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遼州戦記 保安隊日乗 4

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『神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね』 
 部屋に戻る誠に茜がどういう意図でそう言ったのかは分かりかねた。
 着替えを終えてずっしりと重い紫の袋に入れられた刀を握る誠。そしてそのまま紐を解いて金色の刺繍が施された袋から刀を取り出す。剣道場の跡取りでもある誠は何度か日本刀には触ったことはあった。しかし、柄や拵えは明らかに江戸時代の作と思われるその刀は明らかにこれまで触れた胡州や東和で作られたそれとは趣が違った。
 鞘を払う。そしてそのまま自然に流れるような刃をじっと眺める。銀色の刀身。おそらくは何人かの命がその波打つ刃で奪われたのかと思うと背筋に寒いものが走る。
「おい、何やってるんだ?」 
 ノックもせずに部屋に入る遠慮の無いのは要以外にはいなかった。冬のよそ行きと言うようにスタジャンにマフラー、いつものジーンズと言う姿の誠が正座をして真剣を眺めている光景はあまりにもシュールだったので要は呆然と立ち尽くしている。
「誠ちゃん!切腹でもするつもり?良いから来なさいよ!」 
 デリカシーの無いアイシャの一言に誠は我に返ると刀を鞘に納め、袋に仕舞って紐で閉じる。
「自衛に日本刀か?叔父貴みたいな奴だな……ってあれも実際は拳銃くらいは持ち歩いているけどな」 
 諦めたような要の声。誠もただ苦笑いを浮かべながらそのまま階段を下りて踊り場にたどり着く。
「遅かったな、神前。じゃあ茜の車にはアタシと神前とサラとラーナで」 
「クバルカ中佐!なんで俺がカウラさんの車に……」 
『それはこっちの台詞だ!』 
 抗議しようとした島田を声を合わせてアイシャと要が怒鳴りつける。哀れにのけぞる島田。サラが心配そうに彼を見つめる。
「じゃあ行きましょう」 
 茜はそう言うとそのまま玄関を出た。冬の空は雲ひとつ無い。吹きすさぶ風。茜は楚々として寮の隣の駐車場に止めてある電気駆動の高級乗用車に向かう。
「そう言えば何でこれが……」 
 誠が手にしている日本刀を茜に見せようとしたとき、茜は自分の車のトランクを開けた。
「それはこちらに」 
 問いに答える代わりに茜が手を伸ばす。仕方なく誠は茜に刀を手渡した。
「アイツ等……」 
 呆れたようにランがため息をついた。その視線の先のカウラの赤いスポーツカー。いつも出勤に使っている車の前で島田と要が怒鳴りあっている。
「放っておきましょう。子供じゃないのですから」 
 そのまま茜は運転席のドアを開ける。誠とサラは借りてきた猫のように静かに後部座席のドアを開く。
「ちょっと香水が効きすぎているかしら?大丈夫?」 
 後ろの二人を見てにっこりと笑った後、シートベルトを締める茜。すぐにモーターの力がタイヤにつながり、車がバックを始める。カウラの車の前ではさらに苛立ちを隠せないカウラが運転席から顔を出して要を怒鳴りつけている。
「まああいつ等もナビでこっちの位置を特定できるんだ。迷子にはならねーだろうしな」 
 ランの皮肉めいた言葉に釣られて笑う誠。茜の車はそのまま砂利のしかれた駐車場を出た。
「これから本部で見るものは他言無用で」 
 住宅街から幹線道路へ出ようとハンドルを切る茜ははっきりとそう言った。
「良いんですか?私も来ちゃって……」 
 後部座席にラーナと誠にはさまれてもじもじしているサラはそうつぶやく。
「オメーも保安隊の隊員だろ?いずれは見なきゃならねーもんだ。まあそれにいまさら緘口令も……一時的なものになりそーだしな」 
 助手席にちょこんと座っているランがそう言った。後ろからまるで見えないところが誠の萌えの心を刺激する。
「あのー……。行き先は?」 
 不安そうな誠を見て運転席の茜が振り向いて微笑む。
「じゃあラーナ。二人に説明してあげてちょうだい」 
 信号に引っかかった車。ハンドルを指ではじきながら茜がそう言うとラーナは再び小型の端末を取り出す。
「これから東都警察の鑑識部の入っている都庁別館に向かいます」
「いいんですか?東都警察なんかに顔を出して」 
 サラがラーナの言葉をそんな言葉でさえぎったのは当然の話だった。同盟司法局と東都警察。管轄する地域が多いこの二つの組織は犬猿の仲だった。実際誠も東都警察からの資料請求を上官のカウラやランの一言で握りつぶしたことは一度や二度では無い。当然東都警察もランの要求を聞く気も無いと言うように通信を切ってしまうことは多々あった。
 それでも専門の分析機関を持たない保安隊にとって東都警察の技術力は活動に必要不可欠なものだった。それを知っている鑑識部は明らかに高飛車な態度を見せてくるので誠もどうも苦手な組織でできれば出入りはしたくなかった。
 そんな誠の思惑を無視して隣の席のラーナは端末の操作を完了する。
「先ほどのミイラ化した死体ですが身元はすべて判明しているんです。ただ、年齢、職業、出身地とかいろいろ当たりをつけてみたんですけどまるで共通点が無くて……」 
「法術適正は?」 
 誠のとりあえず言いました的な言葉に噴出すラン。
「あのなあ、神前。法術適正が無ければ勝手にミイラになるわけがねーだろ?それ以外の共通点の話をしてるんだよ」 
 子供に意見されたようでつい口を尖らせる誠。ラーナはそんな誠を見て少し微笑んだ後、再び目の前に画像を展開させる。
「全員の共通点では無いんですが、あえて特徴を挙げるとすれば、7人のうち4人は租界の難民でした。しかもその四人全員が女性なんです。特徴として言えるのはこれくらいでしょうか……」 
 そう言って再び首をひねるラーナ。何しろデータを取るには7人と言う数は少なすぎると誠は思った。
「でもそれだけじゃデータを取る意味が無いんじゃないですか?」 
 そんなサラの言葉に頭を掻くラーナ。今度はランはその体に大きすぎるシートから身を乗り出して三人を眺めてくる。
「あのなあ、見つかったデータが少ねーのは良いことじゃねーか。それとも何か?もっと大量の仏さんが出来るまで捜査は待ってくださいと司法局に泣きつこうってのか?」 
 またランが引っ込む。サラは困ったような表情でラーナを見つめている。
「そうですわね。確かに共通点を割り出すには少ない人数とは言えますけど、逆にこれだけ共通点が無いと言うことも一つの糸口になるかもしれませんわ」 
 高速道路へ車を載せた茜の一言。それが何を意味するのか誠にはわからなかった。
「つまりだ、共通点を見出せないようにする必要があった可能性があるんじゃねーかってことだ。これが事故や個別に発動した事件だったとしたら、何がしかの共通点があるのがふつーだろ?場所は限られているんだ。特に港湾地区はよその住人が喜んで出かけるような場所じゃねーんだろ?」 
 ランの言葉に誠もようやく茜の意図が理解できた。港湾地区は治安が悪いと言うのは誠の大学時代からよく知られていたことだった。再開発から取り残された使われない倉庫と町工場の跡しかない街に通りすがりの人間が立ち寄り、しかも事件に巻き込まれる。ありえない話では無いだけにランの言葉にも重みを感じた。