遼州戦記 保安隊日乗 4
「大丈夫だろ?どっちも作動には定評があるんだ。おう、アタシのは?」
せかすような要の言葉にうんざりした顔のキムが手にいつもの要の銃、XD40を持って現れる。
「おい、どこが……ってスライドがステンレス?そんなのあったのか?」
そう言ってキムから銃を受け取ると何度か手に握って感触を確かめる要。
「少し……いや、かなり感触が変わってるぞ」
「まあ法術対応のシステムを組み込んだんですよ。前から頼んでたじゃないですか!」
「そうだった?」
要の回答に呆れるキム。法術師としてすでに名が広まっている母の西園寺康子。そのことを考えれば当然だと誠は思うが、一方でカウラは少しばかりさびしいような顔をしていた。部下の下士官がマガジンと弾を取り出したのを見ると言葉を吐こうとしたカウラの口が閉じる。
「40口径ね。いつも高いと思ってたけど、いくらぐらい9mmより高いわけ?」
自分の銃とホルスターがなじむのを狙って皮製のホルスターから銃を出したり入れたりしていたアイシャが先ほどの眼鏡の女性下士官に詰め寄る。
「このシルバーチップなら同じくらいだと思いますよ。ケースはどちらもリロード品ですし……プライマーの値段もたいしたこと無いですから。最近は遼州星系じゃあ銃関係の規制が緩くなっていますから。市場ではかなりだぶつき気味なんですよ。ああ……東和は関係ないですけどね」
そう言う相手を疑うような目で見た後、アイシャは何度も手にした銃にマガジンをいれずに構えの型をとる要を見つめた。
「すると、コイツで撃てばそれなりの法術効果が得られると言うことなんだな」
要の言葉におっかなびっくり頷くキム。それを見て手にした拳銃にマガジンを叩き込みスライドを引いて装弾する。
「じゃあ、島田」
「なんで俺だけ呼び捨てなんだ?」
キムがにんまりと笑う。その顔を不審そうに見つめる島田。キムは島田にランのマカロフより小さい銃が渡された。
「確かにコンパクトな奴を頼んだけどさあ」
そう言って島田はまじまじと自分に渡された銃を見つめた。それはラーナの使っているシグザウエルP230に似ていたがどこと無く古風な雰囲気の拳銃だった。
「ああ、それはモーゼルHScだ。一応弾は380ACPだから護身用としてはぎりぎりのスペックだからな。どうせお前は前線部隊じゃないんだから」
キムの言葉が終わると再び彼の部下が弾薬とマガジンを取り出す。
「なるほどねえ。確かにこれなら持ち運びは便利そうだわ。やっぱり隊長の私物か?」
そうたずねる島田を無視してキムはブリッジクルーが使っている銃を取り出してサラを呼んだ。
「弾だけの交換ね」
サラはそれを受け取るとジャケットを脱いでショルダーホルスターをつける。
「それでは神前」
そう言って神前の前に特徴的なフォルムのパラベラムピストルが置かれる。
「いつも思うんだけどこれってルガーじゃないのか?」
島田の言葉に呆れたように無視して予備マガジンと弾のケースを渡すキム。
「神前。これは専用だからなお前の。他の銃のと混ぜるなよ……まあお前の銃の弾は他の人のでも撃てるけどお前の銃に関しては俺は保障しないからな」
キムはそう念を押して誠に銃を手渡した。
「じゃあ全員得物はそろったわけだな」
ランの声に手を上げて茜とラーナを指差す要。
「ああ、その二人は以前から対法術師装備だ。それじゃあ各員準備して会議室に集合な」
そう言って部屋を後にしようとするラン。
「別に準備とか……」
「神前。カウラが制服じゃまずいだろ?一応捜査なんだから。それに場所が場所だ」
確かに今のカウラは東和軍の勤務服である。
「大丈夫だ。ちゃんと平時の服も更衣室に用意してある」
そう言うとハンガーへ向かう誠達と別れて女子更衣室に消えていくカウラ。
「それじゃあ……って何かすることあるのか?ちび」
要の言葉に振り返ったランは明らかにあきれ果てたと言うような顔をしていた。
「一応端末の記録を覗くくらいの癖はついていても良いんじゃねーのか?」
そう言ってそのままとっととハンガーへ向かう。
「言い方を少し考えろっての。なあ」
要はそう誠に愚痴ってその後に続く。ハンガーはやはり重鎮である明華がいないと言うことで閑散としていた。
「じゃあ、俺はロナルドさんの車を……」
「仕事中だろ?会議室に直行だ」
振り向いて叫んだランの言葉に肩を落とす島田。サラは微笑んで彼の肩を叩く。
「ふざけてないで行くぞ!」
ランに引っ張られるようにして皆はそのまま階段を上がる。ガラス張りの管理部の部屋の中では先月までのシンに代わり、管理部部長として赴任した文官の高梨渉参事官が菰田を立たせて説教をしていた。
「島田。なんならアタシがアイツと同じ目にあわせてやろうか?教導隊じゃあアタシも平気で二、三時間説教するなんてざらだったぞ」
ランの言葉に苦笑いを浮かべた島田はそのまま早足に実働部隊の待機室を通り過ぎて会議室に向かう。
「冗談の分からねー奴だな」
そう言いながらランを先頭に部屋に入るとなぜか全員の机にマグカップが置かれていることに誠が気づいた。誠は何気なく中を覗き込んでその中にうごめく白いものを見つめて口を押さえた。
「なんですかこれ……!」
誠が手にしたマグカップの底に三匹の大きな芋虫がのたうっていた。
「あ!みんなお土産だよ!」
カウラと要も自分の机に置かれたマグカップの中を覗き込む。
「マジかよ……」
そう言って得意げなシャムをにらむ要。カウラはそのまま引き返して着替えの為に廊下へ出て行った。
しばらく時間が止まったようにカップの中を覗く。
「なんでこんなものがあるんだ?」
自分のカップから白くてやわらかい芋虫を取り出すと、要は一口でそれを食べてしまった。その姿に冷や汗をかく誠。
「ええとね、遼南の山岳レンジャーの隊員がこの前の訓示のお礼だって!」
元気良く答えるシャムを見て誠は再びマグカップの中を覗き込んだ。
「まあ見た目があれだが食えるぞ」
そう言うとランも芋虫を口に運ぶ。誠は恐る恐る再びカップを覗き込んだ。
「何の幼虫ですか?」
奥で珍しそうにカップを覗いていた楓は要の芋虫を食べる光景を見てこわごわ口に運んで一気に飲み下そうとする。だがそれが喉に詰まったのか、すぐに立ち上がると誠を押しのけて廊下へ飛び出した。その様子を見ていた部下の渡辺かなめもそれに続く。
「ああ、これはゾウムシの幼虫ですよ」
遼南出身と言うこともあり、第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹は芋虫をつまんで普通に口に運ぶ。次第に握っていた手に汗が出てくる誠。
「もしかしてこれがレンジャーの主食の虫ですか?」
ようやく誠もそれが何かを理解した。
遼南中央部の密林地帯で一ヶ月間のサバイバル訓練を行う遼南レンジャー部隊。遼南で使える数少ない部隊と呼ばれる彼等と同じメニューの訓練。その厳しい生活を送ったことを示す遼南レンジャー章は兵達の憧れだった。そのサバイバル訓練では食料の自給は欠かせない課題となる。
「やっぱり食べなきゃ……駄目なんですよね」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直