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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 ミイラ化した死体。着ていた赤いセーターの袖などが焼け焦げて無残に見える。カウラと誠はすぐにそれが何かを思い出した。
「法術暴走した適正者の死体ですか。以前、整理を頼まれた資料のものですね」 
 カウラのその言葉に要は思い出したように手を打ってそのまま茜を見つめる。
「ねえ、何のことよ」 
 資料に目を通していないアイシャは要とカウラを見比べながらそう言った。サラや島田はただそのミイラ化した死体の写真から目が離せないでいた。
「この半年あまり……正確に言うと例の『近藤事件』で法術の存在を神前曹長が全宇宙に知らしめたころからですわ。すでにこのような死体が東都周辺で7体見つかってますの」 
 そう言うと全員の顔を見渡してもう一枚の写真を取り出す。
 そちらの写真は誠も初めて見る写真だった。
「なんだこりゃ?」 
 要の言葉が全員の感想を代弁していた。そのミイラ。着ていたグレーのコートはどす黒い血にまみれている。右腕を肩の根元から切り落とされているように見えるのでそこから流れ出たのかもしれない。だがその肩からは中途半端な長さの子供の腕のようなものが生えていた。
「法術適正ってのは腕を切っても再生するんだ。便利ですねえ」 
 いつもと違う抑揚の無い島田の言葉。遺伝子検査で遼州の先住民族の血が誠より濃いが法術適正が無いとされた島田の言葉に一同が沈黙する。
「そんな、黙り込まないでくださいよ!それよりこの血はこのミイラさんのものだったんですか?」 
 サラに見上げられながら島田が写真を出してきた茜にそう言った。
「着眼点がよろしいですわね。肩の辺りの血は別として胸の辺りの血はまったく別人のものですわ。しかも発見されたときはこのコートについていた血以外は現場に同じ人物の血液は一滴も落ちていなかったそうですの」 
 しばらく食堂は沈黙に包まれた。
「最近の殺し屋は清掃業務も兼ねてるのかね、ふき取るどころか血液反応もなかったんだろ?たぶん凄い掃除機とか持ってるんだろうな」 
 要の軽口だが、その口調と表情にはピリピリとした空気に包まれていた。要以外の全員の意識ものんびりとした年末のおもちゃ屋のプラモデルコンテスト向けのプラモ作りから本来の遼州同盟司法局員としての仕事にすり替わっていた。誰もが今度はラーナが端末のモニターを開くのを注視している。
 ラーナの目の前の空間に画像が映る。それは東都南部の港地区と埋立地の租界と呼ばれる遼南難民の居住区を写した地図だと分かった。
「良いかしら。この死体が見つかったのが港地区の北川町。そして先ほどの死体が見つかったのがそこから国道を車で十分ほど租界に向けて走った川村駅のガード下。そして他にも……」 
 茜の声にあわせてラーナが端末のキーボードを叩く。先ほどの7つの死体が港地区と租界の間の幹線道路沿いに次々と現れる。
「港湾地区か……一昨年まで続いた不況でつぶれた町工場に倉庫街。それに安アパートばかりの街だな。こんな死体が落ちていたところで見向きもされないような場所。発見できたのが奇跡的ですね」 
 カウラはそう言うと隣で放心したように地図を見つめている要に目をやった。誠も要がこの地図が浮かんだときから黙り込んでいたことを思い出して口を開こうとする要を見つめていた。
「どうしたんですか?要さん」 
 急な要の変化に戸惑う誠。彼も要の陸軍非正規部隊での仕事の中心が港湾地区だったことを覚えていた。
「嫌な街だなあって。……ただそれだけだ」 
 それだけ言うと要は席を立とうとした。それを茜が押し止める。
「要お姉さまの個人的感想はうかがってはいませんの。保安隊の法術特捜協力班員としてきっちりと解決までご協力していただけませんか?」 
 茜の言葉は穏やかだが、その目の鋭さにさすがの要も押し黙って席に着いた。
「ただこう言う奇妙な死体が製造されているだけなら所轄の警察署の仕事のはずではないんですか?資料の分析程度ならこの人数でどうにかなりますけど、これだけの広さの地域を捜査範囲にするには……」 
 カウラの言葉にアイシャも大きく頷く。島田とサラは相変わらず七つの変死体の写真を見比べている。
「確かにこの人数でローラー作戦なんてやろうとは思っているわけはないんです。そんなこと誰も期待していないでしょうし。ただこのメンバーならではの捜査活動をしたいと思ってますの」 
「この面子だと何が出来るんだよ」 
 重苦しい要の声に一同の顔が茜に向いた。
「わかんねーかなー。法術は展開すれば必ず反応が出るんだぜ。アタシや嵯峨警視正、それか神前ならすぐに察知して駆けつけられる」 
 これまで一人でかりんとうを食べ続けていたランの言葉で今度は誠に視線が集まる。
「でも、暴走する人が出るまで待つんですか?この範囲の法術発動を監視するなんて……」 
 誠のその言葉にあきれ果てたと言う顔のかわいらしいランの顔が見えた。
「馬鹿じゃねーか?この事件は誠が法術兵器をはじめて実戦で使用したのが確認されてから起きてるんだぜ、オメーが動けばこの死体の製造元が動き出すかも知れねーだろ?そうすりゃー何か手がかりでもつかめるかも知れねーからな」 
 そう言って今度は大きな湯飲みを手にするラン。誠は不安になってアイシャを見つめたが、その目が完全にランの外見年齢不相応の話し方に萌えていることに気がついて、いつでも取り押さえられるように力を込める。
「そう言うことですわ。ともかくこれが何を意味するのかもまるで分からない。ただこの死体が現れたのが神前曹長の存在が全宇宙に知らされた時と言うこと。それが重要な意味を持つのは間違いありませんから」 
 そう言うと茜はラーナに端末の終了を指示する。
「そしてもう一つの手がかりがあるんですけど……ご覧になります?」 
 一口茶を啜った後、茜はさっと立ち上がった。さすがにこうなってはプラモデルを作るよりも全員の興味は茜の手がかりと言う言葉に集まっていた。
「テメー等、私服に着替えろ。でかけんぞ」 
 ランの言葉に誠達は困惑した。顔を見合わせる誠とカウラ。
「その格好で東都警察に行くつもりか?恥ずかしい奴だな」 
 そんなランの言葉で誠達は自分の格好に気がついた。エプロンやジャージ。袖に染み付いた塗料。どう見ても私服と呼べる状況ではなかった。だが一人ニヤニヤしている人物がいる。
「じゃあ、中佐殿はなぜ保安隊の制服で行くのでありましょうか?その格好で東都警察の本部に顔出したら相当嫌な顔されますよ」 
 要の一言にランが明らかに不機嫌になる。
「仕方ねーだろ!アタシはこれを着てねーと追い返されるんだから!」 
 予想通りの回答に誠は苦笑したがその姿をランに見つかってにらみつけられた。
「それとちょっと……」 
 渋々外出の準備に取り掛かる要達を見送った茜が誠の耳元に口を寄せてきた。
「神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね」
 そう言って微笑む茜。突然の行動に殺気を帯びた視線を投げる要。
 誠は逃げるように食堂を脱出した。 



 魔物の街 2


 食堂を追い出されて部屋に戻った誠は、部屋の隅に置かれた錦の袋に入っている部隊長の嵯峨惟基から拝領した日本刀に手を伸ばした。