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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 吉田はそう言ってその冊子を手に取る。
「だから今回の事件は法術師の王国を作ろうって言うコイツの理想とやらとぶつかるはずなんだが俺の勘じゃあまたこいつの屁の香りでも嗅ぐことになりそうだなあ」 
 そう言うと嵯峨は机の上の写真を引き出しにしまう。法術を制御されていたとは言え嵯峨を返り討ちにしたほどの実力のある法術師。その存在に吉田達は複雑な表情で嵯峨を見つめる。
「無関係だと良いが希望的観測は命取りだじゃないだろうからな、フォローはしておいてやろうじゃないの」 
 嵯峨は口にくわえたタバコをそのまま灰皿に押し付けて立ち上がった。


 魔物の街 9


 誠は周りの景色を見て、以前誘拐された時の記憶がよぎるのを感じていた。
 実行犯はすべて射殺された。彼等が所属する暴力団組織の幹部は調べに対し誘拐の指示とヨーロッパ系のシンジケートに売り渡そうとしていたことは認めたがそれ以上の証言は取れなかった。そして肝心のシンジケートからは証言らしいものは引き出すことができず、捜査は中座していると茜からは聞かされていた。
 見回す町並み。ビルは多くが廃墟となり、瓦礫を運ぶ大型車がひっきりなしに行きかう。
「カウラ、そこを右だ」 
 要の声にしたがって大通りから路地へ入る。そこは地震の一つでもあれば倒壊しそうなアパートが並んでいる。ベランダには洗濯物がはためいてそこに人が暮らしていることを知らせていた。道で遊んでいた子供達はこの街には似合わないカウラのスポーツカーを見ると逃げ出した。階段に腰掛けていた老人も、珍しい赤い高級車を見て興味を感じるのではなく、何か怪しげな闖入者が来たとでも言うように屋内に消えた。
「ここ、本当に東和ですか?」 
 誠の声に要が冷ややかな笑みを浮かべていた。
「まあこんなところに新車のスポーツカーに乗ってやってくるのは借金取りくらいだろうからな。それとも何か?オメエは歓迎してくれるとでも思ったのかよ」 
 皮肉を口にして笑う要。まだ人が住んでいると言うのに半分壊されたアパート、その隣の一杯飲み屋には寒空の中、昼間から酒を煽る男達が見える。酒を片手ににごった視線を投げてくるこの街の住人達は要の言うようにこの町の人々は誠達を歓迎すると言うより敵視しているように見えた。
「東都のエアポケットって奴だ。政府はここの再開発の予算をつけたいらしいが見ての通り開発の前に治安をどうにかしないとまずいってところだな」 
 ランは目をつぶったままじっとしている。
「おい、そこのパチンコ屋の看板の角で車を止めろ。アイスでも食いたいだろ?」 
 突然の要の言葉に誠は絶句した。
「あの、もう冬ですよ!アイスなんか……」 
「いいから止めろ」 
 要の真剣な目にカウラも要の指定した場所で車を止める。
「アタシと中佐殿で行くからな」 
「なんでアタシなんだ?」 
「駄菓子屋と言えば餓鬼だろうが」 
 そんなやり取りに誠は助手席から降りながらいつものようにランが要を叱り飛ばすと思ったが、ランはなぜか黙って要とともに降りると駄菓子屋に向かった。
「こんなところなら非合法な研究を堂々としていても誰も気にしないと言うことか」 
 カウラはそう言いながら周りを見た。シャッターを半分閉めて閉店しているかと思っていたパチンコ屋から疲れたような表情の客が出て行く。誠もこの界隈が普通の東和、発展する東都から見捨てられた街であることが理解できた。
「しかし……あれを見ろ」 
 そう言うカウラの顔が微笑んでいるのを見て、誠は彼女が指差す駄菓子屋を見た。どう見ても小さな女の子にしか見えないランが要に店の菓子を指差して買ってくれとせがんで要のジャケットのすそを引っ張っている光景が見える。
「芝居が過ぎるな」 
 カウラの微笑む顔を見て誠も頬を緩めた。要はランの頭をはたいた後、店番の老婆に話しかける。老婆はそのまま奥に消え、しばらくして袋を持ってでてそれを要に渡した。要は財布から金を出して支払いを済ませるとそのまま誠達のところに歩いてきた。
「待たせたな」 
 誠が助手席を持ち上げて後部座席に座ろうとする要とランを迎え入れる。要は袋からアイスキャンディーを取り出すとカウラと誠に渡した。
「なんだ?ずいぶんと毒々しい色だな」 
 カウラは袋を開けて出てきた真っ青なキャンディーに顔をしかめる。誠もその着色料と甘味料を混ぜて固めたようなアイスを口に運んだ。
「こんなものになんで札で勘定を済ませたんですか?」 
 口の中に合成甘味料の甘さが広がる。そして吐き出された誠の言葉に、要は袋の中から一枚のマイクロディスクを取り出して見せた。
「買ったのはそっちの方でこちらはダミーか」 
 カウラはそう言うとバックミラーを使って自分の青く染まった舌を確かめた。
「当たりめーだろ。何のためにアタシが芝居をしたと思ってんだ」 
「あれが芝居か?」 
 ランの言葉に苦笑いを浮かべながら要は後頭部からコードを伸ばして携帯端末に直結してデータディスクを差し込んだ。
「オメー等も端末出しとけ」 
 ランの言葉にカウラもアイスを外に捨てた。誠はもったいないので最後まで食べる。
「ちょっと待てよ。プロテクトを解除する……よし」 
 要の言葉が途切れると誠の端末からも数字が並んでいる表を見ることが出来た。
「あのう……」 
 それは奇妙に過ぎる表だった。端末に写っているのは臓器の名前と個数。心臓、肝臓、腎臓、網膜。その種類と摘出者の年齢、血液型、抗体など。延々とスクロールしても尽きない表が続いていた。
「司法警察に持ち込めば警察総監賞ものだ。もっともこのデータを買ってくれる親切な人のところに持ってった方が金になるだろうが」 
 ランがそう言うのも当然だった。
「でもこれって……」 
「租界に流れ込む難民の数と、出て行く難民の数。発表されて無いだろ?人間の使い道がこの土地じゃあ他とは違うんだ」 
 要の言葉に誠は悟った。臓器売買のうわさは大学時代から野球部と漫画研究会の二束のわらじで忙しい誠の耳にも届いてきていた。当時は臓器売買だけでなく薬物や武器までこの租界とその近辺を流れているという噂もあった。そして誠が軍に入ると治安の維持権限の隙を突いて生まれたあらゆる非合法品の輸入ルートと言う利権をめぐり他国の工作部隊が投入されていると言う情報が事実だとわかった。そして同盟軍の治安維持部隊も賄賂を取ってそれを見逃しているという別の噂を耳にすることになった。
 武器の輸出規制が強まり薬物の末端での取締りが強化されるようになって、それでも上納金を求める暴力団や賄賂を待つ治安維持部隊に貢ぐ資金を搾り出すために行われるといわれる人身売買。都市伝説と思っていたものが事実であると示すような一覧が手元にあった。
「そんなに驚くこともねえよ。胡州だってこの租界に派遣されているのは三流の部隊だ。地獄の沙汰もなんとやら、要するに見て通りのことが行われているってことだ」 
 要の言葉を聞きながら誠はただ呆然と画面をスクロールさせる。
「でも法術師の研究とは関係ないんじゃないですか?」 
「他の画面も見てみろ……って時間ももったいねえしここじゃあ場所が悪いな。カウラ、車を出せ」