遼州戦記 保安隊日乗 4
ランが端末のモニターをにらみながら指示を出す。車はそのまま路地を走り出した。
「このまま租界に入るぞ。検問の同盟軍の駐留地まで行け」
そのまま画面をスクロールさせていく誠。ようやく一番下まで来ると次の画面に移るためのカーソルが開いた。次の画面はさらに誠の顔をしかめさせるものだった。それはこれまでの文字だけの世界とは違うリストが表示されていた。
それはまるでペットか何かのように子供の写真と値段が表示される画面。
「おっと二ページ目か。まあ見ての通りだ。人身売買で特に血統重視。遼州系の人間ほど高い値がついている。これでアタシが何を探してきたか分かったろ?」
思わず吐き気に口を押さえた誠を冷ややかに突き放すようなランの一言。車内の空気はよどんだ。
「カウラ。とりあえず窓を開けてやれよ」
淡々と要はそう言うとデータを読み終えてコードを首から外した。
巨大な障害物で半分ふさがれた道。その脇では黒い街宣車が大音量で租界の中に暮らしている遼南難民の罵倒を続けていた。カウラの車はすぐに胡州陸軍の制服を着た兵士に止められる。ヘルメットに自動小銃と言うお決まりのスタイルの兵士は大音量を垂れ流すバスの群れに目をやりながら停止したカウラの車の窓を叩いた。
「通行証は?」
そう言う兵士にカウラは保安隊の身分証を見せた。二人の兵士は顔を見合わせた後、後部座席を覗き込む。
「同盟司法局がなんの用ですか?」
「バーカ。捜査に決まってるだろ?」
ランの顔を見てにらみつける兵士だが、すぐに彼女が身分証を取り出して階級を見せ付けると明らかに負けたというように一人はゲートを管理している兵士達に向かって駆け出した。
「ああ、別に中に入るのが目的じゃねーんだ。部隊長の顔を拝みたくてね」
そんな言葉を吐く幼女を引きつった顔で見つめる兵士はそのまま無線に何事かをつぶやいた。
「とりあえず警備本部もゲートの奥ですから」
兵士の言葉を聞くとカウラはそのままバリケードが派手な入り口を通り過ぎてゲートをくぐる。ゲートの周りは脱走者を防止するために完全に見晴らしの効いた場所になっており、ゲート脇の塔には狙撃銃を構える兵士、ゲートの脇の土嚢の中には重機関銃を構えている兵士が見える。カウラはそのまま塔の隣に立てられた警備本部の前に車を止めた。
「さてと、わらしべ長者を目指してがんばるか」
要はそう言うと端末から先ほど手にしたディスクを取り出した。誠はその言葉の意味が分からずにランに後頭部を突かれて仕方なく車から降りる。
「しかし殺伐とした場所だねえ」
彼女の言葉も当然だった。もし暴動が起きればゲート脇の土嚢から重機関銃の掃射が始まり、武装した難民がいたとしても装甲を張り巡らせた鉄塔の上からの狙撃で簡単に制圧されることは間違いなかった。さらに明らかに過剰防衛を行いかねないと言うような感じで本部の裏を見る。さすがに機体は配備されてはいないようだがそこにはアサルト・モジュール用のハンガーまで用意されていた。
「物々しいというより過剰防衛の気配があるな」
呆れる誠の肩を叩きながらカウラが本部へ向かう要とランについていくように誠に知らせる。
「あのー、わらしべ長者って?」
誠の声に呆れたような顔の要が振り向く。ランはそのまま警備本部の入り口のドアにたどり着いた。
「早くしろよ!」
そう急かされて早足になる誠。それを見たランはそのまま本部に入った。誠が遅れて建物に入ると怪訝な表情の胡州陸軍勤務服の兵士達が入り口に目を向けた。
「保安隊の方ですね!」
その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいてくる。
「広報担当か……気に食わねーな」
ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその中尉は闖入してきた誠達を迎えた。
「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?」
にこやかに笑う広報の腕章の士官を覚めた目で見つめているラン。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に保安隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応が変わるという話を先輩の島田からは聞いていた。
一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を保安隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼南陸軍の監督に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。
そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。
『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな』
広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているように要の脇を突いた。
「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」
地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見ると要はデータチップを手にした。
「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと手に入れたんだけど見てもらえるか?」
広報の士官の態度が明らかに硬くなる。その表情でランと要は半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させる。
「ちょっと!困りますよ」
「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」
要はすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せる。
「……これがどうしたと?」
その反応の薄さに要はにやりと笑った。
「ほう、こんな卑劣な犯罪を見逃す警備軍じゃありません……そう言いたいわけか?これはフィクションで実在の警備部隊とは関係ありません……とでも?」
「ありえないですよ。どこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」
そこまで中尉が言ったところで要が右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。
「アタシの情報がでたらめって言うんだな?」
腕を机にめり込ませたまま要が怯えている将校を見上げる。
「でたらめ……いえ、マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」
「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」
そう言うと要は机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続く。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。
「面白いものが見れたろ?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直