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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 遼南は地球人の入植が湾岸部のみでしか行われず、遼州原住民族が建てた国だった。だが地球から持ち込まれたうどんは彼等を魅了する食材となった。遼南は良質の小麦を生産し、その小麦粉から作ったうどんの腰は地球のそれを上回るとして宇宙に名をとどろかせた。
 先の戦争でも枢軸側として戦った遼南は宇宙でうどんをゆでて水が不足し降伏した軍艦の噂や、うどんを同盟国である胡州やゲルパルトに取り上げられて寝返った部隊があるという噂で知られるほどうどんを愛する国民性だった。そして中でも伝説とされるのが『うどん戦争』と呼ばれた遼南内戦の最後の戦い『東海侵攻作戦』が有名だった。
 クーデターで遼南の全権を握った嵯峨惟基は胡州への再編入を求める東海州の軍閥花山院家を攻撃した。だが戦線が膠着すると見るや前線基地で一斉にうどんをゆでるという奇妙な行動に出たことで嵯峨軍が長期戦を覚悟したと勘違いした花山院軍を、少数の特殊部隊で奇襲して打ち破ったという事件があった。
「そう言えばクバルカ中佐は昆布派ですか?鰹節派ですか?」 
 ほほえましくつぶやいた誠の目の前にやけに真剣な顔のランが立っていた。そしてそれを見た要が誠の肩を叩く。
「遼南人にそれを聞くときは注意したほうがいいぜ。マジで喧嘩になるからな。央都は昆布だよな。アタシのお袋は北兼だから鰹節派なんだけどな。昆布を買ってきてぶん殴られたりしたこともあるから」 
 要の言葉に頷く誠。そしてそのまま玄関にたどり着く。
「でもランちゃんの薦めるうどん屋って興味深いわね」 
 完全にお客さん体質になっているアイシャが微笑んでいる。
「トッピングは選べるのかしら?」 
「あれですよ、茜捜査官。自分でゆでるタイプの店がこの前……」 
「なんだ?ラーナは行ったことあるのかよ」 
 茜の助手らしく情報をまとめてみせるラーナの言葉にランが少し不満そうな顔をする。
「そう言えばラーナちゃんも遼南でしょ?出汁は?」
 アイシャの質問に靴を履き終えて恥ずかしげにうつむくラーナ。
「私は山育ちなんで。マイナーなきのこの汁なんです」 
 その言葉にアイシャとカウラと要の顔が一瞬とろけそうになるのを誠は見逃さなかった。
「さすがにキノコの汁はねーな。でもちゃんと鰹と昆布はあるから安心しろよ!」 
 そう言って駆け出すランの姿に萌えた誠を白い目で見ている紺色の長い髪。
「誠ちゃん。実はロリコンだったの?」 
 そう言いながら声の主のアイシャはなぜか端末をいじっていた。
「何する気だ?」 
「遼南風のうどんの店ならリーズナブルでしょ?お姉さんも呼ぼうと思って……」 
 要の問いに答えたアイシャが耳に端末を当てながら玄関を出て階段を下る。まだロングブーツを履けないでいるサラとそれを見守る島田を残して誠達はそのまま隣の駐車場に向かった。
「おい!お前等の端末に行く先を転送しといたからな!遅れたら自分達で払えよ!」 
 茜の白いセダンの高級車の脇に立ったランが叫ぶ。
「リアナさんは今日は非番なんですか」 
 誠は自分の端末を取り出して部隊の勤務状況の表を確認する。保安隊運用艦クルーの予定表には艦長の鈴木リアナ中佐の欄は休みとなっていた。
「カウラちゃん、お姉さんとマリアさんも来るって」 
「どんどん増えるな。それにしてもこんなところにうどんの店があったのか?」 
 カウラの言葉に誠も自分の端末を地図に切り替えた。保安隊のたまり場であるお好み焼きの店『あまさき屋』のある商店街の奥、先日閉店したパチンコ屋の跡にそのうどん屋の情報が載っていた。
