遼州戦記 保安隊日乗 4
平然と要はそう言い放ってコーヒーを啜る。確かにスペックでは負けているがそれを見てもカウラは呆れた表情を浮かべていた。助けを求めるように視線をランに走らせるが、ランは小型のバッグにサブマシンガンと予備マガジンをどうやって入れるかを考えていると言う格好で誠に言葉をかけるつもりは無いような顔をしていた。
「で、私達はどうすればいいんですか」
カウラの一声にサブマシンガンをポーチに入れる作業の手を休めてランが振り向く。
「所轄のお巡りさんが動いてくれないとなるとこれを使うしかねーな」
そう言って自分の足を叩くラン。当然彼女の足は床に届いていない。それを見て噴出しそうになる誠だが、どうにかそれは我慢できた。
「しかし広大な湾岸地区を二人で調べるなんて無理があるんじゃないですか?」
カウラの言葉に頷きながら誠もランを見つめる。
「研究組織の末端の壊滅を目指すならそれは当然のそうなるわけだ。アタシもまったくその通りだと思うよ。だがよー、とりあえず実験施設の機能停止を目指すんなら別に人数はいらねーな。これまでは誰も口を出さないから摘発のリスクが低い状態で研究を続けられたわけだが、今度はアタシ等がそれを邪魔しに入る。さらに場合によっては同盟司法局の直接介入すら考えられる状況で同じペースでの研究をする度胸がこの組織の上層部にあるかどうかはかなり疑問だろ?」
そうランに言われてみれば確かにその通りだった。人権意識の高い地球諸国の後押しで法術に関する調査には何重もの規制の法律が制定され、その技術開発の管理は厳重なものになっていた。
「でもずいぶんと消極的な話じゃねえか。相手の顔色を見ながらの捜査って気に入らねえな」
コーヒーを飲み終えた要がつぶやく。
「しかたねーだろ。もし……と言うかほぼ確定状況だが同盟のどこかの機関の偉い人が一枚かんでるかもしれないんだ。安城のところの非正規部隊を動かせば間違いなくそのお偉いさんの顔の効く実力行使部隊が対抗処置として動くことになる」
そう言って頭を掻くラン。呆然と二人を見比べる誠。
「ああ、神前は知らないかも知れないが軍以外にも実力行使部隊はいるからな。厚生局対薬物捜査機関、関税検疫局実働部隊なんかが動き出したらかなりまずいことになるからな。装備、練度、どちらも東和でも屈指のレベルだ。まあどちらも強引な作戦ばかり展開しているから評判はかなり悪いがな」
フォローのつもりのカウラの言葉に誠はさらに疑問を深める。
「特に厚生局の薬物捜査部ってのは薬物流通を手がけてるシンジケートに強制捜査を行うための部隊だ。全員が遼南レンジャーの資格持ちの猛者ばかりで構成されている部隊ということになってる。急襲作戦、要人略取、ストーキング技術。どれも東和軍のレンジャーや警察の機動部隊がうらやましがる装備と実績がある部隊だ」
要の口からレンジャー資格持ちと言う言葉を聞いた時点で誠もようやく話が飲み込めた。薬物流通に関しては東都戦争の頃には胡州や地球諸国が関与していたと言う噂もある。その非正規部隊とやりあってきた猛者、そしてレンジャー経験者を揃える事で生産地への奇襲をこなしてきた部隊。それが動き出せば状況が複雑になるのは間違いないことは理解できた。
「じゃあ……」
「旗でも掲げて歩き回れば良いんじゃねえのか?『私達は法術の悪用に反対します!』とでも書いた旗持って厚生局の前をデモ行進したら悔い改めてくれるかもしれねえしな」
「その冗談はもう先人がいるんだ。一昨日の朝刊を見とくといいぞ。まあとりあえずアタシ等は出るからな。今日行って貰う施設はオメー等の端末に送っといたから」
そう言って立ち上がるラン。要も新聞をたたんで部屋の隅の書棚に投げ込むと立ち上がった。
「神前。早く食べろ」
カウラにせかされながら味噌汁を啜る誠を眺めながらランと要は食堂を後にしていった。
魔物の街 13
誠達が捜査と言う名の散歩をはじめてから一週間の時間が流れた。いつの間にか世間は師走の時期に入り、地球と同じ周期で遼州太陽の周りを回っている遼州北半球の東和も寒さが厳しい季節に入った。
ランが指定した建物の調査と言う名目で訪問した建物は100を超えたが、誠もカウラも法術研究などをしているような施設にめぐり合うことは無かった。
そもそも調査した建物の半分が廃墟と言ったほうが正確な建物だった。5年前の東都中央大地震の影響で危険度が高まり放置された廃墟の内部構造の様子と生活臭がありそうなごみの山を端末で画像に収めながら歩き回るのが仕事だった。
その日もいつものように液状化で傾いたため放棄された病院の跡地の調査を終えて、車に戻った誠にカウラが缶コーヒーを投げた。熱いコーヒーを手袋をした手で握りその温度を手に感じる。
「ありがとうございます」
そう言うと誠は缶コーヒーのプルタブを開けた。
「やはりここも外れだな」
寒さにも関わらず冷たいメロンソーダを飲んでいるカウラのエメラルドグリーンのポニーテールを眺めていた誠に自然と笑みが浮かんだ。
「何か良いことでもあったのか?」
ぶっきらぼうに答えるカウラの視線につい恥ずかしくなって誠は視線を缶に向けた。
「それにしても島田先輩達は何をしているんでしょうね」
ランと要が志村三郎を追っていることは知っていた。三郎はあの日以来父の経営するうどん屋にも自分の事務所にも立ち寄らず姿を消していた。一方茜が仕切る別働部隊は主に研究機関の支援をしている可能性のある政府機関を当たっているが芳しい結果は得られていないということしか誠は知らなかった。
「ああ、嵯峨警視正につれられて官庁めぐりをしているらしいな」
実際官庁めぐりを続ける茜達の他に、本部にはネットの海の狩を得意とする吉田俊平少佐もあちこちのサーバーを片っ端からチェックして大きな動きが無いかをチェックしているのも知っていた。
「誰が最初に当たりを引くかですね」
何気なく言った誠の一言にカウラが頷いた。海からの強い風が車の冷えたボディーに寄りかかっていた二人をあおる。
「中で飲もう」
そう言うとカウラはドアを開ける。誠も助手席に座って半分以上残っている暖かいコーヒーを味わうことにした。
「でもこんな研究の成果を誰が買うんでしょうね……今のところ不完全な法術師しか作れないんでしょ?」
その言葉に冷めた表情で同じ事を言うなと言っているように誠を見つめるカウラがいた。
「これまで見つかったのはすべて失敗作だと考えるべきだな。神前程度の覚醒をしているのであれば見逃すわけが無い。自爆テロ以上のことができるならどこの軍でも欲しがるさ。それに法術師を覚醒させる技術を所持していると言うことを内外に示せればそれなりの抑止力にはなるだろ?数百年前の核ミサイルと同じことだ」
カウラの言葉にも誠は納得できなかった。法術の発動が脳に与える負荷については保安隊の法術関連システムの管理を担当している技術部のヨハン・シュペルター中尉から多くのことを聞かされていた。
「急激な法術の展開を繰り返せば理性が吹き飛ぶかもしれませんけど。そうなれば誰もとめることができない」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直