遼州戦記 保安隊日乗 4
それを見ながら隣で西から取り上げたポップコーンを口に運ぶラン。彼女なら嵯峨の副官としての仕事がこなせないことにストレスでも感じそうなところだが、そんな様子は一つも無かった。
「これでよろしいのですわ」
平然と黒髪をかき上げる茜。畳を触って汚れが無いことを確認しながら座る彼女にまるで緊張感は感じられなかった。
「そうねえ、別にいいわよね」
「そうだな。特に問題はない……と言うわけで」
アイシャとカウラもまるで仕事のことなど忘れたようだった。再びぎらぎらした視線で誠をにらみつけてくる。壁際に追い立てられてじっと息を潜める誠。
「おい、いじめもいい加減にしろよ。それと神前はアタシ等があの昼行灯に言われたくらいで動かないのが納得できない顔しているけど説明するか?」
何度見ても幼女にしか見えないランがポップコーンを食べ終えて振り向いた。口の周りのかすがさらに彼女の萌え要素を倍増させる。
「ライラさんの部隊が任意の捜査を始めてまだ時間が経っていないからですか?僕等は東和陸軍なんかに目をつけられているから下手に動くのは得策で無いと……」
思いついてすぐ口に出した言葉にランは満足そうに頷いてみせる。
「なんだよ、分かってるじゃねーか。山岳レンジャーの主要任務は敵支配地域奥深くに秘密裏に浸透、そこで敵勢力の混乱のためのデマゴーグ活動や反政府勢力の煽動なんかをやることだ。捜査活動なんかはお手の物とはいえ捜査を始めてまだ一日経っていないしな。それにおやっさんの読みどおり同盟厚生局が研究を仕切っているならアタシ等じゃ数がたりねーよ。奴等も本気で反撃の準備とか研究の再開の為のタイムスケジュールの調整とか。いろいろ動いているところだろーなー。できればレンジャーとかち合ってくれれば御の字だ」
そう言ってかわいい天使のような笑顔を誠に向けてきて思わず誠は萌えを感じていた。
「おい!これはまずいだろ」
要が画面を指差す。それを見てアイシャとカウラもようやく誠から離れて画面を覗く。そこには鉢巻を締めた少女の顔と能力値が表示されていた。
「知力3……一桁?おい、西よ」
哀れむような視線を西とレベッカに向ける島田。要も端末を取り出しそれを写真に収める。
「何してるんですか!」
西が抵抗するがすぐにサラと島田に羽交い絞めにされる。その武将の内政値などの絶望的数字を見て誠は冷ややかに西を眺めた。
「シャムは確かにアホだがここまでひどくないな」
模擬戦で負け知らず、遼南内戦などの実戦でのスコアーも最高のエースである、ナンバルゲニア・シャムラード中尉の姿とそれを告げ口しようと写真を撮る要にすがるような視線を投げる西。
「確かにひどいですね」
「そうだぞ!せめて……」
そう言うと要はコントローラーを操作する。知力の欄にカーソルを合わせて数値を8にした。
「これでリアルだ」
「あの、それでもかなりアホなんですけど」
誠はあきれ果てた。その視線の中には得意顔の要がいる。アイシャは同意するように頷き、ランも納得が言ったような顔をしていた。
「アホでないシャムに価値は無いんだ!」
一言で斬って捨てるランの姿はある意味すがすがしいと誠は思うことに決めた。
「それは良いんですけど……皆さんなんで謹慎しているんですか?」
コントローラーを奪い返した西がようやくレベッカと並んでゲームをしながらつぶやいた。レベッカも不思議そうに誠達を見つめてくる。一応、今回の調査は極秘事項である、問い詰められた誠は冷や汗をかきながらこう言うときには頼りになる要を見た。
「東都でドジを踏んだ。それだけだ」
そう言うと要はタバコを取り出すが、すぐにレベッカに白い目で見られてため息をつくとタバコをしまう。
「お前に話すと部隊全員に知れ渡るからなあ」
「島田班長!そんなに僕の信用は無いんですか?」
そう言ったとたん西が画面を見つめて口をつぐむ。それを見てこの部屋を埋め尽くしている人々は皆が画面を見つめた。
『謀反!謀反じゃ!嵯峨和泉守!謀反にござりまする!』
非常事態を知らせる音楽。コントローラーを取り落とす西。何度か画面の数値を確かめたあと、アイシャが忍び笑いをもらしているのに誠は気づいた。
「やっぱりあの数値じゃ駄目なのか?」
「そうね、このゲームは忠誠度80以下だとばんばん謀反起こすから。それに隊長の義理が0だから特に謀反を起こしやすい状況だったのよ。でも凄いわね、開始4ターンで謀反て」
そう言うと再びアイシャが笑い始める。要は納得が言ったように画面を見つめる。
『神前様、鈴木様、シュバーキナ様が嵯峨殿につきました!』
バックに流れるクライマックスの音楽と共に次々と西の支配から脱して嵯峨側に寝返る部隊の主要メンバー。
「これはひどいですわね。西さんの味方は……奥さん役のシンプソンさんだけ」
同情するように茜がレベッカを見やる。レベッカは口を押さえて画面を見つめていた。
「でも兵力はこちらの方が多いから……って!城乗っ取られた!」
絶望的な西の言葉と共に画面の中で次々と自決する西家の家臣達。そして倒れる鎧武者と共にゲームオーバーの画面が現れた。
「ああ、楽しかったな。西いじめるの本当に面白いよな」
「お前、やっぱり隊長の姪だってよくわかるな」
「おい、カウラ。それはどう言う意味だ?」
いつものように要とカウラが喧嘩を始めそうになるとランが手を叩いてみせる。
「オメー等いい加減にしねーと昼めし、おごってやんねーぞ!」
そう言って立ち上がるラン。全員の視線が彼女の幼い面差しに注がれる。
「あのー僕達は?」
「西。お前はデート中だろ?」
「これはデートとは言わないような……」
西の反論を無視してランはそのまま部屋を出て行く。
「おごりって……なんだ?」
腑に落ちない表情の要の顔を見上げたランの目には自信がみなぎっているのが誠にもわかった。
「いつもすみませんね」
「良いって!アタシが好きで……おっと!」
アイシャのゴマすりににやけた顔をしながらジャケットのポケットで震える携帯端末を取り出すラン。要はおごりと言う言葉を聞いてからニヤニヤが止まらないような様子だった。
「……なるほどねえ、ライラも実績が欲しいだろうからな。そこんとこの調整はタコの腕の見せ所だろ?」
『いやあほんま。焦ってるのは分かるんですけどねえ』
携帯端末からは先任の保安隊副長である明石清海中佐の声が響く。
「そう言えば車は?カウラのは4人乗りだろ?」
「私と嵯峨警視正の車で出ればいいはずだ。島田、お前はバイクでサラと行くんだろ?」
カウラに見つめられて仕方なさそうに頷く島田とサラ。
「でもどこ行くんですかね」
「おう、うどんに決まってるだろ?遼南と言えばうどんなんだ。じゃあ行くぞ!」
通信を終えたランが力強く叫んだ。出て行く人々をなみだ目で見上げる西を無視して一同は玄関へと向かった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直