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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 意識が消えかけたところで今度はアイシャの声が耳元でした。飛び起きる誠。そんな誠をジャージ姿で見守っているアイシャはシャワーを浴びたばかりのようで石鹸の香りがやわらかく誠を包み込んでいた。
「起きてますよ」 
 そう言って再び体を起こす誠。アイシャはタオルで巻いた紺色の長い髪に手をやりながら誠の机の上の書きかけのイラストに目をやる。
「ああ、今回のコミケは私達はお手伝いはしなくていいんだったわね」 
 突然そんなことを言いながら今度は本棚に向かうアイシャ。そこには堂々と18禁同人誌が並んでいるが、同じものをコンプリートしているアイシャはさっと見ただけでそのままドアに向かう。
「なんだか寝ぼけた顔ね、シャワー浴びた方が良いんじゃないの?今なら空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが何事も無かったかのように部屋から消える。目が冴えてきた誠は立ち上がると押入れの中の収納ボックスから下着を取り出した。
「おい!元気か……って。寒いからって爺さんみたいに腰を曲げやがって!」 
 今度は朝から要の高いテンションの声が響く。下着とタオルを手にして誠が立ち上がった。
「おう、シャワーか?今なら空いてるぞ」 
「知ってます」 
 そう言うとそのまま誠はドアに向かう。
「なんだよ、妙に暗いじゃねえか」 
 廊下に出ても要は珍しく誠に張り付いている。不安な部下に対するというより元気の無い弟を見守るような表情で階段を下りる誠についてくる要。
「あのー」 
 シャワー室の前の廊下で誠が振り返ると要は真っ赤な顔をしていた。
「分かってるよ!早く飯食わねえと置いてくぞ!それが言いたかっただけだからな!」 
 そう言って食堂に向かう要。誠は彼女がちらちらと振り向いているのを確認した後シャワー室に入った。服を脱ぎ終えてシャワーを浴びる誠。まだ夢の続きのように全身に力が入らないような気分が続いていた。
「おう、お前がいたのか」 
 島田の声がしたので振り向いたが、すでに島田は隣のシャワーに入っていた。
 彼の声で島田が嵯峨達と同じ法術再生能力の持ち主であることを思い出してはっとする誠。それがわかっても誠にどう島田に声をかけるべきかと言う考えは浮かばなかった。
 シャワーの音だけが響く。沈黙が続いた。誠は耐えられずに頭のシャンプーを流し終わるとすぐにタオルで体を拭いて出て行こうとした。
「今日からが正念場だな」 
 シャワー室から出ようとする誠に島田の声。誠は大きく頷くとドアを開ける。そしてそこでドアに顔面を強打して倒れている要とアイシャ、そしてサラの姿にため息をついた。


 魔物の街 30


 とりあえずと言うことでいつものスタジャンを羽織った誠が食堂の前で見たのは中を覗き込むこの寮の住人である男性下士官達の姿だった。
「ああ、神前曹長」 
 振り返った小柄な西に誠は黙って中を指差してみる。
「あんな有様でして……」 
 その西の声に合わせて誠は食堂の中を覗き込んだ。
 座っているのはシャムと茜。その隣には真剣な目つきで一口くらいの蕎麦を入れた椀を構える吉田とラーナの姿があった。
「何してるの?」 
 誠の言葉に手を広げて呆れてみせる西。二人の間に下からアイシャが顔を出した。
「知りたい?」 
「別に……っていうか朝の忙しいときにあの人達何を始めたんですか?」 
