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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 サラが島田に隣の椅子を叩きながら手を振る。厨房の奥を身を乗り出して覗いているのは要だった。
「どうしたんですか?西園寺大尉」 
「いやあな、吉田の馬鹿にこういうこと任せるとろくなことにならねえと思ってさ」 
「アイツもそんなに馬鹿なことばかりやるわけじゃないんだからよー。信じてやれよ」 
 落ち着いて箸を手にするラン。その隣にはうつむいてじっとしている茜の姿があった。
「嵯峨警視正、お疲れ様です」 
「苦しいわ……苦しいですわ……もう蕎麦は見たくも無いですわ」 
 青ざめた表情で蕎麦の到着を待つ誠達を恨めしそうに見つめる茜の姿がそこにあった。
「お待たせしましたー!ってお前等も手伝え!」 
 両手に蕎麦の入ったざるを持って現れた菰田。彼の一言で部隊内部の秘密結社『ヒンヌー教徒』の男性下士官達が厨房へ走る。
「駄目なの?食べちゃ駄目なの」 
「あんだけ食べて……少しは我慢しろ!」 
 シャムと島田も次々とめんつゆの乗った盆を持って現れる。
「わさびは……無いのか?」 
「あるよ、はい」 
 カウラの言葉にシャムは一隅に乗っていた練りわさびを入れた椀を渡す。それの半分くらいを一気にめんつゆに入れるカウラに誠は呆然としていた。
「おめえそんなんじゃ味がわからねえんじゃねえのか?」 
「余計なお世話だ」 
 そう言うとカウラは一番先にテーブルに置かれた蕎麦に箸をつける。それを見て思い出したように要と島田が箸を伸ばした。
「よく……食べられますわね」 
「オメエは食いすぎなんだよ。黙ってろ」 
 隣で腹を押さえる茜を無視して蕎麦を啜りこむ要。アイシャは静かに様子を見ながら山盛りの蕎麦に箸を伸ばす。
「警視正。後で胃薬用意しますから」 
 ラーナは食べていなかったらしく慣れた手つきで蕎麦を啜る。誠もほのかに蕎麦粉が香る部隊長嵯峨の手打ち蕎麦を堪能した。
「しばらくはおとなしくしてろってことだろーな」 
 ハイペースに蕎麦を啜りこんでいたランが小鉢を置くと静かにそう言った。証拠はすべて東都警察の調査の指揮下にあり、捜査は同盟軍の指示で動く遼南山岳レンジャーが聞き込みを中心に行っている。出足は早かった茜の法術特捜はその人員の少なさから完全に遅れを取った形になっていた。
「まああれだ。おいしいところはアタシ等が持っていけばいいだろ?闇研究のアジトが見つかっても東都警察には手におえないだろうし、ライラ達の軍は手を出したら外交問題だ。必ず出番が来るぜ」 
 そう言うと要は淡々と口に蕎麦を運んでいる。そしていつの間にか誠達のテーブルの端には蕎麦を啜るシャムと吉田の姿もあった。
「オメーなあ」 
 ランが生暖かい視線を送るのを見て苦笑いを浮かべながら口の中一杯に放り込んだ蕎麦を噛んでいるシャム。他人のふりをしているかのように淡々と蕎麦を食べる吉田。
「よく食べられますわね」 
 呆れたような茜の苦しそうな笑顔にシャムは大きく頷きながら一気に蕎麦を啜りこんだ。
「やっぱり問題になるのは東都警察か?あそこが一番証拠を握ってるはずだから動き出して返り討ちにあうのが目に見えてるな」 
 わさびで色が緑色に変わっためんつゆにつけた蕎麦でしばらく頭を抱えたまま動かなくなっていたカウラの声。さすがに呆れたようにアイシャは生暖かい視線をカウラに送っている。
