遼州戦記 保安隊日乗 4
すがるように声を絞り出すのが精一杯の誠。
「駄目だよ、誠ちゃん。大きくなれないぞ!」
「ちっこい奴が何言ってんだか」
要の茶々に頬を膨らませるシャム。誠はそのほほえましい光景を見ることもできずにじっとマグカップの中でうごめく虫を見つめていた。
「まあ急ぐものじゃないさ。趣味の……おう、来てたのか」
ロナルドが第四小隊の隊員ジョージ・岡部中尉とフェデロ・マルケス中尉を連れて入ってきた。
「ああ、ロナルドさん達の分もあるから」
シャムの言葉に何か面白いものをもらえたのかと思って自分の席を覗いたフェデロだが、すぐに嫌悪感が煮詰まったような顔に変わる。
「ジャングルライスだ」
その言葉に岡部も顔を曇らせる。
「良いじゃないか、ジャングルの米。慣れれば恋しくなるものだぞ」
そう言うとロナルドは自分の机の上のマグカップからすぐに芋虫を取り出して口に運ぶ。そして景気良く噛み砕いてすぐに飲み込んでしまった。
「ナンバルゲニア中尉。やはり今は季節じゃないみたいだな」
「そうだね。春先のゾウムシが一番おいしいんだよ。あれ?神前君。食べないのかな?」
ロナルドのそばから今度は自分のそばへ歩いてくるシャムに思わずうつむく誠。確かに子供にしか見えないシャムだが、歴戦の勇士であり、最強のレンジャー指揮官の異名をとる彼女である。断ることが出来ないことはわかっているので一番上の少し弱った芋虫にゆっくりと誠は手を伸ばした。
「いいです!食べますよ!」
誠はそう宣言して口に芋虫を放り込む。
しばらくはざわざわと口の中をうごめく感覚で口をふさぐことが出来ない。無理やり口を閉じて押しつぶす。それでももぞもぞと動く感覚が口の中に広がる。
「大丈夫か?顔が青いぞ」
要の声も聞かずにひたすらかみ締めて、ようやくぐちゃぐちゃになったものを喉の奥に押し流した。
「なんだ……これか」
スタジャンに着替えたカウラが部屋を覗き込んだ。ニヤニヤ笑うシャム、要、ロナルド。苦い顔の岡部とフェデロ。そして明らかに違和感を感じるような絶望した顔の誠がいた。
「神前どうしたんだ!」
すぐに駆け寄るカウラだが、誠の手の中のマグカップを見て納得した。
「そう言うことか……」
カウラの頬が引きつっている。
「そう言うことだ。なに、意地悪じゃねえぞ。あくまで鍛えてやっただけなんだから」
カウラの言葉に要は浮かれた調子で最後の芋虫を口に入れて机の端末を開いた。
「まあアタシにはいじめとしか見えなかったけどな」
すでに確認作業を終えて椅子から降りるラン。そこに死に掛けたような表情の楓が帰ってきた。
「大丈夫か?嵯峨」
ランの言葉にただ呆然とした表情のまま頷く楓。その背中をさする渡辺。
「それじゃあ、会議室。いくぞー」
「あれ?カウラちゃんは食べないの?」
シャムの言葉にカウラに視線が集まる。
「それはお前へのプレゼントだ」
シャムにそう言って素早く部屋を出て行くカウラ。
「逃げやがったな」
要はその有様を見ながらにんまりと笑って、まだ嗚咽を繰り返している誠の肩を叩いた。
魔物の街 7
会議室の扉の中ではすでにアイシャと島田、そしてサラが茜の説明を受けているところだった。
「ああ、いらっしゃいましたのね。ラーナさん。説明をお願いするわ」
そう言うと茜は再びアイシャ達に説明を始める。
「じゃあ、よろしいですか?クバルカ中佐」
「おー始めてくれ」
ランはすぐに携帯端末を開く。誠とカウラもすぐにポケットから手のひらサイズの携帯端末を開き、その上方に浮かぶ港湾地区の地図に目をやった。要はいつものように脳内と直結させて情報を仕入れているようだった。
「今回の捜査ですが、茜警視正と私、それにクラウゼ少佐、グリファン少尉、島田准尉のチームとクバルカ中佐、ベルガー大尉、西園寺大尉、神前曹長のチームに分かれます」
「残念……と言うか要ちゃん!誠ちゃんに変なことしたら承知しないわよ!」
「誰がだ!」
アイシャの茶々に怒鳴り返す要。それを無視してランはせかすような視線をラーナに向ける。
「港湾地区のエリアですが、私達は主に陸地側と租界ラインから内側の地域を担当、クバルカ中佐達はそれより租界側と租界内部の調査をお願いします」
ラーナの言葉が当然と言うように頷く要。
「西園寺、テメーの人脈はどうなんだ?使えるか?」
小さなランの頭が要に向き直る。
「あてには出来ねえな。実際、三年前の同盟軍の治安出動でやばい連中はほとんど店じまいしたって聞くしな。それに叩けば埃が出る連中がこんな堅物をつれて回ったら何にもしゃべるわけがねえよ……てか肝心のこの研究のスポンサー連中の捜査はどうすんだよ。今聞いた限りじゃ末端の研究施設を見つければ御の字みたいな口ぶりじゃねえか」
そう言って隣のカウラを見る。誠も私服を着ててもどこか軍人じみたところがあるカウラを見て苦笑いを浮かべた。
「愚痴るなよ。アタシだってそうしてーのは山々なんだが……物事には順序があるだろ?お偉いさんに証拠もなしに噛み付いたらアタシ等の首だけじゃすまなくなるぞ」
明らかに不機嫌な調子のラン。彼女も要の言うことは十分分かっているが組織人としての経験が要の無謀な行動に釘を刺して見せた。
「じゃあ捜査のチーム分けはそうするとチームは必然的にアタシと西園寺。ベルガーと神前の組み合わせになるな」
ランの言葉にカウラをにらむ要だが、すぐに何かを思いついたように黙り込んだ。
「でもどう調べれば良いのですか?人体実験を行うプラントなどなら警察や諜報機関が察知していても良いはずなのに……そちらの情報は無いんですよね」
確認するようにカウラがラーナにたずねると、彼女はその視線を要に向けた。
「まあ諜報機関はあてにならねえな。あいつ等は上層部の意向で動いている連中だからトップが情報を出してもOKが出ない限り口は開かねえ。一方地理には詳しいだろう東都警察の方は湾岸地区はお手の物だが手が届かない租界内部に本拠があるなら権限がとどかねえしな。ただでさえ沿岸の再開発地区の広すぎる地域をカバーするだけの警察ですら人手が足りないくらいなんだ。アタシ等に分ける人員などゼロだろうな。まあ叔父貴から正式な要請があれば動くだろうが……ローラー作戦意外考えつかねえ連中だ、当てにできねえよ」
要はそう言うとランを見つめる。
「それにだ。非合法とは言え明らかに先進的な法術覚醒や運用の技術を持ってる連中が相手とすれば、その情報を欲しがっている国の庇護を受けている可能性もある。そうなれば相手はチンピラじゃなくて非正規部隊だ。お巡りさんの手に負える相手じゃねーよ」
そんなランの言葉に誠は握り締めていた手に力が入る。
「でもそれなら僕達でなんとか出来るんですか?」
誠の顔を見てランが不敵に笑う。
「上はそれだけのオメーを評価しているってことだ。ラーナ、とりあえず捜査方針とかは後でアタシのデータに落としといてくれ。行くぞ!こんなところでくっちゃべったところで仕事にならねーだろ?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直