小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 3

INDEX|75ページ/77ページ|

次のページ前のページ
 

「ごめん!俺の実力不足だ。楓の配属は防げなかった」 
「謝られても……私のところはレベッカに謝ってもらえばいいだけだから」 
 明華はそう言うと再び彼女らしい鋭い射るような視線で嵯峨を見つめる。誠は技官レベッカ・シンプソン中尉の豊かな胸を思い出し思わず頷いた。
「私のところより……」 
 マリアはそう言うとリアナに目をやった。女性相手にのみセクハラを働くだろう楓の被害が集中しそうなのは女性隊員だけで構成されたリアナの運行部だった。
「大丈夫とは思うけど……ちょっと注意しておいたほうがいいかしら」 
「それに越したことはないんじゃないですか?」 
「ワシもなあ……まあアホさ加減じゃもっと問題ある奴がおるけのう」 
 リアナは口に人差し指を当てて思いをめぐらせ、吉田は他人事のように構えていて、明石は黙って要の顔を覗く。要は向きになってそんな明石をにらみ返した。
「お父様。楓さんの人事は康子伯母様のご意向が働いたのではないですか?」 
 思いついたように口を開く茜に図星を指されたというように頭を掻く嵯峨。そしてその視線が要に向けられるとこの部屋にいる人々の視線は彼女に集中した。
「おい!お袋のせいにするなよ!大体ああいうふうに育ったのは叔父貴の教育のせいだろ?」 
「そんなことは無いぞ!俺は教育してないからな。ただどこかの誰かさんが姉さん気取りで西園寺家の庭の松に裸にした楓を逆さに吊るして棒でひっぱたいて遊んでいたからああいう性格になったという……まあそんなひどいことする餓鬼がいるわけ無いよな?」 
 嵯峨は感情を殺した表情で要を見つめる。誠はなんとなくその光景が思い浮かんだ。要は三歳で祖父を狙ったテロに巻き込まれて体の大半を失ったと言うことは誠も知っていた。今と変わらぬ姿で小さな楓を折檻する要の姿。思わず興奮しそうになる自分をなだめながら周りの人々の気配に顔を赤く染めていた。
「アタシは躾でやっただけだぞ!それにほとんどがアタシにキスしようとしたり、胸を揉んだりしたから……茜!何とか言え!」 
「認めましたね、要さん」 
 茜が要の肩を叩く。そして要も自分の言ったことに気づいて口を押さえたが後の祭りだった。
「まあ、鎗田を吊るす手つきがずいぶん慣れてたのはそのせいなのかしらね」 
 生ぬるい視線を要に向ける明華。隣でうなづくマリア。
「姐御!アタシは……」 
「サディストだな」 
「おい、神前。こう言うのをドSちゅうんか?」 
 腕組みをしてうなづく吉田。誠はあいまいな笑いを浮かべながら明石の質問に答えられずにいる。
「アイシャが聞いたら驚くだろうな」 
「ああ、アイシャちゃんはもう知ってるみたいよ。私にもいろいろ要ちゃんが楓ちゃんにしたこと話してくれたもの」 
 カウラとリアナのやり取りを聞いて、要は完全に負けを認めたようにうつむいた。
「って別に要をいじめるために集まってもらったわけじゃないんだけどな」 
「叔父貴、いつか締める。絶対いつか潰すからな」 
 要のぎゅっと握り締められたこぶしを見て思わず誠は一歩下がった。
「例の07式を潰した法術師ですか」 
 茜の言葉に浮ついていた一同の表情が変わった。嵯峨も手にした端末を操作して全員に見えるように机の上のモニターを調整した。
 そこには誠の機体からの映像が映し出されていた。法術範囲を引き裂いて進んでくる07式が急に立ち止まり、コックピット周辺を赤く染めた。そして内部からの爆発で焼け焦げる胴体。つんのめるようにして機体はそのまま倒れこんだ。その間十秒にも満たない映像が展開される。
「ランはこの芸当を見せた人物が先日、神前達の監視をしていた人物と同一人物と言ってるけど……隊長はどう思われますか?」 
 明華の言葉に嵯峨はただ首をひねるばかりだった。そして静かにタバコの箱に手を伸ばす。そして視線を娘の茜へと向けた。
「許大佐のおっしゃる可能性は高いとは思いますけれど確定条件ではないですわね。確かに私もいろいろとデータをいただきましたが、炎熱系の法術と空間制御系の法術の相性が悪いのは確かなのですが……」 
 茜はそう言いながらシンを見上げる。
「確かに両方をこれだけの短い時間で的確に展開すると言うのは私には無理です。ですが、訓練次第でなんとかならないかと言うとできそうだと言うのが私の結論です」 
 はっきりと断定するいつものシンの言葉に嵯峨の顔はさらに渋いものになった。
「まあそれなりの実力のある法術師と訓練施設を持つ第三者の介入か。あまり面白い話じゃねえな。しかも偶然ここにそんな人物がいたなんてのはどう考えてもありえる話じゃねえ、明らかにこの法術を使った人物は最低でも神前に関心があってベルルカンくんだりまでついて来る人間に絞られるわけだ。それでだ」 
 そう言うと嵯峨はモニターに表を展開させた。
「カント将軍の裏帳簿ですか。それなら……」 
「アメリカにはこいつで手を打ってもらったんだ。生きたままカント将軍を引き渡せばどんないちゃもんをつけられて同盟解体の布石を打たれるかわかったもんじゃねえ。そのためにご当人がお亡くなりになっていただいた。あちらも遼州星系内での活動を規制する条約に調印している以上、あまりごねれば自分の首を絞めることはわかっているだろうからね」 
 そう言うと嵯峨は取り出したタバコに火をつけて話を続ける。
「胡州が協力する見込みが無くなったからにはそう突っ込んでこの件を騒ぎ立てるのは一文にもならないくらいの分別はあるだろ。それにベルルカン大陸の他の失敗国家の独裁者達もしばらくは自重してくれるだろうからな。まったく俺も人が良いねえ、こんなに俺のことが大嫌いな人達の弱みを消し去ってあげたんだから」 
 名前は消されてはいるが、誠にもそのすさまじい金額の並んでいる帳簿に目を丸くしていた。
「まあ別のところで煮え湯を飲ませるつもりなんじゃないですか?」 
 明華の声に笑い声を上げる一同。だが、その中で伏せるまでもなく名前が空欄になっている部分がスクロールされてきた。
「名前が無いですね」 
 カウラの言葉に嵯峨はそれまで机の背もたれに投げ出していた体を起こした。
「名前が無いというよりも書く必要が無い、書きたくない人がこれだけの金額の利益を得ていたと言うことだな」 
 二桁違う金額が並ぶ名前の記載の無い帳簿。それを眺める嵯峨の言葉に一同はしばらく彼が何を言おうとしているかわからずにいた。
「名前を書きたくない……そんな人に金を流したんですか?なんで?」 
 呆然と帳簿を見つめる誠の背中に鋭い声が飛ぶ。
「それがわかれば苦労しないわよ。お父様。この金銭の流れの裏づけは取れているのかしら?」 
 茜が急に身を乗り出す。
「吉田、どうだ?」 
「他の面々は証拠がそれなりにあるんですが……こいつだけはどうしても足がついてないんですよ。まるで直接集金人が取り立てに来ていたみたいで……まあ別ルートで大量の金塊をカント将軍は購入しているという裏が取れましたからおそらくその金が使われた可能性は高いですね」 
 吉田の言葉に逆に茜は目の色を変えた。
「つまり、何時でもカント将軍に会える立場にいた人物と言うことになりますわね」