遼州戦記 保安隊日乗 3
そんな西の言葉だが、この状態を維持するのは非常につらいものだった。模擬干渉空間の維持にはかなりの精神力が必要になる。少しでも法力の維持を怠ればはじめからやり直し。しかし、これを兵器として使用するためにはこの状態を維持しつつ、周囲に気をかけるくらいのことが出来なければ意味が無いことも誠は十分にわかっていた。
『いつも西園寺さんやカウラさんがいるとは限らないからな』
そう思いながら静かに西のいる野戦管制室を見る下ろした。三人の東和陸軍の作業服を着た女性が西と話をしているところだった。
『西園寺さん?カウラさん?それにアイシャさん?』
「よう!元気にしとるか!」
「駄目ですよ!今大事なところなんですから!」
西の制止を無視してモニターに飛び込んできたのは西園寺要のタレ目だった。
「馬鹿だねえ西の餓鬼は。この位の邪魔で撃てなくなるなら意味ねえじゃねえか」
そう言っていつものようにまなじりを下げる要。そこに割って入ったのはアイシャ。
「ねえ、あの小さい姐御に苛められなかった?」
「小さい姐御って誰ですか?」
誠の言葉に横にいたエメラルドグリーンのポニーテールに話しかける。
「邪魔するなと言ったじゃないか」
その髪の持ち主のカウラがつぶやいた。『小さい姐御』と言う言葉がつぼに入ったのか、要がカウラの隣で腹を抱えて笑っている。
「あのー。ちょっと黙っていていただけますか?」
ついそう口に出した誠。
「酷い!誠ちゃんには私の言葉は届かないのね!」
わざと泣き声を装うようにアイシャの声が響く。画面の端からアイシャの肩を叩いているのはカウラだろう。
「そう言う意味じゃないんですけど……」
誠がそう言ったとき、管制室の画面が05式の全周囲モニターに開いた。
「遊んでるんじゃないぞ!とりあえず標的の準備はできた。最終安全装置の解除まで行ってくれ」
ヨハンの顔が大写しにされて、誠は少しばかり引き気味に火器管制システムの設定に移った。訓練場を示す地図が開き、誠の干渉空間が展開される。干渉空間には二種類あり、その活用方法については誠は飛躍的に制御技術向上させていた。
一つは直接展開空間。
それは平面状に展開され、シールドや位相転移、すなわち瞬間移動などを行うことができる展開発動者専用の空間である。これを展開できるのは保安隊でも誠と隊長の嵯峨だけと言う特殊な技能である。
そしてもう一つが一般に『テリトリー』と呼ばれる干渉空間だった。
それは展開した法術者の意識レベルによって変性可能な干渉空間である。その『テリトリー』の運用に長けているのはパイロキネシストとしての能力を展開した空間内で発揮できるシン。思考サーチなどが可能な能力を有しているマリア。そして内部空間の時間軸をずらすことで相対的運動性を発揮することができる実働部隊第一小隊のエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉がいた。
干渉空間、テリトリーの展開を開始すると、下で騒いでいた要達の顔色が変わった。再び誠の全身から力が抜けていくような感覚が走る。
「干渉空間展開率30……40……50……」
小さなウィンドウに記された演習場の地図が次第に赤く染まる。目の前を見ると、干渉済みの空間がゆらゆらと陽炎のように誠の目に見えた。
「法術エネルギーブースト開始。最終安全装置の解除を確認」
そう言うと誠は火器管制モードになった画面を見つめる。さすがにこの状況ではふざけるつもりが無いようで、足元で観測機器をいじっている西を要達三人は黙ってみているようだった。
「周囲に識別反応無し!発射よろし!」
ヨハンの指示が下される。誠はトリガーに指をかけた。
「発射!」
誠がトリガーを引いた。薄い桃色の光線が揺らめく干渉空間を飲み込む。反動や爆風が起こることも無く、目の前が桃色の光で満たされた。その光景が見えたのは一秒にも満たない瞬間だろう。
戻った視界の中に見えるのは発砲前とまるで変わらない演習場の景色だった。
「なんだよ。こりゃ?」
はじめに口を開いたのは要だった。誠も、干渉空間を解除する脱力感の中で非常に手ごたえのなさを感じていた。
「これはですねえ、広域犯罪やテロなどの非常事態に被疑者の意識を奪うことで事件解決の……」
「んなことはわかってんだよ!だけどなんだ?こんなでかくて強そうな武器だっつうのに、なあ!」
まじめに説明しようとする西を押さえつけて要が話題をアイシャに振った。
「確かに。カタルシスと言うものが無いわね」
そう言って頷く紺色のロングヘアーをかきあげるアイシャ。
「貴様等……何がしたくて軍に入ったんだ?」
呆れ顔のカウラ。
一方、観測機器のデータをスタッフに収集させているヨハンはそれどころではないようで、モニターには渋い表情とその二重顎が映っている。誠は砲の安全装置を設定し、軽く伸びをした。
確かに四十キロ四方に干渉空間を展開し、その内部に法術系攻撃をかけると言う内容を聞けば恐ろしく疲れそうな武器と思っていたが、意識ははっきりしているし、前もって聞かされていた予想に比べれば疲労度はたいしたことではなかった。
季節がめぐる中で 6
「観測機器のデータは?」
画像一杯のピンク色の光線が消えるとランは指揮席に腰を下ろしてオペレータ達に指示を出す。
「各ポイントのセンサーのアストラルダメージ値、すべて想定威力を越えています」
オペレータの言葉にランは椅子に座りなおす。
「これで威力に関しては十分であることがわかったわけですか」
そう言いながら禁煙パイプを口にくわえてモニターを眺めるシン。彼の法術の指南でここまでのデータを出せて安心しているようにコックピットで首をひねっている誠を見つめていた。
「この結果に見合う予算は出しているんだから……。当然このくらいの成果は無いと困りますよ」
高梨はそんなシンを見ながら次射の準備の指示を出しているヨハンを眺めていた。
「指揮官としてはこの兵器はどうなんですかね?クバルカ中佐」
そんな高梨の言葉に、ランは少しばかり表情を曇らせた。
「運用が難しい兵器だよな。確かに攻撃範囲やその効果を考えると、使い方によっては非常に有効な兵器であることは間違いねーが、チャージの時間が長すぎる上に使えるパイロットが限られてくるとなるとそうそう前線に出せる代物じゃねーし……それに最新の07式じゃあ法術対策の鉛合金のシェルをコックピット外周に張り巡らした装置まで積んでるらしいじゃねーか。それなりの軍隊相手に一戦するときに仕える兵器じゃねーな」
ランは高梨を見つめながらそう言って頭を掻いた。
「やはり厳しいですね、中佐は。ただうちはあくまで司法執行機関で戦争をする軍隊じゃないですから。テロリスト相手なら保安隊の部隊構成が完成すれば問題は無いでしょう。第一小隊が遊撃隊として敵主力を火線軸に誘導。第三小隊、第四小隊の戦線保持の間に第二小隊は目標地点に到達、発射。それがこなれてくれば保安隊の出動が予想される大概のケースには対応可能だと思いますよ」
シンの言葉に渋々頷くラン。
「そうなると、余計あの馬鹿娘達の教育が必要になるわけだ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直