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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 遼州戦記 保安隊日乗 4


 魔物の街 1


「あの、皆さん……少しよろしくて?」 
 豊川市南本宿1?3。ここは確かに遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課、通称「保安隊」の男子下士官寮の食堂のはずだった。
 正確に言えばこの建物はすでに名目としての『男子』寮ではなくなっていた。
 言葉の主の嵯峨茜(さがあかね)警視正が指揮を取る、通称『法術特捜本部』が保安隊に捜査本部を間借りするようになったときには、すでに保安隊実働部隊の女性隊員、カウラ・ベルガー大尉、西園寺要大尉、そして運用艦『高雄』副長のアイシャ・クラウゼ少佐はこの寮の住人となっていた。保安隊隊長を務める茜の父、嵯峨惟基特務大佐に頼まれて彼女も引越しを手伝ったことがある。
 さらに彼女達三人や技術部整備班班長でこの寮の寮長島田正人准尉や法術技術班長ヨハン・シュペルター中尉と言った士官も住んでいると言うことで『下士官』寮と言う表現も正確性を欠くものだと茜は思っていた。
 茜は紫の留袖の襟を整えながらそんな名称に疑問符がやたらと立ちそうな建物の食堂の入り口でただ中を眺めているだけだった。
「なんだ?いたのか」 
 そう言って目の前の物から目を離して顔を上げる西園寺要。非番の日に従姉に当たる彼女が何をしていても茜が口を出す必要はなかったかもしれない。
「ああ、茜ちゃんきてたの。サラ!お茶入れてあげなさいよ!」 
 集中していた手元から目を離したアイシャ・クラウゼが汚れないように後ろに縛った紺色の長い髪を振って隣を見る。
「えー!私が?」
 そう言ったのは真っ赤なショートヘアーの『高雄』の管制オペレータでアイシャの部下に当たるサラ・グリファン少尉だった。彼女は付き合っている技官の島田正人の目の前の物から目を離してアイシャに抗議した。 
「じゃあ階級の低いの……ってことで、神前!お前がやれ」 
 要はそう言って彼女の横で防塵マスクをして作業に集中している青年に目を向けた。
「……僕ですか?」 
 青年はコンプレッサーを止め、目の前の美少女フィギュアの塗装の作業を中断した。彼が遼州保安隊の切り札とまで言われる法術師でありアサルト・モジュールパイロット、神前誠(しんぜんまこと)曹長だった。そして茜がここに来た目的も彼の存在無しにはありえない話だった。
 茜は食堂を見回す。サラと島田は仲良くバイクのプラモデルを組み立てている。隣の要の目の前にはどこで手に入れたのかも謎な姫路城の模型があり、ピンセットで庭園の松を植えているところだった。カウラが格闘しているのはタイガー重戦車。そしてアイシャはフランスの輸出用アサルト・モジュール『シャレード』の脚部関節にウェザリングを施していた。
「皆さん、お茶は飲みますか?」 
 誠の声で食堂の住人全員が手を上げる。そしてその勢いに押されて茜の直属の部下カルビナ・ラーナ捜査官補佐までも手を上げていた。
「ったく!テメー等この良い天気に部屋でプラモかよ」 
 あざ笑いながら茜を押しのけるようにして食堂にずかずか入ってきたのは東和陸軍と共通の保安隊の勤務服に身を包んだ8歳くらいの少女だった。
「そうだよな、大人がやるから変に見えるんだな。中佐殿、お子様な中佐殿ならお似合いなのではないですか?」 
 松を植えるのに飽きた要が茶々を入れる。どこか育ちが悪そうな少女。彼女は保安隊副長で実働部隊隊長で要達の上司に当たる。そんなクバルカ・ラン中佐はすぐにでも怒鳴りつけそうな勢いで要に向かって迫る。
「あのなー、そう言うことを言ってるんじゃねーんだよ。なんで部隊の掲示板全部にプラモ屋のコンクールの応募要項がだなあ……」 
「あ、ランちゃん、それ私の仕業」 
 そう言ってアイシャが開き直ったように手を上げた。それを見ると今度はアイシャに向かって歩いていくラン。
「どたばた動かないでくださいよ!デカールが……」 
 島田がピンセットでバイクをつつきながらつぶやく。それを隣で見つめるサラ。
「ああ、クバルカ中佐もいるんですね。確か茶菓子が……」 
 先ほど指名されて厨房に茶を入れに行った誠がカウンターから顔を出す。その様子がさらにランをいらだたせることになった。
「ったく!アタシが言いてーのは!」 
「それは後にしてくださいな。クラウゼさん、ベルガーさん、西園寺さん……」 
 明らかにいつもと違う調子の茜を不思議に思いながら空いていた厨房に近いテーブルにポットを運ぶ誠。
「こちらにどうぞ!」 
 誠の言葉でプラモデル用塗料の臭いが染み付いた新聞紙の敷き詰められたテーブルから移動する要達とまっすぐ出入り口からやってくる茜達。
「おー、かりんとうか。アタシはこいつ大好きなんだよな」 
 そう言うと一番に誠の手前の席に座ってかりんとうに手を伸ばそうとするランだが、小さな彼女が伸びをしたところでプラモデルの塗料があちこちについているエプロンをした要がそれを取り上げる。
「何すんだよ!」 
「やっぱ餓鬼だねえ。甘い物が好きだなんてよ」 
 まるで子供のような要の嫌がらせ。そしてにらみ合う二人。アイシャとカウラはそのエプロンを元の席に置いて、作業用の安物のジャージ姿でテーブルに腰掛ける。
「お二人とも、およしになってくださいな」 
 おっとりとしてはいるが、明らかに力の入った茜の言葉を聞いて要がかりんとうの入った器をランの手の届くところに置いた。ランは目つきの悪い顔で要をにらみつけた後、一個のかりんとうを手にすると口に運ぶ。
「非番に御用ってことは、目的は誠ちゃんかしらね」 
 素早く自分のかりんとうと湯飲みを確保するとアイシャはそう言って静かに安物の椅子に腰掛けた和服の茜を見つめる。
「そうですわね。でもそれは正確ではありませんわ。法術特捜の外部協力員全員。つまり保安隊の方々にもご協力いただく必要のあることですの」 
 そう言って上品に湯飲みを取り上げる茜。自分の作法にはこだわるが人のそれには頓着しないと言う彼女の思想を裏打ちするように、ばりばりとかりんとうを頬張ってぼろぼろかすをこぼす茜の部下のカルビナ・ラーナの姿に誠は苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ俺等は邪魔なんじゃ……」 
 そう言って島田が茶を啜る。隣ではサラが大きく頷いていた。
「まあ、乗りかけた船だろ?それに良い経験にもなると思うぜ」 
 ようやく手に入れたかりんとうをおいしそうに食べながらランがそう言った。納得できないような表情を浮かべながら島田がかりんとうを口に運ぶ。
「でも、非番の日に来ると言うことは正規の任務とは別の微妙な問題なんですね」 
 これまで周りの人々の話をじっと聞いているだけだったカウラが口を開く。茜はカウラを見つめて静かに微笑む。
「やはりベルガーさんですね。まあ公的な拘束は受けたくない事件であることは確か間違いありませんわ。そして……」 
 そう言うと茜は手にしていた巾着から時代遅れの紙の手帳を取り出す。そして付箋の貼ってあるところを開くと、挟んであった写真を取り出した。
「まずはこちらの写真はどうかしら?」 
 茜の差し出した写真に一同が目を向ける。