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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言うランは手元の端末を操作して05式乙型の隣のテントの下で、まるで子供のように言い争いをしている要達を映した。
「まあ、そこはクバルカ中佐の腕の見せ所じゃないですか?あいつ等だって素質的には私以上のものがあると考えています。問題のなのは、どういう方向で育てていくかですよ」 
 シンの言葉にランはそのまま椅子の背もたれに華奢な体を預けた。
「鍛えがいが有るってことだな。まあそのほうがアタシとしては面白いけど」 
 大画面の中で要がアイシャにヘッドロックをかけている。隣のコックピットの中の映像では、誠が頭を下げながら二人を宥めていた。
「まあ、あのおっさんの集めた人材がどれほどのものか。それが楽しみって言やあ楽しみなんだけど」 
 ランはそう言うと笑顔を浮かべて画面を眺めた。


 季節がめぐる中で 7

「そう言えば、挨拶行かないの?」 
 機体を降りた誠の前でさんざん要にプロレス技をかけられていたアイシャが、屈伸をしながらカウラの顔を見上げる。
「そうだな。久しぶりだから顔を見せておくのもいいかも知れないな」 
 そう言いながらエメラルドグリーンのポニーテールを秋の風になびかせるカウラ。だが、一人眉をひそめているのが要だった。
「おい、あの餓鬼のところに行くのかよ?」 
「餓鬼って……?」 
 ヘルメットを脱いで小脇に抱えながら、話題についていけずに呆然としていた誠が尋ねた。
「お前なあ。一応元東和のパイロットだろ?東和のエースと言えば……って戦争と無縁な軍隊じゃあしゃあねえか」 
 そう言うと要は頭を掻いた。彼女が言いたいのが数年前まで続いていた隣国遼南の動乱とそれに不介入の姿勢を示していた東和の一市民であることを誠に思い出させるためのものであることはすぐに分かった。。
 遼南内戦。大国の利権が入り乱れたその戦いの中、遼州の盟主を自認する東和は遼南北部の飛行禁止空域を設定した。そしてそれがただの脅しではないと宣言するように違反機を数機撃墜した記録もあった。激烈な地上戦が共和軍と人民軍の間で行われ、共和軍を支持する地球諸国や胡州による介入や遼北の亡命部隊の活動があったことは誠も新聞などで熟知していた。
「クバルカ・ラン中佐と言ってな。私達が保安隊に配属になる前に教導官として担当してもらったエースだ……まあ遼南内戦で共和軍での戦果なんだがな、撃墜数は。結局共和軍が負けて東和に亡命してきたわけだ。実際に隊長やシャムとはぶつかっているそうだからそれなりの腕だということになっているぞ」 
 そう言うカウラの顔は、しかめっ面の要に比べて嬉しそうに誠には見えた。
「ありゃサド餓鬼だよ」 
 要はそう言うとタバコに火をつける。
「あの人には要ちゃんはいじられたからねえ。今でも恨んでるの?」 
 首をぐるぐると回して、要にかけられた関節技の痛みを散らしながらアイシャがにやけた顔を要に向ける。
「あの餓鬼、いつか……」 
「おう、元気そうじゃねーか!」 
 急にかけられた少女の声に誠が振り向いた。シャムより小柄で、身長は130センチあるかどうかと言う少女がそこに立っていた。
「あのー……」 
「オメーか、神前誠って言うへたくそパイロットは?」 
 急に偉そうな子供が現れたので誠は戸惑っていた。周りを見ると、アイシャとカウラが直立不動の姿勢で敬礼をしている。要でさえ、タバコを携帯灰皿でもみ消して、とってつけたように敬礼をした。
「そう硬くなるなよ。明石中佐の前じゃあもう少し楽にしているんだろ?なんでも『タコ中』って呼んでるそーじゃねーか」 
 余裕のある態度で少女は声をかける。三人の上司達が敬礼をする様を慌ててみながら、誠もようやく取ってつけたような敬礼をした。そして自然と彼の視線は少女の階級章に移って行った。
 少女の襟章に中佐の二つの星を見つけて、誠は改めて飛びのくようにして敬礼をした。
「本当にオメー等あの嵯峨の旦那の部下か?あのおっさん仕込の流儀なら『いい子ねえ!飴玉いる?』とか冗談飛ばすくらいの余裕がねーと」 
「じゃあ……、いい子ねえ……」 
 そう言って手を伸ばしたアイシャの後頭部にランの延髄斬りが炸裂する。
「誰がいい子じゃい!」 
 さすがに小学校低学年位の体格のランでは長身のアイシャを倒すことができなくて、アイシャは後頭部をさすりながら苦笑いを浮かべていた。
「あの、冗談は良いとしてよ。なんでここに居るんだ?」 
 スカートのすそを整えているおかっぱ頭のランを見下ろしながら要がつぶやいた。
「そりゃあこっちの話だ。テメー等も非番のはずだろ?ここは東和軍の敷地だ。しかも秘密兵器の実験をしてるところにのこのこ入ってきやがって。軍や司法機関の職員だって言う自覚はねーのか?」 
 そう言って元々目つきが悪いランが要をにらみつけた。しかし要にはまるで効果が無いようで、口笛を吹きながらランの言葉を聞き流している。
「お言葉ですが、法術兵器の使用については術者の身体や精神に過度の負担がかかると聞いていますから、彼の上官としてそのケアに当たるための方策を……」 
 カウラがそこまで言うと、ランが彼女をにらみつけた。思わずその迫力に気おされて黙り込むカウラ。そしてその視線は隣で引きつった笑みを浮かべるアイシャと要を移ろいにんまりとした笑みへと変わる。
「へー、神前曹長。モテモテなんだなオメーは」 
 そう言って誠の肩を叩こうとするが、途中で背伸びをして手を伸ばす姿があまりにも間抜けになると気付いたのか、ランがは誠にボディーブローを放った。
「うおっ!!」 
 みぞおちに決まった一撃でそのまま倒れこむ誠。
「中佐!」 
 さすがのカウラもたまりかねて二人の間に割り込んだ。 
「鍛え方が足りねーみたいだな。安心しな。これからはちょくちょくテメエ等のところに顔を出すことになるだろーからよ」 
 そう言うと誠に寄り添うアイシャとカウラを残してランは管制塔へと去っていく。
「相変わらず傍若無人な奴だねえ。神前、大丈夫か?」 
 誠は要の言葉を聞くとゆっくりと立ち上がった。
「ええ、まあ」 
 ランの腹への一撃で噴出した脂汗を拭いながら誠は立ち上がった。
「じゃあとっとと着替えて来いよ」
 そう言って誠から目を逸らして実験を眺めていた東和陸軍の兵士達の群れに向かっていく要。 
「あのーもしかして迎えに来てくれたんですか?」 
 ようやく気がついたように誠は三人にそう言った。頭を掻きながら天を見つめるカウラ。立ち止まって誠に背を向けたままポケットから取り出したタバコをくわえながらわざとらしくライターを探している要。生暖かい視線を誠に送る西を威嚇するアイシャ。
 とりあえず逆らわないことが身のためと思った誠はそのまま駆け足でトレーラーの止めてあるハンガーへと急いだ。


 季節がめぐる中で 8

「狭い!」 
「なら乗るな」 
 カウラのスポーツカーの後部座席で文句を言う要をカウラがにらみつける。仕方なく隣で誠は小さく丸くなる。空いたスペースは当然のように要が占拠した。高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に向かう車。
「でも、あれよね。ランちゃんのあの言葉、気になるわよねえ」