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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 カウラはそう言うと立ち上がって要の肩に手を乗せた。バランスが崩れた。そのまま要はカウラの体重を受けて後ろに倒れ、思い切り後頭部から床に落ちた。
「何……しやがんだ!」 
「ああ、済まん」 
「済まんじゃねえだろうが!」 
 後頭部を押さえて立ち上がる要を見てサラが噴出すのが見える。誠も笑顔で再び画面を見つめた。
「住所が港区港南?」 
 湾岸地区と都心の中間に当たる地域であり、再開発が行われて工事車両が行き来している地域である。
「ビンゴだな」 
 ランはそう言うと茜を見つめた。だが、茜は納得がいかないような表情で画面を見つめている。
「ちょっと安直過ぎないかしら。いくら通信に特殊な設定が必要な軍用周波数帯の電波での情報のやり取りをしているからってあまりにもこれ見よがしにすぎないんじゃなくて?」 
「まあそうなんだけどよー、とりあえず糸口にはなるだろ?まったく無関係なら情報のやり取りをする必要もねーだろうし事情を知っている人間の首に縄でもつけれれば御の字だ」 
 そう言ってランは立ち上がる。
「クバルカ中佐?」 
 誠は椅子から降りてちょこちょこ歩き出したランに声をかける。
「なんだよ!シャワーでも浴びようってだけだよ」 
「お子ちゃまだから9時には寝ないとな」 
 いつもの軽口を吐いた要を一にらみするとランは手を振って食堂を後にする。
「じゃあ私も今日は3本あるから」 
 立ち上がったのはアイシャだった。他の全員が彼女の言うのがチェックしているアニメの数であることを納得して静かに立ち去る彼女を生暖かい視線で見送った。
「ああ、そうだ」 
 そう言ってカウラが立ち上がる。端末を片付けるラーナを見守っていた茜と目が会うと茜も立ち上がった。
「ラーナさん。明日にしましょう」 
「え?もう少し西園寺大尉の情報を……」 
「いいから!」 
 サラもラーナの肩に手をかける。仕方なくラーナはバッグに端末を入れて立ち上がる。
「もう終わりですか?」 
 そう言った島田に茜とサラから冷ややかな視線が浴びせられる。
「要さん。少し神前曹長とお話なさった方がよろしいですわよ」 
 茜の言葉にただ要はタバコをくわえてあいまいに頷く。それを確認して笑みを浮かべた茜。サラは空気の読めない島田を引っ張って食堂を出て行く。
 そして要と誠は食堂に取残された。
「アイツ等。気を使ってるつもりかよ……ばればれなんだよなあ!」 
 自虐的な笑いを浮かべた要は相変わらずタバコをくわえていた。
「別に僕は気にしていませんよ」 
「は?何が」 
 要はそう言うと立ち上がりテーブルを叩いた。
「アタシがあそこで娼婦の真似事をしたのは、租界での情報収集に必要だったからだ。それにアタシの体は機械だからな。とうにその時の義体は処分済み……」 
 そう誠にまくし立てた後、再び椅子にもたれかかる。誠は要の吐くタバコの煙に咽ながら頭を掻く要を見つめていた。
 誠はただ一人自分の中で納得できないものがあるようにいらだっている要に何を話すべきか迷っていた。
 だがしばらくの沈黙に根をあげたのは要だった。
「お前はお人よしだからな。流れでどうしようもなくて体を売ってた女って目で見るならそれも良いって思ってたんだけどさ。そんな哀れむような目でアタシを見るなよ。それだけ約束してくれればいい」 
 要は携帯灰皿にタバコをねじ込む。
「きっとカウラさん達も……」 
「まったく……なんだかなあ!お人よしが多くてやりにくいぜ」 
 ぼそりとそう言うと要はいつもの嫌味な笑顔を取り戻す。
「明日からはオメエとカウラで組んで動け。研究施設の規模の予想から湾岸地区のめぼしい建物のデータを送ってやる」 
「要さんは?」 
 笑顔に戻った要。誠の言葉に再びタバコを取り出して火をつけた要はそのまま片手を上げる。
「お子ちゃまと駐留軍や東都に事務所のあるやくざ屋さんを当たってみるよ。おおっぴらに保安隊が動いているとなれば最悪でも研究の中断くらいには持ち込めるだろうしな」 
 そう言って立ち上がる要を誠は落ち着いた心持で見送っていた。


 魔物の街 12


「おう、遅えーじゃねーか」 
 朝と呼ぶには少しばかり遅い時間だった。事実、出勤の隊員は食堂には一人もいなかった。そしてテーブルには小型のサブマシンガンを組み立てているランが一人、そして奥の席でコーヒーを飲んでいる要がいるだけだった。
「すいません。で、他の方は?」 
 誠の言葉に手にしていたサブマシンガンの組み立ての手を休めたランは上を指差した。そのあたりにはこの寮のエロが詰まっている『図書館』と呼ばれる部屋があった。ダウンロード販売のビデオやゲームをダウンロードするために、アイシャが持っていた最新の通信端末が装備されていることは使ったことのある誠は知っていた。
「昨日の同盟がらみの情報収集ですか?」 
「まーそう言うことだ」 
 そう言うと銃を叩いて組み立てを完了したランはサブマシンガンのマガジンに装填用の専用器具で弾丸を装填していく。
「ああ、それにカウラはシャワーでも浴びてるみたいだぞ。なんなら覗きに行くか?」 
 要の言葉がいつもと同じ明るいものに変わっているのに気づいて誠はそのまま厨房に向かった。味噌汁と鮭の切り身、そして春菊の胡麻和えが残っている。それに冷えかけた白米を茶碗に盛りトレーに乗せて要の前の席に陣取る。仕方なく厨房に向かう誠。
 いつものように味噌汁の鍋の火は落ちていた。だが要が火を入れていたようで味噌汁は少し暖かい。誠はそれをおわんに盛り、冷たくなった鮭の切り身や春菊などの野菜をトレーにのせる。
「そう言えば今日からはお二人で動くんですよね」 
 すぐさま要の正面に腰掛け、一番に味噌汁を口に運びながら要を見上げた。要はコーヒーを飲みながら手に新聞を持って座っている。彼女はネットでリアルタイムの情報を得ることが出来るのだが、『多角的に物事は見ねえと駄目だろ』と誠に言っているように新聞の社説に目を通していた。
「まあな。アタシも足が欲しかったからな。良い機会だ」 
「は?」 
 誠は突然の要の言葉の意味が分からなかった。こういう時は要に聞いても無駄なのでランに目を向ける。
「ああ、こいつ車買ったんだと」 
 あっさりとランは答えた。
「車買うって……」 
 そこまで誠が言いかけたときに背中に気配を感じて振り返る。
「なんだ。まだ食事中か?」 
 そこにはすでに外出用の私服のつもりと言うような紺色のワンピース、そして色がどう見ても合わない茶色のダウンジャケットに着替え終わったカウラが立っていた。そのまま食事を口に運ぶ誠を見ながらカウラはその隣の席に座った。
「車を買っただと?相変わらず金遣いが荒いな」 
「余計なお世話だ」 
 要の言葉を聞くと笑みを浮かべながらカウラは小型の携帯端末を取り出す。そしてカーディーラーのサイトにアクセスすると画面を誠に見せた。ガソリンエンジン仕様の銀色の高級スポーツカーが写っている。
「即金でこれを買った……ってうらやましい限りだな」 
 その値段は誠の年収の8年分程の値段である。そのまま硬直した誠は要を見つめる。
「ああ、やっぱり馬力だけは譲れなかったからな」