 西の言葉が続く間にもシャムと茜の目の前の椀には二人が蕎麦を口に入れてからになるたびに吉田とラーナの手で蕎麦が放り込まれる。
「わんこ蕎麦だな」 
 タバコの煙をさせながら顔を出す要。そのうれしそうな表情に誠は眉をひそめた。
「地球の岩手とかの料理らしいぞ」 
 その隣にはいつの間にかカウラがいる。誠が部屋の中に視線を移すとシャムと茜の前に数十の椀が積み上げられているのが見えた。
「料理……ですか」 
 蕎麦以外にも二人の前には刺身やら煮付けやらが並んでいるがとてもそれに手を出す余裕は二人には無かった。蕎麦を飲み込むたびに蕎麦を入れる吉田とラーナに攻め立てられるようにして二人は手に持った椀を口に運ぶ。
「妙に盛り上がっているんですねえ」 
 そう言いながら誠の後ろにいるシャワー室から出てきた島田に顔を向ける。
「久しぶりだなこの勝負」 
 笑う島田に諦めて誠は食堂を覗き込んだ。厨房では淡々と食通の異名を持つヨハンが鍋をかき混ぜていた。
「おい!島田」 
 顔を出した島田を見つけるとヨハンは手招きする。厨房に向かう島田に続いてこの熱狂に少しばかり食傷した誠もついていった。
「また蕎麦ですか?」 
 厨房の前には大量の手打ち蕎麦が置いてあった。当然これも部隊長の嵯峨が持ってきたものだろうと思うと誠は呆れるしかなかった。
「もうそろそろ二人も限界だろうからな。そちらの汁くらいならお前等でも出来るだろ?」 
 そう言ってヨハンは一升瓶が何本か並んでいるのを指差した。手で貼り付けられたラベルには嵯峨の達筆で『めんつゆ』と書かれていた。島田は諦めたようにプラスチックの小鉢を取り出そうと奥の棚に向かった。
 めんつゆを手にした島田。誠は戸棚から小鉢を取り出して並べていく。
「あのおっさんの気の使い方はねえ……なんていうかなあ」 
 照れ笑いを浮かべる島田。誠がヨハンを見ていると鍋をかき混ぜながら福福しいその顔に笑顔が浮かんでいる。
「いいじゃないか。お前も昨日まではかなりきつそうな顔してたろ?仲間なんだから一人で不幸を抱え込むなってことだよ」 
 そう言うとヨハンは大きなざるで鍋から蕎麦を掬い始める。
「おい!西!菰田を呼んで来い!」 
「でも菰田さん今日は非番ですよ」 
 殴れというように丸太のような腕を振ってみせるヨハン。入り口に張り付いていた西は仕方なく廊下へと消えた。一方、食堂で歓声が起きたのはついに茜が椀の蓋を閉めて勝負が決まったからなのだろう。
「島田先輩。あの人どんだけ食うんですか?」 
 めんつゆを並べた小鉢に入れる島田に声をかける誠だが、島田は呆れたような表情で今度はざるの準備にかかった。
「おい、蕎麦の方の準備はどうした?」 
 それまでシャムに蕎麦を食べさせていた吉田が厨房を覗き込んでいる。その後ろに隠れるようにしてそれまでお預けだった刺身などをつまんでいるシャムの姿もある。
「ナンバルゲニア中尉。まだ食べるんですか?」 
 呆れた顔の島田の視線の先でシャムが大きく頷いている。
「シュペルター中尉。呼びましたか?」 
 毛玉だらけのジャージを着て頭を掻く菰田にヨハンは奥の戸棚、ざるを乗せる皿を取って来いというしぐさをして見せた。
「まったく朝から元気ですねえ」 
 そんな言葉とあくびと共に厨房の戸棚の奥に菰田が消えた。
「おう、島田と神前はもう良いぞ。後は吉田少佐とナンバルゲニア中尉が引き継いでくれるから箸でも持って待ってろ」 
「ちょっとエンゲルバーグ!何言うのよ!アタシはおなか一杯で……」 
「それは食べながら言うことじゃないだろ?」 
 相変わらず刺身を口にくわえているシャムに呆れたようにつぶやく吉田。島田と誠は頭を下げると食堂にあふれている寮の男子隊員の中へと戻っていった。
「お疲れ!」