「ああ、叔父貴の通っていたパチンコ屋の跡地か。あのパチンコ屋は災難だったなあ。叔父貴はいくらあそこで稼いだのか」 
 噴出すように要がつぶやくのは彼女の意識と接続されている情報を見たからなのだろう。そのまま赤いカウラのスポーツカーに乗り込む誠達。ようやくブーツを履き終えたサラと島田が頭を下げながら駐車場の奥の二輪車置き場に走っていく。
「おい!神前。さっさと乗れよ」 
 要が後部座席に座り込んで助手席を元に戻す。そのまま誠はガソリンエンジンの高い音を響かせるカウラの車に乗り込んだ。
「じゃあ出るぞ」 
 フロントガラスにうどん屋までの行程が映るが、すでに行き先の分かっているカウラはそれを切る。
「トッピング……何にしようかな」 
「今から考えるのかよ」 
「何?私が何を食べても関係ないでしょ?」 
 動き出す車の中ですでにうどん屋の話を始める要とアイシャ。苦笑しながらカウラは住宅街の細い道を抜けて大通りに出た。
「そう言えば神前はどっちが良いんだ?鰹節と昆布」 
 加速する車の中、要の声に誠は迷った。誠は鰹節派だったが親が鰹節派だったひねくれた要が昆布しか認めないなどと言い出す可能性は否定できない。
「西園寺さんはどうなんですか?」 
 愛想笑いを浮かべる誠。だがアイシャもカウラも助け舟を出すようなそぶりは無かった。
「ああ、私は昆布だな」 
 予想通りの展開に誠はほっとして頷いて見せた。


 魔物の街 19


 すぐにカウラは路地から国道に車を進めた。地球外惑星を代表する企業である菱川重工業の企業城下町らしく次々とトレーラーが通る国道を、車高の低いカウラのスポーツカーが走る。
「でもあれよね。乗り心地はパーラの四駆の方が良いわね」 
「だったら、今降りても良いんだぞ」 
 余計なことを言うアイシャとそれに突っ込む要を振り返りながら、誠は次々と三車線の道をジグザグに大型車を追い抜いて進む車の正面を見てはらはらしていた。カウラはそれほどはスピードは出さないが、大型車が多く車間距離を開けている時はやたらと前の車を抜きたがる運転をする。そして駅へ向かう道を左折してがくんとスピードが落ちる。周りは古い繁華街。見慣れた豊川の町が広がる。
「あそこのパチンコ屋は駐車場があったんだが……うどん屋では?」 
「パチンコ屋の立体駐車場は取り壊し中だ。いつものコインパーキングが良いだろ」 
 要のアドバイスに頷いたカウラは見慣れた小道に車を進めた。そして古びたアパートの隣にあるコイン駐車場に車を止める。隣には見慣れた白い乗用車と金髪と白い髪の長身の女性達が話し合っているのが見えた。
 金髪の長身の女性が保安隊警備部部長のマリア・シュバーキナ少佐、そして白い髪の女性が運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐だった。
「まあ!神前君!」 
 ほんわかした独特の声が響く。アイシャと要に急かされて一番に下りた誠に優しげな声をかけてくるのはリアナ。地球人に無いつやのある髪の色は彼女が第二次遼州戦争で兵士として開発された人造人間であることを示していたが、その笑っているようなつくりの美しい笑顔はそんな来歴とは関係ないように誠の心を捉える。
「アイシャ、良いのか?私たちが来ても」 
「マリアさん、大丈夫ですよ。あの件ではどうやらお世話になりそうですから」 
「あの件?」 
 空気が読めずに誠がつぶやくとカウラが失望したような視線で誠をにらみつける。
「バーカ。ランの奴も無駄におごったりするわけねえだろ?今はライラの遼南軍と言うライバルが出来たんだ。こちらの捜査部隊も数をそろえなきゃ」