小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 4

INDEX|27ページ/68ページ|

次のページ前のページ
 

 誠は耳元に突然囁きかけてきた吉田に驚いて飛び上がる。それを見て笑みを浮かべる吉田。
「何か知ってるのか?」 
 要のいぶかしげな顔に吉田は首筋からコードを取り出して端末のスロットに差し込む。いじけていた楓と渡辺も寄り添うようにして吉田の捜査している誠の端末の画面を覗きこんだ。
「つまりだ、お前等に直接邪魔をすると困る。言い換えれば司法局に介入されると困る人が悪趣味な人体実験の片棒を担いでいると言うことはだ」 
 そう言う吉田が画面に表示させたのは同盟の軍事機構の最高意思決定機関の組織図だった。
「同盟の軍事機構か。そりゃあ虎を引きずり出したようなもんだな。それにこの面子。全員軍籍は東和陸軍か……」 
 要のタレ目は笑っていなかった。吉田はその組織図にいくつかのしるしをつけていく。その数に誠は圧倒された。
「近藤事件で押収した資料に名前の載っている人間がこんだけ。隊長も目をつけている人物達だ。当然これまで近藤事件の裏帳簿を隊長が握りつぶしたことで弾劾を切り抜けてはいるが近藤中佐の帳簿が表ざたになればどういう処分が出るか……」 
 そこまで言うと吉田は笑みを浮かべる。隣ではまるで話を理解していないようなシャムがニコニコして猫耳をいじっている。
「あの帳簿の公表は最後の手段だからな。表に出れば同盟での各国の待遇をめぐる不満が噴出すのは目に見えてる」 
 要はそう言ってそのまま自分の端末に目を向ける。
「どうりで情報が集まらないわけだ」 
 そう言ったのはサラと一緒に画面を覗き込んでいた島田だった。頭を掻きながら天を仰ぐ。
「東和陸軍には昔から遼州人至上主義を標榜する連中がうようよいますから。その相手にするのは研究を仕切っている組織の面々も避けたいでしょうからね。でもそうなると同盟軍の情報機関がこの事件の調査を始めるんじゃないですか?」 
 島田の意見に誠も頷いた。そんな二人とサラを見て吉田は呆れたような顔をする。
「同盟軍の連中が調査を始めて今回の事件の肝である法術師の能力強制開発の技術を手に入れたらどうなると思う?あの連中は本音では地球ともう一回ガチで喧嘩したい連中だ。一騎当千の法術師を大量生産して一気に地球に派遣して大混乱を起こす。そして軍の侵攻」 
「勝敗は別としてもかなり見るに耐えない光景が展開されるのは確実だな」 
 要の言葉を聞くまでも無く誠は状況を理解した。
「でもそうすると研究施設を発見しても軍にばれたらエンドじゃないですか!」 
「そうでもないぜ」 
 慌てた誠の言葉を要がさえぎる。そして端末を操作して誠の画面を切り替えた。そこに映るのは近藤事件に関与が疑われている同盟軍事機構の上層部の将官達の名前だった。
「こちらも手札はあるんだ。おそらくこの名簿をうちが握っていることは東和軍の連中も知っているはずだ。もしこのまま法術の研究施設をアタシ等が先に発見すればこの上層部の連中がアタシ等が手を下す前に施設に気づいても妨害は出来ない。誰もが自分がかわいいからな」 
 こう言うときの要は晴れやかな顔になる。常に軍上層部から嫌がらせに近い扱いを受けてきただけに彼女のそのサディスティックな笑顔にも誠は慣れてきていた。
「それでも調査は一刻を争う状況だな。西園寺。コイツと行ってこい」 
 そう言って吉田は誠の肩を叩く。
「始末書、作ってくれよな」 
 要の言葉にしぶしぶ頷く吉田。シャムは迷いが消えたような要の顔を見て笑顔を浮かべていた。
「俺達は?」 
 取残された島田。吉田は何も言わずにいつもの軽い笑みを浮かべるとそのまま自分の席へと島田を無視して立ち去ってしまった。すがるような視線を島田はシャムに投げるが、彼女も目をそらしてそのまま自分の席へと向かう。
「神前!ちゃんと私服に着替えろよな」 
 助けを求めるような島田を無視して要はそう言うと立ち上がって端末を停止させている誠を見下ろした。
「分かりました……」 
 そういう誠にも島田は涙目を向けてくるが周りの空気を読んで誠は無言で立ち上がって実働部隊の詰め所から更衣室へと向かった。


 魔物の街 15


「餌の鮮度が落ちたのかねえ。さっぱり食いつかないなあ」 
 革ジャンを着たサングラスの男。北川公平はただ同盟軍事機構本部ビルの一室から乾いた北風の吹きすさぶ東都の町を眺めていた。
「どういうことでしょうか?」 
 そう丁寧にたずねたのは同盟軍事機構の東和の代表である菱川真二大佐だった。北川は諦めたようなため息をつくと軍の高官である菱川を尻目に応接ソファーに体を投げた。
「なあに、知識の開拓に熱心な研究者の連中には警告はしましたから仕事を急いでもらえると思ったんですがね。そちらも保安隊への恐喝。うまくいってないみたいじゃないですか」 
 北川の言葉に明らかに怒りの表情を浮かべる菱川だった。そこに北川の携帯の着信音が響いた。
「こちらも暇ができたらまた脅しをかけておきますから。とりあえず今日はご挨拶だけで」 
 そう言うと北川は菱川の神経を逆なでするような憎たらしい笑みを浮かべるとそそくさと立ち上がり、そのまま部屋を出て扉が閉まるのを確認してようやく端末の回線を開いた。
「はい?」 
『俺だ』 
 向こう側の低い声の持ち主を特定すると北川の表情がゆがんだ。
「桐野さん。俺の予定表も知っているでしょ?今かけてくるのはやばいですよ」 
 苦々しげにつぶやく北川だが、電話の向こう側にいる桐野孫四郎。通称『人斬り孫四郎』はまったく気にしていないというようにからからと笑った。
『なあにそのときは一人の悪趣味な男が世界から消えるだけだ。別に困ることも無い』 
 あっさりとそう答える桐野に唖然とする北川。
「その悪趣味な男から言わせて貰いますがね、これは太子の知っている作戦行動なんですか?保安隊に絡むのは面倒なことになりますよ」 
 桐野が示した法術師の能力研究を目的とする地下研究所の支援の案。それを独断で北川に突きつけたときからそのことが気になっていた。
 法術師の支配する銀河の秩序を建設する。それが彼等の主である長髪の男『太子』の意思だった。遼州人の世界を作るということで強調している菱川大佐の東和陸軍内部の有志達と北川が行動をともにしているのはとりあえず地球人をこの惑星遼州とその勢力圏から叩き出すと言う目的を共有しているからだったので北川も理解できた。だが、桐野が顔をつないでいる法術能力の強制発動研究施設。そんなものとの妥協などありえないと北川は思っていた。
 不思議な話だが北川は主である『太子』の名前すら知らなかった。恐らく桐野も同様だろう。ただ圧倒的な法術師としての力とさまざまな場所へのネットワーク。そして強靭な意志は北川が従うべき人間の器と言うものをはるかに超えた人物であると言うことだけは知っていた。身元も遼南王家の庶流の出と北川は推察しているがそれ以上を尋ねる勇気は北川には無かった。
『太子はご存知では無い。我々に協力したいと言う人物の紹介で俺は動いている』