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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 そんな言葉に食いつこうとした島田を制してランは久間の顔を見つめる。
「どこも襲撃前に情報が漏れてたみたいなんだな、これが。万端の準備と逃走経路の割り出しをどんなにしっかりしていてももぬけの殻だ。まるで先が読まれているように綺麗に逃げられてな」 
 久間が煙を吐くとランが思い切り咳をする。その姿にリアナとアイシャが抗議する様な視線を投げる。
「ああ、すまなかったな。クバルカはタバコが苦手だった」 
「アタシのことはいいんだよ」 
 取り出した携帯灰皿にタバコを押し付ける久間。そして彼はそのままマリアに目を向けた。
「地球の諜報機関はどう見てますかね」 
 ロシアの対外活動特殊部隊との強力なパイプを持っているマリアに全員の視線が集まる。
「そんなに見つめられても困るな。どこも手にしている情報は久間さんと同じくらいだろう。法術関連の技術開発で人権侵害を行わないことと、研究成果の公表を義務化する条約は締結に遼州同盟が批判的だが結局アメリカのごり押しでそう遠からず締結されるだろう。それを無視して研究をするなら東和なんて目立つところでやる必要もない。そもそもなんで今、東和でなのかが分からないんだ」 
 そう言うマリアのうどんは鰹出汁。口に運ぶのはごぼう天だった。
「そうなると正規軍を引っ張り出したりすれば研究が遅くなるだろうというのは希望的観測に過ぎないということになるわけですわね」 
 茜が色の濃い昆布出汁を啜る。
「おい、茜。その出汁は……」 
 見慣れない薄い色の出汁が茜のどんぶりの中にあった。渋い顔の要はニコニコ顔のラーナを見てそれがきのこ出汁であることを悟った。
「要さん、出汁のところを良く見るべきでしたわね。ちゃんと五つの出汁の鍋があって回転させればそれぞれの味の出汁があるんですのよ」 
 そう言って微笑みを浮かべる茜をにらみつけたあと、要は頭を掻きながらカウンターで退屈そうに久間を見つめている店員に愛想笑いを浮かべた。
「じゃああれか……このままいたちごっこを続けるわけか?その間にも犠牲者が出ているっていうのに」

 投げやりな要の言葉だが、誠もカウラもアイシャも同意見なだけにあたりに沈黙が訪れる。その様子に少しばかり慌てながらランが口を開いた。
「そんな風に落胆するなよ。ライラの山岳レンジャーの人的資源も舐めたもんじゃねーぜ。東都警察だって自分のお膝元で、外国の軍隊が令状持っておおっぴらに捜査活動なんか始められたら面子もあるから近日中に動きだすだろ?」 
「確かにそうなんだけどよう。久間のおっさんやマリアの姐御の話じゃ相手は相当なやり手だぜ」 
 どんぶりを空にした要の言葉に誠は頷いていた。
「でも明石中佐は令状を出さないんじゃないですか?東都警察を刺激するのは同盟としては避けたいでしょうから」 
 カウラは相変わらず一本ずつ麺を取っては口に運んでいる。
「茜。明石からは連絡があったか?」 
 どう見ても割り箸がその頭や手に比べて大きすぎるように見えるランが茜に目をやる。
「明石中佐はとりあえず令状ではなく指示書で動いてくれないかと持ちかけてみたらしいですわ」 
 静かにどんぶりをテーブルに置く茜。その隣では懐かしい味なのか幸せそうにうどんの出汁の浸みたえびのてんぷらを味わうラーナがいる。
「指示書?それじゃあ任意同行しても証拠として採用できないじゃない。大丈夫なの?」 
 アイシャがなるとを口にくわえながら茜を見る。
「そうですわね。明石中佐もなんとか上と掛け合うから今日は徹夜になりそうだっておっしゃってましたから」 
「ああ、ライラはしつこいからな。だから旦那に逃げられたんだ」 
 ニヤニヤ笑う要を見てアイシャが大きくため息をつく。それを見てキッとアイシャをにらむ要だが、いつの間にか厨房の女性店員が久間の耳元に何かを囁いているのを見て真剣な瞳に戻って久間を見た。
「そうか……」 
 頭の白い帽子を手にすると真剣な表情で一人黙々とうどんを食べている小夏のどんぶりを覗き込む久間。
「どうした?」 
 口に残っていた麺を啜りこんだラン。その幼い表情を前に苦笑いを浮かべながら久間は言葉を切り出す。
「早速8体目の暴走法術師が出たそうだ」 
 久間の言葉にたずねたマリアが絶句する。誠が眺めていたお互いのうどんを交換して食べていた島田と皿が箸を取り落とす。
「どこだ!どこで出た」 
 ランも興奮してどんぶりに箸を突っ込んで立ち上がる。
「それが同盟機構本部ビルの正面だそうだ」 
 沈黙が訪れる。
「そりゃあ暴走とは言わねえだろ?テロだよテロ!」 
 引きつった笑いを浮かべて久間を見上げる要。その様子をカウラが心配そうに眺めている。
「珍しく良いことを言うわね。確かにそれは暴走ではなく爆弾テロみたいなものよ」 
 一人黙々とうどんを食べていたアイシャが汁を飲み終えると、そう言って楊枝を手にして口に運んだ。
「まあライラのお手並みを見ようじゃねーか」 
 そう言って不敵に笑うランの姿を見て彼女が嵯峨のお気に入りであるわけが誠にも分かった。



 魔物の街 20


 都心部の高層ビルの窓ガラスが衝撃を受けて一斉に砕け散った。法術を使用できる警察の機動隊の部隊が足元に干渉空間を展開して上空に滞空してその破片を受け止めるが、路上でパニックを起こした人々には多くの怪我人が出ていることは東都第一ホテルの昼食を食べている老人が眺めているだけでも見ることが出来た。
「実にすばらしい能力だ」 
 笑みを浮かべて年代モノの赤ワインを楽しむ老人、ルドルフ・カーンを目の前で肉と格闘しながら頬のこけた顔で見つめる男の姿があった。
「この力を前の戦争でも見せ付けることが出来れば枢軸は勝利していたんじゃないですかね」 
 一言そう言った後、再びステーキにフォークを突き立てるのは『人斬り孫四郎』の異名で知られた胡州浪人桐野孫四郎その人だった。
「そうだとしてもだ。この力が公にされれば遼南が付け上がることは分かっていたからね。分相応と言う言葉をあの暗愚なムジャンタ・カバラが理解できたとは到底思えないよ」 
 そう言ってカーンはパンに手を伸ばす。
「地球人至上主義者にはこれは脅威と見えますか?」 
 すでに肉を口に入る大きさに切ることを諦めた孫四郎はフォークに刺した肉を口で引きちぎる。まだ避難勧告が出ていないものの、ビルの最上階のレストランでは階下の騒動を見下ろすべく窓に張り付く客達の姿があふれていた。
「なあに、そのようなものは脅威とは呼ぶに値しないよ。兵器は使用者の意図に従ってこその兵器。あれは兵器と呼べるような代物ではない。それは遼南の山猿達も承知していてこの力を封印してきたんだ……ちがうかね?」 
 窓が時々衝撃波のようなものを受けて膨らむたびに野次馬になれなかった客達が窓を見つめる。
「それに私はこんな値段を吊り上げるためのデモンストレーションには興味が無いんだ。出資にふさわしい代価をいただきたい。ただそれだけの話だ」 
 カーンは穏やかな顔で目の前で今度はパンを口に詰め込み始めた孫四郎を眺めていた。