遼州戦記 保安隊日乗 3
その言葉に要は複雑な表情を浮かべて茜の姿を眺めていた。
「まあそう言うことになるわけだが、まあ記録に残るような会い方はしてるわけがねえよな?」
嵯峨はそう言うとタバコをくわえながら要を見つめた。
「はいはい、アタシの顔でどうにか探れって言うんだろ?どこかのお上品なお嬢様とは違っていろいろコネがあるからな。汚れ仕事も便利なもんだ」
「期待していますわよ、『胡州の山犬』さん」
東都での破壊行為で裏社会を恐れさせたと言う要の二つ名を微笑んで口にする茜。要は聞き飽きたと言うように軽く右手を上げて誠の口をふさいだ。
「ですがこの入金を受け取ってた人物はなんで今回のバルキスタンへの出動を妨害しなかったんでしょうか?これだけの資金源を得るルートなんてほかになかなか見つけられるとは思えないんですが」
カウラのそんな言葉に嵯峨は頭を掻いた。
「もう十分に稼いだってことだろ?それにこういうやばい仕事は引き際が大切だ。その点じゃあこの金塊をもらった人はそれなりに知恵のある人物ってことだろ?」
「さっきから隊長の顔を見ているとまるで神前曹長を助けた法術師と金塊を譲り受けた人物が同一人物であるような感じに聞こえるんですが……」
マリアのその言葉にタバコをくわえながら下を向く嵯峨。
「そうだよ、少なくとも現時点では俺はそれが同一人物だと思っている。まあ8分くらいはそう言うつもりで話しているんだけどな。そうでなければ誠にこれほどかわるがわる法術師をあてがっている理由が説明できねえよ」
小さな国の国家予算規模の金塊を手にした法術訓練施設を保有するテロリストが目的もわからず行動している。誠は自分の背筋が凍るのを感じていた。
「それとこのことは内密にな。俺がもしその組織のトップにいれば金塊と法術組織のつながりを探るような行動をとる公的組織があれば全力で潰しにかかるぜ。これだけの支援をバルキスタンから引き出せる人物が間抜けな人間であるわけがねえだろ?」
この場にいる誰もが嵯峨の意図を汲み取ってうなづく。そして東和軍や同盟司法局に対してもこれが秘匿されるべき話だと言うことは誠にもわかってきた。
「まあつまらない話はこれくらいにしておくか?」
そう言った嵯峨の表情が急に緩んだ。
「ちょっと急な話だったからできなかったけど、とりあえずうち流の歓迎を第三小隊の皆さんにもしてあげようじゃねえの」
タバコを吸い終えた嵯峨はそう言うと立ち上がった。
「でもあまさき屋くらいは今日行きましょうよ」
手を叩いて微笑むリアナ。酒が飲めると思って表情を緩める明石。
「それじゃあ鈴木、春子さんへの連絡頼むわ。じゃあ解散だな」
そう言って再びタバコに火をつける嵯峨。明華達は部屋を出て行く。
「要坊、楓の奴と仲良くな!」
「できるか馬鹿!」
部屋を出ようとする誠とカウラの背中に要の捨て台詞が響く。
「お姉さま!」
突然保安隊詰め所から声が響く。要はそのまま廊下を走って消えていく。
「僕の何がいけないんだろう?」
そう言って耳にかかる後れ毛を弄りながら声の主の楓が誠をにらみつける。誠はその迫力に押されて立ち往生した。楓はすでに保安隊の東和軍と同じオリーブドラブの男性佐官用の制服に着替えて同じ姿の渡辺を従えて立っていた。
「どうぞ……よろしく……」
震えながら挨拶を搾り出す誠を見つめる冷たい楓の視線。カウラはただ同情するような視線を誠に投げかけていた。
季節がめぐる中で 49
「嵯峨少佐、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
カウラの言葉にあからさまに誠に向けていた敵意をほぐす楓。そしてその手は当然のようにカウラの胸に向かった。
「あの……」
「大丈夫、自信を持って……」
そう言うと静かに平らなカウラの胸をさする楓。それを見ている誠は次第に顔が赤くなるのを感じていた。
「うん、ベルガー大尉。飾らない胸も素敵だよ」
楓はそう言うと笑みを浮かべて部屋に入っていく。そう言われたカウラはほうけたような顔で誠を見つめた。いつもの緊張感で支えられているような鋭い視線はそのエメラルドグリーンの瞳にはもはやなかった。
「神前……」
「大丈夫ですか?」
誠の声にすぐに自分を取り戻したカウラは東和軍教導隊から運ばれてきたばかりの執務机に向かった。誠も隣の自分の席に向かう。そして机の上に花が置いてあるのを見つけた。
「これは誰ですか?」
そう言った誠の視界の隅でそっと手を上げるのはアンだった。誠の背筋に寒いものが走る。
「神前曹長。人の好意は受けておくものだな」
楓の言葉に仕方なくぎこちない笑みを浮かべる誠。そんな彼が入り口で中の様子を伺っている要を見つけた。
「西園寺!とっとと席に着け!」
カウラの言葉に仕方なく部屋に入った要は、楓の方をびくびくしながらうかがった。楓はまじめに通信端末の設定をしており、安心したように要は自分の席に座る。
「ああ、お姉さまの机の設定は僕がしておきましたから!」
そんな楓の一言に要はあわててモニターを開いた。大写しされる楓の凛々しい新撰組のような段だら袴に剣を振るう姿。
「楓様素敵です!」
思わず叫ぶ渡辺。ただ黙って感心する吉田とカウラ。
「ちょっとこれは……」
誠がそうつぶやくと再び楓の鋭い視線が誠に向けられる。
「わかったよ!これを使えばいいんだろ!」
そう言ってそのまま自分用にモニターの仕様を変更する要。楓はその姿を確認すると笑みを浮かべながら自分の作業を続けた。
「誠ちゃん!今度のコミケのネームなんだけど!」
大声を張り上げて入ってくるアイシャ。誠にとってこのときほど彼女の存在がいとしいと思える瞬間はなかった。そのまま立ち上がったのは誠と要だった。要はそのまま誠とアイシャの肩を抱えて部屋を出ようとする。
「西園寺!仕事しろ!」
カウラの怒鳴り声を聞いて要はめんどくさそうに振り向いた。
「ああ、遠隔でやっとくよ!それより今度のあのコミックマーケットって奴だ」
「ふうん貴方からそう言うこと切り出すなんて珍しいわね」
部屋の中に取り残される楓を見て状況を察したアイシャは彼女もつれてそのまま外に出る。
「一応、誠ちゃんの端末にネームは送っておいたけど確認できる?」
アイシャはそのまま部屋から離れようとする要の勢いに押されながらも誠の腕に巻かれた携帯端末を指差した。
「ああ、後で確認します。ところで、西園寺さん?」
「もう少し歩こうじゃねえか、な?」
明らかに引きつった表情でそう言う要にアイシャは何かをたくらんでいるような視線を向ける。
「作業中、夜食とかあるといいわよね。できればピザとか」
「わかった神前とオメエとシャムとサラとパーラの分だろ?ちゃんと用意するよ」
要は即答した。その様子にさらに押せると踏んだアイシャは言葉を続けた。
「甘いものは頭の回転を早くするのよね……まあ飴とか饅頭は持ち寄るから良いんだけど……」
「なんだ?駅前のお姉さんご用達のケーキ屋のか?わかった人数分用意する」
そのまま要はコンピュータルームまで二人を押していくと、セキュリティーを解除して中へと誠達を連れ込む。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直



