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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「出資?そうですね。あなたにはそれにふさわしい手駒を手に入れる資格がある……私には腹立たしい限りのことではありますが」 
 パンを飲み込んで地球の銘柄モノの赤ワインで流し込む孫四郎。その様子を暖かく見守る外惑星の資産家の偽名でこのホテルに滞在しているカーンを孫四郎は見上げた。
「それがこれか」 
 そう言って階下の騒動が始まる前に孫四郎が差し出した小さなデータディスクを手にしたカーン。その表情にゆとりのある笑みが浮かぶ。
「三人ほど選びましたよ。従順でありながら的確な判断ができて、それでいて好戦的な性格。遼南人にはなかなかいない性格の持ち主ですよ」 
 孫四郎の笑みにカーンも満足げにディスクをかざして見せた。
「それは結構。だが、能力的にはどの程度のものなのかな」 
 カーンはディスクを胸のポケットに入れると興味深そうに孫四郎を見つめた。口を手で拭う無作法を自覚しているような笑みを浮かべる孫四郎はその視線を外へと向けた。
「なあに、それにはうってつけのデモンストレーションを見せて答えましょう」 
 その言葉でカーンも悟った。そして立ち上がったカーンは階下で東和警察の機動隊とにらみ合う制御に失敗して暴走を始めた法術師の成れの果てに視線を向けた。


 魔物の街 21


 同盟本部ビルの周りに設置されたカメラからの多数の映像が茜の取り出した端末の上の空間に表示され、その中央にもはや人間であった面影すらない肉の塊が衝撃波で路上のパトカーを吹き飛ばしている様をみて立ち上がり、走り去ろうとする姿があった。
「馬鹿野郎!今更行って何とかなるのかよ!」 
 本来ならば飛び出すタイプの要がライダースーツの島田にしがみついた。黙ってふてくされたような顔をして止めに入るサラに感情を殺したような視線を向ける島田。
「どうしたのよ正人!らしくないわよ」 
 サラがそう言って出て行こうとする島田の手を握った。いつもならムードメイカーとして笑い飛ばすような調子の島田の変調に場は彼を中心に回り始めた。
「ああ、久間さん。包丁持ってきてもらえますか?」 
「腹でも切るのか?」 
 笑えない冗談を言う久間に力の無い笑みを浮かべる島田。画面の中では空中に滞空して肉の塊と化した法術師の成れの果てと戦っている東和警察法術機動部隊の映像が映っている。
「東都警察もやるじゃねーか。法術師の空中行動ってのは結構な技量が必要なんだが……」 
 ランの言葉にしばらく要に押さえつけられていた島田が気がついたように映像に目をやった。
「落ち着いたか」 
 羽交い絞めにしていた要が力を緩めてどさりと床に体を落とす島田。
「おい、下手なことに使ってくれるなよ」 
 そんな島田に久間はカッターナイフを渡した。情けない顔で久間を見つめる島田。
「包丁じゃあ使えなくなるとまずいだろ?」 
 顔を向けてくる島田にそう言って久間はじっとうつろな瞳でカッターナイフを見つめるライダースーツの男を見ていた。
「馬鹿なことを」 
 要が口を開くよりも早く島田は手袋を外した。
「何する気だ?」 
「まあ、見ていてくださいよ」 
 カウラの言葉にそう答えると島田はそのまま手首をかざしてそれにカッターナイフを突き刺した。
「自殺か!自殺志願者か?……?」 
 そんな要の声は手首にナイフを突き刺しても一切血が流れないという状況で沈黙に変わった。
「やっぱりカッターじゃ分かりにくいですよね」 
 島田の顔が痛みにゆがんでいる。手首を切り裂いたはずのカッターナイフの刃には血の跡すらなく、切り裂かれたはずの手首には何の痕跡も残っていなかった。
「異常修復能力者か」 
 マリアの言葉にあいまいに頷く島田。そしてようやく納得が行ったように頷いた要が静かに島田の肩を叩いた。場は一瞬にして島田の笑顔で静まり返った。『仙』と呼ばれる不老不死の存在を前に呆然と茜は島田を見つめていた。誠も存在は知っていた特殊な能力者。宇宙空間に放り出されても蒸発と再生を繰り返しながら生命を維持することが可能とまで言われる不死身の存在。
「とりあえず分かった。でもなあ、一人で突っ走るのはやめてくれよな」 
 そう言うとカッターを島田から奪い取った要。その視線がようやく島田のおかしな態度に得心したと言うように一度つま先から頭の先まで彼を眺めて見せた。
「お前が言うと説得力があるな」 
 突っ込むカウラを無視して要は茜の端末の画面に映している機動隊と化け物の戦いに目を向けた。
 要が手を離すと静かに座り込む島田。そしてその表情には泣いているとも笑っているとも付かない絶望的な表情が浮かんでいた。
「こんな化け物。その同類が部隊にいるなんて気持ちが悪いでしょ?」 
 島田の言葉が震えていた。誠は周りを見回す。だがそこには島田への恐怖など無かった。
「何を言うのよ!馬鹿!」 
 サラの平手が島田の頬を襲う。だが、島田は避けることなくそれを受け止めた。
「お前、それが怖くてアタシ等を避けてたのか?」 
「くだらないな」 
「いいじゃないのそんなこと」 
 要、カウラ、アイシャ。それぞれに一言で島田の神妙な顔を退けた。見上げる島田の目に涙が光っている。
「それならお父様も嫌われなきゃいけないわね」 
「でも本部では嫌われてますわよ」 
「リアナ。それは言わない約束だろ?」 
 茜に声をかけるリアナとそれをたしなめるマリア。そこにはいつもの彼女達の平静な態度が戻ってきていた。
 死ぬことも、年をとることも出来ない不完全な生き物。それは嵯峨が自虐的に自分を評するための言葉だと思っていたが、誠に一番近い先輩と言う立場の島田がそんな存在だと分かると誠の頬に自然と笑みが浮かんでくる。
「なんだよ皆さん妙に冷静じゃないですか」 
 島田は涙声でそう言いながら立ち上がってテーブルの上のどんぶりに手を伸ばす。油揚げだけをトッピングした濃い口の鰹出汁のうどん。それを一息に啜りこんだ。
「そう言うお前も神妙な顔での告白の割には冷静じゃないか。あのさっきのテレビを見てた表情。今にも泣き出すんじゃないかと心配したぞ」 
 カウラの言葉に要もアイシャも大きく頷く。それを見て茜は安心したように再び端末の画像に視線を移した。次々に干渉空間を破砕しては暴れまわる肉の塊とそれを防ぐ東都警察の法術師の死闘が続いている。
「東都警察が法術対策部隊と言う切り札を切ったということもたぶんこの化け物を作った人達も……この状況を予想していたと考えるべきですね」 
 誠もその茜の言葉の意味が分かっていた。嵯峨の情報網にすら引っかからない巧妙な秘匿技術を持った特殊な研究開発組織。それがこれほどの派手なところで現れるにはそれなりの理由があることはすぐに分かった。
「動くだろうな、この事件のきっかけを作った奴が」 
 そんな要の言葉で画面に目を戻すと、機動隊の正面でぼこぼこと再生を繰り返していた肉の塊が半分に千切れた。
「こちらが本命か」 
 そう言ってランは見切ったようにうどんのどんぶりを手にする。そして誠も彼女の考えを理解したいと思って画面に目を向けた。
『ぐおうおおおお……』