遼州戦記 保安隊日乗 4
取り付けようとする新品のサスペンションを手に得意満面のロナルド。だが要はそれを無視してエンジンをいじっているつなぎ姿の島田の後ろまで行き思い切り尻を蹴り上げた。
「痛て!」
「バーカ!いちいち喚くな!痛いように蹴ってるんだよ!」
要の声に飛び跳ねるように振り向く島田。隣に立っていたサラとパーラも振り向いた。
「ここは職場だ。仕事をしろ仕事を!」
「でもまだ始業時間じゃ……」
口答えをしようとするが要のタレ目の不気味な迫力に押されて島田は黙り込んだ。
「それに昨日の件で話があるそうだ」
車を奥に停めてきたカウラの言葉に島田は悟った。
「おい!お前等も壊さない程度によく構造を把握しておけ!後で細かい説明はするからな」
島田は周りで彼の作業を見ていた整備班員にそう言うとそのまま正門へと走り去る。サラとパーラもそれに続く。
「あらあら要ちゃんまじめなことを言うからびっくりしちゃったわ!」
手を合わせているリアナに照れたように頭を掻く要。
「その仕事を振ってくれる人が来たぞ」
カウラは白いセダンが散っていく野次馬達の間から白いセダンから降りている茜達の姿を見ていた。
「そうだな。どういう指示を出すか。実に見ものだ」
そう言うと要はそのまま茜達を無視してハンガーへと急ぐ。
「要ちゃん!おはよう!」
巨大な熊、グレゴリウス13世の背中に乗っている猫耳をつけた第一小隊二番機担当のナンバルゲニア・シャムラード中尉の言葉も完全に無視して要はそのまま歩き続けた。
「アイシャ。何かあったの?」
「知らないわよ」
心配そうなシャムの質問に困ったようなポーズをとるアイシャ。誠も要の気まぐれに気をつけようと心に誓いながらハンガーを目指して歩いた。
誠がハンガーに足を踏み入れると、誠の専用アサルト・モジュール05式乙型の前で足を止めている要がいた。
「どうしたんですか?西園寺さん」
「リアルに作ってたんだな、アイシャの奴」
誠の薄い灰色のステルス表面塗料の上に魔法少女やギャルゲーのキャラがたくさん描かれて、『痛ロボ』と言うことでミリタリー雑誌の紙面を飾った機体を見上げている。
「そうよ。すべてはこれをデザインした本人の資料を使ったんだから」
胸を張るアイシャとあまりの反響に照れている誠がそこにいた。
「ああ、そう言えば今日は明華の姐御は休暇だったな」
技術部員がちらほらとしか見られないことに気づいたカウラ。それを見てにんまりと笑うアイシャ。
「あれじゃない、式の衣装とか選んでるとか……」
前保安隊副長で実働部隊部隊長だった明石清海中佐と、技術部部長で事実上の保安隊の最高実力者と噂される許明華大佐の結婚はすでに翌年の6月と言うことが決まっていた。アイシャとカウラがちらちらと誠を見つめてくるのを無視して要が口を開いた。
「今からか?まだ11月だぜ。式は胡州と遼北。和式と中華って聞いてるけど……選ぶのにそんなにかかるのか?」
ぶっきらぼうにたずねる要に大きくため息をつくアイシャ。
「分かってないわね。私も姐御に見せてもらったけどカタログがこんなに厚いのが二つよ!」
アイシャが指を大きく広げるのを見て大げさだと言うように無視して更衣室のある二階へ上がる階段を上ろうとする要。だが、降りてきた技術部小火器管理責任者のキム・ジュンヒ少尉の姿を見て足を止めた。
「アタシのチャカ。上がったか?」
「ああ、それの件を含めてお話があったんですが……そう言えば島田は?」
キムがそう言うと遅れてきたカウラがハンガーの入り口を指差した。そこにはなぜかランに頭を下げている島田とサラの姿があった。
「なんだ?アイツに小火器関連の担当のお前が話があると言ったら……決まってるか」
要の言葉に頷くキムはそのまま階段を降りてランのところへと走った。その姿と誠達を見つけてランが一階の奥にある技術部の部屋を指差す。
「銀の弾丸でも支給してくれるのかね」
そんな茶化すような要の言葉だったが誠は冗談には受け取れなかった。
昨日、誠が手をかけた法術暴走で再生能力が制御できなくなり、化け物と化した法術師。その姿を見れば一般の武器で対応することが出来ないことは容易に想像ができた。
キムは二言三言ランから話を聞くと誠達のところに走ってくる。
「とりあえず俺の部屋に集合だそうです」
そう言って再び技術部の部屋の並ぶ廊下へ駆け込むキム。それを見ながらカウラは目で誠についてくるように合図するとそのままキムの消えた小火器倉庫に足を向けた。
キムについて火器管理室に入った誠に、職人じみた顔の初めて見る下士官達が目に入った。
「ちょっと待っててくださいよ、西園寺さん」
そう言って誠には何に使うのか分からない機械の間をすり抜けて姿を消すキム。
「リロードしてるのか?まあそうだろうな。神前のルガーだって弾はファクトリーロードじゃないって話しだし」
要はそう言うと誠の顔を見た。厚い眼鏡の小柄な女性下士官がそれぞれの使用している銃を並べる。
「えーと、じゃあクバルカ中佐」
そう言って中型拳銃を取り出す眼鏡の女性。ランが歩み出るとそこには銃と予備マガジンが二本。それに見慣れないハングル文字の書かれた箱に入れられた弾丸が置かれていた。
「こいつか……。マジで使えるのか?」
ぎりぎりカウンターに届く背のランが銃を手に取ると、慣れた手つきでスライドを引いて愛銃マカロフにマガジンを叩き込んでスライドを閉鎖する。
「一応、アメリカ陸軍の研究の資料から引いて作成したものですから大丈夫だと思いますよ」
おどおどと眼鏡の下士官が答える。
「マジで銀の弾丸かよ。狩るのは吸血鬼か?それとも狼男か?」
皮肉めいた言葉を吐く要。だが、女性下士官は相手にしないでランにジャケットの下にもつけれるようなショルダーホルスターを渡す。
「じゃあ、次は嵯峨茜警視正」
事務的な言葉に反応して茜が踏み出す。その目の前に小型のリボルバーを差し出す下士官。
「おい、リボルバーかよ。シャムじゃあるめえし」
そう言う要を一瞥すると茜も箱に入った特性の弾を手にする。
「ナンバルゲニア中尉とは違いますよ。M19の2.5インチ。スピードローダーは必要ですか?」
「お願いするわ」
茜にさらに丸い器具が渡される。茜はすぐに弾薬の蓋を開け、素早く357マグナム弾を手にした銃のシリンダーを開くと一発一発弾を込めていく。
「じゃあ、クラウゼ少佐」
待っていたかのようにアイシャが踏み出す。そしてごつい拳銃をカウンターの眼鏡の女性下士官から受け取る。
「H&K、USPの9ミリか。普通なんだな」
「普通?そう言われるとしゃくに障るわね」
予備マガジンを見ると誠と同じ9mmパラベラム弾が装弾されている。
「ああ、神前曹長。この弾だともしかすると相性が悪いかもしれないですから、神前曹長のは別に用意しました」
まるで誠の心を読んでいたかのようにその下士官は言った。
「私はアイシャの弾と混ぜて使っても良いんだろ?」
カウラの言葉を聞きながら下士官は彼女の銃SIGザウエルP226と予備マガジンを取り出してカウンターに並べた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作家名:橋本 直