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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 二人のところからカント将軍までの距離は700メートル。自分で使用済みの薬莢に火薬を詰めなおして調整した弾の軌道はすでにキムの頭の中には叩き込まれていた。警戒しつつ移動するカント将軍と警備兵。その白い頭を中心に捕らえながら静かに引き金を引き絞るキム。
 彼の銃が火を噴く。強力な308ウィンチェスターマグナム弾の反動で肩に走る痛み。すぐに次弾を装填してスコープの中を覗き込んだキムの前で首のない将軍だった肉の塊が倒れこむのが見えるのと、突入部隊が警備兵達の上空にガス弾を撃ち込むのがほぼ同時に見えた。
「このまま脱出するぞ」 
 エダはそう言うとライフルを先ほどの特殊部隊の方に向けながら伏せているキムを地面から引き剥がした。
『作戦成功おめでとう』 
 全速力で駆け出した二人に無線が届く。
「隊長も人が悪いな。どうせあの突入部隊に情報を流したのもあのおっさんなんじゃないのか?」 
 キムはそう言いながら背後から飛んでくる弾丸の雨の中を駆け抜けた。第三勢力の介入を予知したアメリカ軍の特殊作戦部隊のけん制射撃が散発的に続く中二人はただひたすらに走り続けた。
 潅木の茂みを抜けると原生林が始まる。その森に入ることは危険だと悟ったエダが森の際で停止するようにキムに手で信号を送る。キムは立ち止まるとその場にしゃがみこんで背後をうかがった。挟撃を恐れたアメリカ軍の突入部隊は追跡は続けているようだが発砲をやめて息を潜めていた。
 森の中には気配がなかったが、エダはそのまま姿勢を下げるようにハンドサインを送る。狙撃銃を背中に背負い、腰から拳銃を取り出すと警戒するキム。
『賢明だね。そこにはカント将軍の脱出を予期して一個分隊が伏せているよ。少し待ってくれたまえ』 
 二人はそのまま大地に伏せる。篭ったような消音ライフルと思われる射撃音と何かがぶつかるような音が森の中から聞こえる。
『待たせたね。とりあえず胡州の兵隊さんにはババを引いてもらったよ』 
 そんな二人の上司の言いそうな台詞を聞いてそのまま森に侵入した。強力なライトで二人の視界が奪われる。そして顔にフェイスペイントをした上に部隊章を取り外した遼南軍の戦闘服を着た兵士が駆け寄ってくる。
「お疲れ様でした、とりあえず脱出します!」 
 その兵士はそのまま走り始める。森から現れた兵士達はキムとエダの二人の後ろを警戒しながらジャングルを走り始めた。
「ここまで隊長は考えていたのか?」 
「そんなわけ無いじゃないですか。あの人は大筋のプランをよこしただけですよ。後は青銅騎士団の御子神大佐の対応プランによるものです」 
 そう言いながら反撃を無視して走り続ける。森のはずれに装甲車両が鎮座していた。
「ご苦労様でした!」 
 運転席のハッチから顔を出している兵士の敬礼を引きつった笑みで受け流しながらエダとキムはお互いの顔を見ながら笑いあっていた。


 季節がめぐる中で 47


「ふー。疲れったなあ、今度は……」 
 保安隊隊長室。湾岸の宇宙港から愛車のスバル360でまっすぐここに戻ってきた嵯峨は部下達の報告書に目を通し終わり、ガラクタだらけのこの部屋で大きく伸びをしていた。すでに深夜4時。目をこすりながら通信端末の電源を落とすとそのまま首を左右に曲げて気分を変えようとしていた。
 そこにノックをする音が響いた。
「おう!開いてるぜ」 
 嵯峨の声に扉が開くとそこには彼の娘であり同盟司法局法術特捜本部部長である嵯峨茜がお盆にポットと急須、そして湯のみを載せたものを運んできた。
「なんだ、まだいたのか?」
 困ったような顔をする嵯峨。 
「ええ、やはり全五千件の法術犯罪のデータのプロファイリングということになると要さん達やラーナだけには任せて置けなくて……」 
 そういうと静々と銃の部品や骨董品が雑然と転がる隊長室の応接セットに腰を下ろした。そのまま湯飲みにポットからお湯を注ぎくるくると回す茜。 
「自分で手を下さねえと気が済まねえってところか?損なところだけ似たもんだな。俺も今回は寿命が縮んだよ」 
 立ち上がって後ろにおいてあった胡州への旅の荷物を解いた嵯峨は中から生八橋を取り出した。
「お父様、それは昨日食べました」 
 眉をひそめる茜だが、気にすることなくそのまま応接セットに座る茜の正面に腰掛けると包装紙を乱暴に破りながら開ける。
「ああ、俺はこいつが好物なんだ」 
「まるで子供ですわね」 
 そう言いながらにこりと笑う茜。嵯峨は箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでつかんで無理やり引きちぎる。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。
「その様子ですと作戦は成功ということですか?」 
 急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。
「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど」 
 そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八橋を広げてその一つを口に運ぶ。
「そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれますわよ」 
 仕方が無いと言うように八橋を手に取ると自分の湯飲みに手を伸ばす茜。時々外から機械音が響く。
「今回は物的損耗が少なかったのが救いだな。しばらくは技術系の連中には休みがやれるからな」 
 そういうと二つ目の八橋に手を伸ばす嵯峨。
「それより茜、プロファイリングとかなら吉田を貸そうか?あいつはそういうこと得意だし」 
 さらに三つ目の八橋に手を伸ばす父を冷ややかな目で見つめる茜。
「ええ、そうしていただければ助かりますわ。吉田さんの指導で要さん達が使えるようになれば心強いですし……お父様?」 
 まじめな顔の茜を見つめ返す嵯峨。彼の口には四つ目の八橋が入ろうとしていた。
「食べすぎです」 
 そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。


 季節がめぐる中で 48

「結局指名は無し……良いんじゃねえの?」 
 ぼんやりとカウラのスポーツカーの助手席から外を眺めているアイシャに後ろの席から要が声をかける。法術適正者が指名の対象から外れると思われていた東和職業野球ドラフトは、法術制御技術により指名の障害にならないとわかると逆に法術適正者を優先して指名する流れとなった。
 アイシャがバルキスタンから帰国した新港にも一応保安隊の駐屯地である豊川のミニコミ誌の取材が来ていたが、それが最後。今ではどこにも記者達の姿は見ることが無かった。
「もしかして指名されたら……とか考えていたのか?」 
 ハンドルを握りながらカウラはそう言って一言もしゃべろうとしないアイシャを眺める。
「そんなんじゃないわよ」 
 ぼそりとアイシャがつぶやいた。カウラは菱川重工豊川工場の通用門に車を向ける。
「でも本当に神前は大丈夫なのか?検査とか受けたほうがいいんじゃねえの?」