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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 黙って下を向いている誠の隣から顔を近づけてくる要。誠も彼女に指摘されるまでも無く倦怠感のようなものを感じながら後部座席で丸まっていた。
「大丈夫ですって!シュペルター中尉も自然発生アストラル波に変化が無いって太鼓判を押してくれましたから。それに昨日まで寝てたのはただの三日酔いですから」 
 車は出勤のピークらしく工場の各現場に向かう車でごった返している。カウラは黙って車を走らせる。
「生協に寄るか?」 
 カウラの言葉にアイシャは首を振った。顔を突き出していやらしい笑みを浮かべる要。
「やっぱり急にマスコミの取材が無くなってさびしいんだろ?」 
 首を振るアイシャを見ていた誠。その眼前に保安隊の駐屯地を覆うコンクリートの壁が見えてくる。その前にはランニングしている菱川重工豊川野球部のユニフォームの選手達が見えた。
「あれ見りゃわかるだろ?上を狙ってる連中は努力を忘れねえもんだ。オメエはただ漫画読んでにやけているだけだろ?」 
 上機嫌にアイシャの紺色の髪に手を伸ばす要。
「痛いじゃないの!本当に要ちゃんは子供なのね」 
 突然髪を引っ張られて要をにらみつけるアイシャ。
「おう、子供で結構!なあ、神前」 
 その異様にハイテンションな要に苦笑いを返す誠。車は警備部が待機しているゲートに差し掛かる。
「ヒーローが来たぜ!」 
 後部座席の窓に張り付いてブイサインをする要。それを見つめる警備部の面々。あのバルキスタンでの勇姿が別人のことのように見えるだらしない姿の彼等に誠はなぜか安心感を感じていた。
「おう、写真はアタシの許可を取ってから撮れよ!それとサインは一人一枚ずつだ!」 
「西園寺さんはいつ神前のマネージャーになったんですか?」 
 車の中を覗き込んで笑顔を浮かべる彼等に要が手を振るとカウラが車を発進させた。
「ずいぶんと機嫌がいいわね」 
 沈んだ声でアイシャが振り向く。要は舌を出すとそのままハンガーを遠くに眺めていた。
「もう少しデータが取れれば良かったんだがな」
 カウラはわけもなく浮かれている要を一瞥する。 
「そんなの必要ねえだろ?05式は最高だぜ。特に不足するスペックが出なかったんだから良いじゃねえか」 
 カウラの言葉にも陽気に返事をする要。誠は逆にこの機嫌の良い要を不審に思いながら、落ち込んでいるとしか見えないアイシャを眺めていた。
 駐車場に滑り込むスポーツカーに駆け寄る少女の姿があった。ナンバルゲニア・シャムラード中尉はその車の後部座席に誠の姿を見ると駆け寄ってくる。
「おい、どうしたシャム」 
 無表情で車の助手席から降りたアイシャ。それに続いて降りてきた要を無視してシャムは狭苦しさから解放されて伸びをする誠の肩を叩く。
「誠ちゃん!隊長が呼んでるよ!急げって」 
 そう言い残すとシャムは公用車のガレージの前につながれている彼女の相方の巨大な熊、グレゴリウス13世のところへと走り去る。
「なんだ、また降格か?」 
 相変わらずの上機嫌で誠の肩を叩く誠。
「じゃあ先に着替えますから」 
 誠はそのまま珍しく正門から保安隊の隊舎に入った。
 まだ時間も早く、人の気配は無かった。誠はすぐさま目の前の階段を駆け上がり、二階の医務室を横目に見ながらそのまま男子更衣室に入った。
 そこには見慣れない浅黒い肌の少年が着替えをしていた。見たことの無い少年に怪訝そうな顔を向ける誠。少年は上半身裸の状態で誠を見つけると思わず肌を脱いだばかりのTシャツで隠した。
「新人君か?」 
 誠はそのまま自分のロッカーを開けてジャンバーを脱ぎだした。
「神前誠曹長ですよね?」 
 おどおどとした声はまるで声変わりをしていないと言うような高く響く声だった。
「ああ、そうだけど。君は?」 
「失礼しました!本日から保安隊実働部隊第三小隊に配属になりましたアン・ナン・パク軍曹です!」 
 少年はTシャツを投げ捨てて誠に敬礼する。あまりに緊張している彼に誠は苦笑いを浮かべながら敬礼を返した。
「そんなに緊張することじゃないだろ?それにしても君は若く見えるね、いくつ?」 
 相手が後輩らしい後輩とわかると自然と自分の態度が大きくなるのに気づきながらも誠は少年にそう尋ねた。
「先月19歳になりました!」 
 直立不動の姿勢で叫ぶアンに誠は照れて頭を掻く。
「そうか、まあそうだよな。パイロット研修とかしたらそうなるよね。それにしてもそんなに緊張しないほうがいいよ。僕も正式配属して半年も経っていないし……」 
 そう言う誠にアンは安心したと言うように姿勢を崩した。
「やっぱり思ったとおりの人ですね、神前曹長は」 
 急にしなを作ったような笑顔を浮かべながらワイシャツに袖を通すアン。誠はそのまま着替えを続けた。
「僕はそんなに有名なのかな?」 
「すごい戦果じゃないですか!初出撃で敵アサルト・モジュールを七機撃墜なんて常人の予想の範囲外ですよ。そして先日の法術兵器の運用による制圧行動。遼南でもすごい話題になってましたよ」 
 ワイシャツのボタンをとめるのも忘れて話し出すアンに正直なところ誠は辟易していた。
「ああ、そうなんだ。じゃあアン軍曹は遼南帝国軍からの転属?」 
「はい、遼南南部軍管区所属二十三混成機動師団からの出向です」 
 はきはきと誠の顔を見ながらうれしそうに話すアン。誠はそのこびるような口調を不審に思いながらも着替えを続けようとズボンのベルトに手をかけた。
 ズボンを脱いで勤務服のズボンを手に取ったとき、誠はおかしなことに気づいた。先ほどから着替えをしているはずのアンの動く気配が無い。そっと不自然にならないようなタイミングを計って振り向いた。誠の前ではワイシャツを着るのを忘れているかのように誠のパンツ姿を食い入るように見ているアンがいた。
「ああ、どうしたんだ?」 
 誠の言葉に一瞬我を忘れていたアンだが、その言葉に気がついたようにワイシャツのボタンをあわてて閉めようとする。その仕草に引っかかるものを感じた誠はすばやくズボンを履いてベルトを締める。
 だが、その間にもアンはちらちらと誠の様子を伺いながら、着替える速度を加減して誠と同じ時間に着替え終わるようにしているように見えた。
『もしかして……』 
 冷や汗が流れる。初対面の相手。できればそう言う想像をしたくは無かったが、アンの視線は明らかに大学時代に同性愛をカミングアウトした先輩が誠に向けていた熱い視線と似通っていた。早く、一刻も早く着替えてしまいたい。誠はアンから目をそらすと急いで着替え始めた。そうすると後ろに立っているアンもすばやく着替えようとする衣擦れの音が響いてくる。
 焦った誠はワイシャツにネクタイを引っ掛け、上着をつかむと黙って更衣室を飛び出した。誠は二人だけの状況から一秒でも早く抜け出したかった。そのまま振り向きもせずに早足で実働部隊の詰め所に向かう。
「おお、なんじゃその格好。たるんどるぞ」 
 思い切りよくドアを開いた誠。新聞を読んでいた明石がの格好に顔をしかめた。息を整えつつ自分の席に向かう誠。明石の隣の席の吉田は明らかに何かを知っていると言う表情で意味ありげな笑いを浮かべている。