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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 うなり声を上げるかつて法術師であったもの。そして周りを警戒する機動隊の法術師達は空中でどこから訪れるのか知れない第三勢力への警戒を開始した。
「なるほどねえ」 
 要の言葉に合わせるようにして宙に浮いている機動隊員が次々と撃墜されていく。
「でも非合法研究の成果のデモンストレーションにしたらやりすぎよね」 
 アイシャの言葉もむなしく地上からの一斉射の弾丸が叩き落されていく光景が画面を占めることとなった。


 魔物の街 22


「派手だねえどうも」 
 保安隊隊長室。そこで三次元映像装置を頬杖をついて眺めながら、保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は薄ら笑いを浮かべていた。
「まるでこの第三勢力の介入は想定していたような口ぶりですね?」 
 机のそばに立って厳しい表情を浮かべているのは保安隊技術部部長の許明華(きょめいか)大佐、そしてソファーから映像を見上げているのは情報統括である吉田俊平少佐だった。
 画像の中の肉の塊、それまではただ周りを取り囲んで浮かんでいる東都警察の切り札の法術機動隊の攻撃を受けても平然と周囲の破壊を続けていたそれは、すでに新しい敵に攻撃を受けて五つに切り分けられ、それぞれがうめき声を上げて苦しんでいるように見えた。
「ずいぶんと趣味の悪い奴等だな」 
「隊長には見えるんですか?私は切り刻まれた結果しか……」 
 明華の言葉に嵯峨はニヤリと笑った後ポケットからタバコを取り出して火をつける。
「なあに、三人の法術師が干渉空間の時間軸をずらして加速をかけていたぶっている。万が一の事態に備えて一撃でけりをつけてやるって言うところが無いのはどこかに売り込みたいのか……そう言う趣味の連中なのか……」 
 嵯峨が伸びをして煙を吐くのを見つめた後、再び明華は画面に目をやった。もはやこの事件の端を作った物体はただの肉片としか呼べない存在になっていた。明華に見えるのは重傷を負った機動隊員を仲間が助けている様子と手の空いた隊員が肉片を回収しては走り寄ってきた鑑識らしい帽子の警察官に渡している光景だった。
「信用のおける情報にはこの騒動に関わっている組織の姿はありませんね。まあ同盟に批判的な武装組織や過激な環境保護団体が犯行声明を出していますがどうせ……、あんな化け物を作り出すような技術も資金も無いくせに」 
 しばらく目をつぶっていた吉田の言葉に満足げに頷く嵯峨。明華は吉田の言葉で少し落ち着きを取り戻すとすぐに自分の腕時計形の端末を起動させた。
「明石中佐に確認を取ってみるわ」 
 同盟本部の司法局に直通の通信を入れる明華。司法局の参事として先月まで保安隊の副長を務め、また彼女の婚約者である明石清海中佐ならば同盟上層部のこの事件に対する見解が聞けると言う彼女なりの気遣いだと思うと嵯峨の顔に笑顔が浮かぶ。
「司法局の本部ビルからはそう遠くないからな。アイツも野次馬してるんじゃないのか?」 
 そう言う嵯峨が見ている画面に周りのビルから現場を覗き込んでいる人々の顔が写る。
「でも良いんですか?」 
「何が?」 
 吉田の困ったような声に嵯峨はタバコを灰皿に押し付けながら答えた。
「一応今回の件は茜嬢ちゃんやランが動いていたんでしょ?それでもこのような事件が防げなかった。もしかしたら……」 
「俺の責任問題になるって言うのか?それならアイツ等に協力しなかった所轄の警察署長の首が全部飛ぶな。あいつ等の行動とそれに対応した警察の幹部とのやり取りのデータは探せば出てくると思うからね」 
 あっさりとそう言ってのけた嵯峨を困ったような表情で明華と吉田が見つめている。
「そんなだから隊長は嫌われるんですよ」 
 明華の言葉に舌を出す嵯峨。やはり明石は端末を持たずにうろついているようで彼女の通信はただ待ち受け画面が浮かんでいるだけだった。
「さて、これを見て司法局はどう動くかなそれと今回の騒動を引き起こした連中も……」 
 まるで他人事のように嵯峨は伸びをして混乱が収まろうとしている画面を消した。


 魔物の街 23


 久間のうどん屋を出た誠達が基地に帰ると吉田がニヤニヤして待ち構えていた。茜の顔を見て即座に使用許可を出した彼を置き去りにして『冷蔵庫』と呼ばれる保安隊のコンピュータルームに篭ってから6時間が経過していた。
「とりあえずラーメンを取ったんですけど……いかが?」 
 席を外していた茜が岡持を抱えて中央のテーブルに置いた。ラーナの手には盆と湯のみ。サラはポットを二つテーブルの上の雑誌の山をどけて置いた。
「アイシャ。いい加減この部屋の私物を持ち帰れよな」 
 カウラがそう言いながら端末から離れて箸などの準備にかかる。島田が難しい表情で画面を覗き込んでいる。誠もそれを見ながら再び自分の端末の画面を覗きこんでいた。
「DNAは遼南系の人類と一致。まあ予想通りの結果だよなー」 
 昼間の怪物から採取された細胞のデータを見つめていた首をねじったりした後、椅子から飛び降りるラン。篭ってからは昼間の化け物のかけらを東都警察が分析した鑑識の資料を整理する作業を始めたが、その途方も無い作業に誰もが疲れを感じていた。
「コイツを倒した正体不明の『正義の味方』がやった干渉空間内の時間軸をずらすって……簡単に出来ること……なのか?」 
「要さん!食べ始めるのが早すぎましてよ!」 
 どんぶりをを取ろうとする要の手を叩く茜。要は舌を出してそのままテーブルの隣のパイプ椅子に腰掛けた。
「干渉空間の維持にものすごい法力を取られますから……僕も何度か連続干渉の実験はやってみましたけど五回目で精神の負荷が大きすぎると言われてヨハンさんに止められてからはやってませんよ」 
「でも不可能じゃないんでしょ?」 
 ラーナから湯飲みを受け取ったアイシャはそう言いながらすでに箸を手に自分の前に置かれたパーコー麺を眺めている。
「五回でアウトなのか?お前の鍛え方がなってないからだな。実を言うとこいつはお袋の得意技でさあ。『官派の乱』で屋敷が官派軍に包囲されたときに暴れまわったからな」 
 さすがに我慢が出来なくなった要が岡持から自分の坦々麺を取り出してスープを飲み始める。要の母の西園寺康子は保安隊隊長嵯峨惟基の剣の師匠であり、『胡州の鬼姫』の異名で知られる剣豪と呼ばれていた。彼女が法術師であることが分かった今、それまでは何度と無く西園寺家を襲ったテロリストの数が急に激減したという話は誠も耳にしていた。
「しかし、こんなに時間軸のずれた空間を制御し続けて無事で済むわけもねーだろ?」 
 餃子の皿を並べるラン。誠も部屋に漂うラーメンのスープの香りに作業を中断してテーブルの席に着いた。
「神前。とりあえずこれ」 
 ランはテーブルの横に積まれて倒れそうになっている雑誌を指差す。しかたなくそれを抱えて部屋の隅においてみたが、そこで一人島田が端末の前を動こうとしないことに気づいた。
「正人。そんなに根をつめても……」 
 一通り配膳が終わったサラが島田の肩に手をかける。それまで激しくキーボードを叩いていた島田の手が止まった。
「そうだぜ、これからが正念場だ。とりあえず力をつけろよ!」 
 そう言って要が再び麺を勢い良く啜りこんでいる。