実、茜の法術特捜の保存データに彼の名前は存在しなかった。その顔が誠に知れたのは反地球テロに彼が学生時代に加担していたデータが東都警察に残っていたと言う偶然があったからだ。
 誠はそのまま入り口に向かい、買い物籠を手にしながら北川を監視していた。誠の存在など知らないとでもいうように北川は漫画雑誌を手にとって読み続けている。そのまま誠は調理パンの置かれた棚に移動しながらちらちらと北川の監視を続けた。
 誰かに見られているということを悟った北川が振り向くのを見て誠はそのまま頭を引っ込めて棚に体を隠した。運良く北川は誠を察知できなかったようで再び雑誌に視線を落とした。
 誠はそのまま要用に焼きそばパンとコロッケパン、そして蒸しパンを手に取り、自分用にとんかつ弁当を手に取るとそのままレジへと向かった。
「いらっしゃいませ」 
 高校生くらいのバイトの店員が誠からかごを受け取って清算を始める。その動きを見ながら誠は手に備え付けの紙皿と呼ぶには深さがある容器を手におでんの容器を見下ろした。
 とりあえず煮卵、はんぺん、牛筋、こんにゃく、大根。それを次々と掬い上げ、そのままレジに運ぶ。バイトの店員は慣れた手つきで清算を進める。誠はちらりと振り返り、北川を見た。
 まるで何事も無いように雑誌を見ている。その様に納得する。
「2350円です!」 
 バイトの店員の前にカウラから貰った三千円を置いた。すぐにレジに札を磁石で貼り付ける店員。誠はその動作を見ながらちらりと北川に目を向けて早足で店を出る。響く国道を走るトレーラーのエンジン音に押されてそのまま元来た路地に曲がって坂道を進む。赤いカウラのスポーツカーを見つけ、そのままどたどたと駆け寄ると素早く助手席のドアを開いた。
「馬鹿か?オメエは!ばれたらどうするんだ?」 
 迷惑そうな声を上げる要。その手に焼きそばパンを握らせると、要は視線を片桐博士のマンションに固定したまま袋を開ける。
「あんまり感心しないが……おでんか」 
 そう言うとカウラは誠からパックの中に汁と共に入っているおでんを手に取った。
「何かあったんだろ?」 
 カウラの言葉に誠は静かに頷く。
「北川公平を見ました」 
 その言葉に勢い良く要は顔を誠に向けた。明らかに非難するようにいつものタレ目が釣りあがって見える。
「なんで知らせなかった!アイツはオメエの拉致未遂事件の重要参考人だぞ!」 
「ですが通信なんて使ったらばれてしまうかも知れませんから」 
 頼るように誠が目をカウラに向ける。カウラは口の中に大根を運んでいるところだった。
「下手に動かなかったのは正解だろ。それにコンビニくらい行くんじゃないか?刑事事件の関係者でも」 
 のんびりと大根を味わうカウラを諦めたように一瞥した後、要は再び視線を片桐博士のマンションに向けた。
 もはや日は沈んでいた。わずかな夕日の残したオレンジの光を今度は家々の明かりが補おうとしているかのように見える。黙って焼きそばパンを口に運びながら監視を続ける要。
「でもいいんですか?北川公平は……」