遼州戦記 保安隊日乗 4
誠は目を疑った。回り込もうとした胡州軍の一個分隊を法術の干渉空間がさえぎっている。壁にぶつかるように倒れる兵士達。ビルの屋上らしくこの画像を撮影した人物の足が見える。
「これって……」
「今頃見たのか?吉田のところに匿名で奇特な方から直接送信されてきたそうだ。世の中意地の悪い奴もいるもんだな」
ランはキーボードを叩きながらつぶやく。干渉空間を展開しているのはランでは無かった。まるで銃撃戦が激しくなるのを期待しているようなその法術師の意図に恐怖すら感じる誠。
「でも法術が展開されている気配は無かったんですよね?」
誠の言葉にランは手を休める。
「物理干渉系の能力に精通した法術師なら発動してもあまり精神波は出ねーようにできるからな。それにこっちだって銃撃戦で相手の防弾チョッキに弾を的確に当てるのに手一杯だったし。弱装弾を用意しておいて正解だったわ」
そう言って再びランはキーボードを叩き始める。
「誰かが我々を監視していると言うことですか……しかもただ監視をしていることをこちらに教えてくる……私達が追っている研究機関とは別の組織……」
カウラの冷静な言葉に誠は再び画面に目を向ける。発砲する胡州軍兵士の前に遼北軍の暴動鎮圧用の装甲車が飛び込んで銃撃戦は終わった。そして回り込もうとした分隊を大麗軍の戦闘服の一団が包囲する。
「結構凄い状況だったんですね」
耳元でアンの言葉が響いて思わず誠は身をのけぞらせた。その態度に明らかに落ち込んだ表情を浮かべるアン。
「そんなに嫌いですか?僕のこと……」
しなを作るアンにただ冷や汗を流す誠。カウラに視線を投げた誠だが彼女はすでに資料の整理を始めている。
「そう言うことじゃなくて……ああ、俺は仕事があるから!始末書の書式は……」
ひたすらごまかそうとする誠をさびしそうな瞳でアンは見つめていた。
さすがにやりすぎたかと思いながら端末に集中しようとした誠の視界に、島田が久しぶりに見る整備班員のつなぎ姿で廊下を見ながら部屋に入ってきたのが見えた。隣にはサラがニヤニヤ笑いながら廊下の騒動を眺めているのが見える。
「ベルガー大尉。あれ、何とかした方が良いですよ」
そう言って隊長室の辺りを指差す島田。カウラとランが飛び出していく。誠もつられて出て行くとそこには要と楓がいた。しがみつきながら泣いている楓。ドサクサ紛れに胸を揉む彼女の手をつねり上げている要。
「あれは一つのレクリエーションだからな」
カウラはすぐに引き返して仕事を続ける。
「どうなんだ、そっちは?」
ひとたび呆れたようにそのまま席に戻ったランが島田に声をかける。頭を掻きながら要達の騒動を見つめているサラを振り返ると諦めたような笑みを浮かべる。
「どうもねえ。口が堅い人が多いのか、それとも本当に何も知らないのか微妙なところでしてね。とりあえず今日は独自のルートで捜査するからって茜お嬢さん達は出かけたわけですが……」
明らかに煮詰まっているのがわかって誠も島田に同情した。
「アタシ等も第三者に監視されている状態だしな。どこかの馬鹿が要みたいに状況にいらだって動いてくれると楽なんだけどなー」
「不謹慎な発言は慎んでください」
ランの言葉に突っ込むカウラ。それを見て舌を出すランを見て誠は萌えを感じていた。
「でもこの監視している画像を撮った人は何者なんですかね」
誠の言葉にランは首をひねる。実働部隊の詰め所のドアにはようやく楓を引き剥がした要が息を荒げて部屋に入ってくる。
「それか?出所は在東和遼南人協会のサーバーからのアクセスだそうだ」
そう言って自分の席に座る要。楓は廊下で指をくわえて要に熱い視線を送っている。
「初めて聞く名前ですね。それってどう言う組織ですか?」
誠の何気ない発言にカウラが失望したようにため息をつく。
「遼南内戦で敗北した共和軍の亡命者が作った団体だ。主に構成員は前政権の官僚や軍の関係者が多かったが、最近では東海の嵯峨の親父さんが遼南皇帝時代に叩き潰した花山院軍閥の関係者が多いな。一時期の人民党の圧政や経済の混乱で発生した難民の相互利益の確保を目的としていると言うのが建前だが実際のところは嵯峨朝とその後の政権の悪口を喧伝して回っている暇人の集団だ」
カウラの言葉に要が苦々しげにさらに話を続けた。
「表向きはそうだが実際には裏ルートでの物資の流通を管理していると言う話もある……まあ胡散臭い団体だな。近藤事件でも資金のロンダリングを近藤忠久中佐に頼んでいた資料はお前も見てるはずだから覚えておけよ」
その言葉でようやく誠も親胡州系のシンジケートの中にその名前があったのを思い出した。
「でもなんでそこの関係者がこんな画像を撮れたんですか?」
「サーバーを使ったからってこのビデオの撮影をした人間が在東和遼南人協会の関係者とは限らねーだろうが」
キーボードを叩きながらランが突っ込む。
「無関係では無いとは思うが少なくとも吉田にそのサーバーを介して情報を流す意図を持った人物が、アタシ等の監視をしていることを印象付けたかったと言うことは間違いないだろうな」
ようやく抱きついて泣きじゃくる楓を引き剥がすことに成功した要はそう言って自分の端末の画面を開いた。
「でも……僕達を監視しているって宣言してみせる意味が分からないんですけど」
そんな誠の言葉に落胆した表情を浮かべるのは要だった。
「あのなあ、アタシ等の監視をしていると言うことはだ。いずれこの監視をしている連中の利害の範囲にアタシ等が関わればただじゃすまないぞ、と言う脅しの意味があるんだと思うぞ。実際、物理干渉型の空間展開なんかを見せ付けているわけだからな。どんな強力な法術師を擁しているか分かったもんじゃねえよ」
モニターを見ながら首筋のジャックにコードをつなげる要の頷く誠。そしてようやく吉田の手から脱出したシャムが誠の端末の画面を覗き込んできた。
「なんでこんなことしたのかな」
「アホか?今の話聞いてただろ?」
そう言うと始末書の作成に取り掛かる要。だが、シャムは相変わらず首をひねっている。
「だって、ただ邪魔をしたいとか監視していることを知ってほしいなら、直接要ちゃん達に仕掛ければ良いじゃないの」
シャムの何気ない一言にランが顔を上げた。
「そうか!カウラ、車は出せるか?」
「ええ、良いですけど……始末書は?」
「そんなものはどーでもいーんだよ!」
ランはすぐに立ち上がって背もたれにかけてあったコートを羽織る。カウラも呆然と様子を見ている要を無視して立ち上がった。
「どうしたんですか?」
心配そうな誠の声にランは満面の笑みを返す。
「そうなんだよ!アタシ等に直接攻撃を出来ない理由がある連中を当たれば良いんだ」
そう言ってドアにしがみついている楓の肩を叩いて出て行くラン。それをカウラは慌てて追った。
「なんかアタシ言ったの?」
呆然と立ち尽くすシャム。誠も要もランのひらめきの中身が何かと思いながら仕事に戻ろうとした。
「知りたいか?」
「うわ!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直