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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。沙織さん!いつものでいいかい」 
 大将と呼ばれた店主の言葉に頷く要。
「娼館?沙織?」 
 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後要を見つめた。
「沙織は源氏名だよ」 
 それだけ言うと黙り込む要。そんな彼女を静かに見つめるラン。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。
「おう、若造」 
 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。
「姐御……なんです?この餓鬼は」 
 ランの態度にそれまで要には及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。
「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 
 そんな要の一言が男の手を止めた。
「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 
 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。
「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 
 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。
「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 
 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。
「なんだ、気味の悪い奴だ」 
「人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 
 そう言ってにじり寄る三郎を見て困ったように誠を見るカウラ。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向ける。
「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 
「そんなんじゃねえよ。注文とるんだろ?アタシはキツネだ」 
 三郎は要の顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。
「てんぷらうどん」 
 ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。
「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 
 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。
「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 
 ちらりと誠を見て笑みを浮かべる三郎。カウラは黙っているが、誠もランも三郎が要と肉体関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。
「私は……ああ、私もてんぷらうどんで」 
 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。
「僕はきつねで」 
「きつね二丁!てんぷら二丁」 
 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三つのグラスをテーブルに並べる三郎。
「おい、コイツの分はどうした」 
 明らかに威圧するような調子で三郎を見つめる要。子供じみた嫌がらせにただ苦笑する誠。
「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね」 
 その言葉に立ち上がろうとする誠を要は止めた。
「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 
 要がわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。
「で?西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 
 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。
「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 
 明らかに表情を押し殺しているように見える要のタレ目。その視線が決して誠と交わらないことに気づいてうつむく誠。
「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 
 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。
「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 
 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。
「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 
 手に割り箸を握り締めながら三郎を見つめるカウラ。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。
「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 
 そう言ってタバコを取り出した三郎。
「こら!できたぞ」 
 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。
「外へ出るための書類の管理もオメエがやってるのか?」 
 受け取ったきつねうどんを手にすると要はそのまま三郎を見上げた。
「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 
「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 
 要はそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。
「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 
 一息ついた要の一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。
「ああ、知ってますよ。ですがいろいろと競争がありますからねえ」 
「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 
 あっさりそう言うと要はうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。
「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 
 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 
 要はそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。
「それじゃあ行くぞ」 
 そう言って要は立ち上がる。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げる。
「おい急ぐなよ。まだ食ってるんだから」 
 そう言いながら最後の汁を飲み干すラン。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くカウラがいた。要は仕方がないというようにどっかと椅子に座る。
「姐御、これから暇なわけ無いっすよね」 
「そうだ暇なわけがねえな」 
 三郎の言葉にぞんざいにそう言うと要はポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけて自分のライターで火をつける要。
「昔は俺の方が火をつけてくれたもんですのにねえ」 
「バーカ。オメエは下っ端だろ?まあそうでもなきゃアタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう」 
 そう言って素早く拳銃を取り出す要に立ち上がって両手を上げる三郎。
「馬鹿は止めろ。食べ終わったぞ」 
 カウラが立ち上がるとそのまま要は銃をホルスターに戻した。
「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」 
 そう言って足が届かない椅子から飛び降りてカウンターに向かうラン。
「なに、また来てくれよ。あんた遼南だろ?」