「そーだな。ライラの山岳レンジャーは遼南の三大精強部隊の一つだ。敵後方に浸透しての工作活動を得意として情報収集能力が売り、調査力は東都警察の特捜部とも互角にやれるだろう。だが……証拠の志村の携帯端末を握っている東都警察は……」 
 ランが言葉を止めたのは仕方の無いことだった。誰もが考えたくは無いことだったが、証拠を集めていくうちにどうしても考えたくない事実が現実にあることに皆が気づいていた。
 事件はこの東都で起きている。これまで東都警察の動きが鈍かった理由。それが法術対策部隊に訓練が必要だったと言うような問題ではないことは誰もが気付いていた。虎の子の空間変性で飛行可能な法術師隊まで動員している以上対抗措置が取れなかったと言うのが動きが鈍かった理由ではないのは誠も先日の襲撃事件の映像で分かっていた。
 おそらくは内部に内通者がいてその対応措置をとる必要があったことや上層部に今回のテロの首班達と利益を同じくする人々がいること。その為に本格的な行動に移るのに時間がかかったと言うことはラン達も察していると誠はその表情で察した。
「吉田」 
 めんつゆにねぎを加えながらランがそれまでシャムと戯れていた吉田の顔を見る。頭を掻きながら吉田は一度手にしためんつゆをテーブルに置いた。
「ああ、あのチンピラの遺品の携帯端末でしょ?一通りの連絡先を検索したんですが……ねえ」 
「オメーが手を入れたときには改竄済みだったと?」 
 ランの幼い顔が吉田の頷くのを見ると落胆に変わる。
「まあ復元は出来たんですがね。それまでに主要な連絡先の方はアドレスをすべて変更されていて音信不通。まあ改竄の手口が幼稚だったんで東都警察には抗議の文書を明石経由で出しますけど謝って済めば警察は要らないですよねえ……って相手もお巡りさんですか」 
 苦笑いの吉田。だがその手にはメモが握られていて静かにランの前に置かれる。ランはそれを受け取ると静かに目の前にかざした。
「なるほど、こりゃーアタシでも改竄したくなるわなー」 
 メモを見てにやりと笑うと静かにそれを握りつぶすラン。
「なんだよ、それは。良いのか握りつぶして」 
 要の言葉にランは首を振る。誠はそのやり取りからメモに載っていた連絡先が相当に高度な政治的裁量権を持つ機関のものではないかと思いながら蕎麦を啜りこんでみた。
「ぶー!」 
 口の中にしびれるような感覚が走る。そして次の段階で脳天を叩きのめされたような刺激。そして喉を覆う焼けるような痛み。
「何やってんだ?神前」 
「慌てるべきではないな」 
「二人とも……」 
 要とカウラがニヤニヤしながら見つめている。誠は心配そうなアイシャの視線を受けながら自分のめんつゆを覗き込んだ。
 緑色の塊がいくつも浮かんでいる様を見てカウラを見つめる。
「なんだ?私流のおもてなしだぞ。気に入らないのか?」 
 珍しくいたずらをして微笑むカウラ。和む表情だというのに誠は鼻と目に残る痛みでひたすら涙を流しながら、わさびの色と良く似たカウラのエメラルドグリーンの髪を眺めながらそのまま咳き込み続けた。


 魔物の街 31

「グレゴリウス!」 
 バイクを部隊の駐車場に止めたシャムが公用車が入っているガレージに向かって叫びながら走っていく。その先には首輪をつけた五メートルはあろうという大きなコンロンオオヒグマの2歳児グレゴリウス13世が甘い声で鳴きながら駆け寄ってくるシャムを迎えていた。
「あれ、あんな鎖で繋いどいたら逃げるだろ?」 
「心配性だな。アイツは吉田と一緒でシャムには頭が上がらないからな」 
 カウラの声に気づいて正門へ向かっていた吉田が振り返るのを見るとカウラのスポーツカーから降りた要とカウラ、そしてアイシャが忍び笑いをする。
「アイシャちゃーん!カウラちゃーん!要ちゃーん!」