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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言ってなだめようとする誠。だが誠を遮るように立ち上がった警備部員が首を振りながら外に駆け出していく。
「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」 
「アイシャ。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」 
 ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアイシャにカウラは頬を赤らめる。
 当然警備部の兵士達は面白いわけは無いのだが、マリアと明石がハイペースで酒を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。
「まあ、いいや。誠、つぶれてもいいんだぜ」 
 そう言いながらもうウォッカの一瓶を空ける勢いの要。アイシャは悠然とテーブルを一つ占拠してキャビアやイクラなどを狙って食べ始めている。
「なんじゃ、おもろないな。歌でも歌う奴は居らんのか?」 
 明石の声に静まる食堂。だが、そこで急に電源が落ちた。騒然とする人々。
「私の出番ね!」 
 入り口の電灯だけが点される。
 そこに立っていたのはこの運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐だった。きりっとした桜色の留袖を着て手にはマイク。完全な演歌歌手のような姿で悠然と食堂に現れる。その姿はディナーショーの演歌歌手に見えないことも無かった。
 だが、全員のこめかみは引きつっていた。手に酒を持っている隊員はすばやくそれを飲み干す。明石の前のビールにも警備部の兵士達が殺到してあっという間にビールの缶は無くなった。
 通称『超音波攻撃』と言われるリアナの得意の電波演歌。彼女が歌えばどんな名曲も電波ソングに変換され、聞くものに壮絶なダメージを与える。兵達ばかりでなく厨房の面々もすばやく耳栓に手を伸ばす。
「皆さんのおかげでバルキスタンでの戦闘行為は中断されました。それを称えて私、鈴木リアナが一曲歌わせてもらいます!」 
「おい、誰か止めなかったのか?」 
 マリアは通信端末をブリッジとつなげる。ブリッジでサラの代役で通信を担当している女性将校は困った顔で首を横に振った。アイシャが副長に出世し不在。パーラは今回はアイシャのバックアップで不在。サラは第四小隊の支援に出ており不在。エダはキムと一緒に旅行に行って不在。とにかくリアナを押さえることが出来るブリッジクルーはいなかった。
「お姉さん。いいんですか?仕事は」 
 カウラは一人リアナに意見する勇気を持ち合わせていた。だが、彼女の後ろのテーブルには9本の缶ビールが確保されており、正気を吹き飛ばして状況をやり過ごすと言う選択肢を捨てていないことを人々に見せ付けていた。
「大丈夫よ。みんないい娘ばかりですもの第四小隊の回収くらいなら簡単にこなしてくれるわ。それよりも皆さんに楽しんでいただく方が大事ですもの!」 
 その言葉と共に早速イントロが流れ始める。誠は静かに要から手渡されたウォッカの瓶を受け取るとすばやくふたを開け、そのまま胃の中にアルコール度40度の液体を直接流し込んだ。


 季節がめぐる中で 44


「父上、本当にそんな格好で良いんですか?」 
 楓は紺の小倉絣の着流し姿にトランク一つと言う父嵯峨惟基に声をかけた。超空間飛行を行うシャトルが出入りする帝都四条畷宇宙港に一人、そんな姿の嵯峨は周りとは明らかに浮いていた。胡州にしては垢抜けた服装のビジネスマンや観光客が行きかうフロアー。
 このような格好が珍しくない胡州ならいざ知らず、嵯峨の行き先は圧倒的な経済力を遼州系に見せ付けている東和である。そこに胡州四大公家の家督を楓に譲り、先例で旧世代コロニーである泉州を領邦とする身分に落ち着いた胡州貴族の当主とは思えない身軽な格好。現嵯峨家当主である楓はため息をつく。
「別にお前さんの周りをうろちょろするわけじゃねえんだから気にするなよ」 
 そう言って笑う父の表情が明らかに自分を小馬鹿にしているように見えてまた一つ大きくため息をつく。そして周りを見渡す楓はすぐに顔を隠すように手で顔を覆う。しかし、海軍の佐官の制服。隣に立つ従卒のように付き従う渡辺かなめ大尉。そして先日の殿上会で胡州三位の家柄の嵯峨家の家督を継いだことを報道された楓の面立ちのくっきりした顔は注目を集めるには十分すぎる格好だった。
 周りの好奇の目が三人を襲う。
「お前さんも少しは四大公爵の威厳ってものを学ばないとな」 
「父上と言う反面教師がいるからその点は大丈夫ですよ」 
 そう言って苦々しげに笑う楓。青年将校のように凛々しくも見える面立ちを見ながら嵯峨は娘が成長したと感じていた。
 嵯峨の目に涙が光った。
 自分では柄ではないと思っている。人斬り、策士、卑怯者。様々なあだ名で呼ばれ敵にも味方にも恐れられた自分の弱さ。それが家族であることを嵯峨は理解していた。
 祖母はテロに斃れた。父は自分を呪って追い落とし、握った権力に溺れて国を失った。母は嵯峨の将来を案じて壊れた。妻は政治抗争の中で殺された。弟は自らの手で斬り捨てた。
 そんな嵯峨が目の前の独り立ちして自分の背負っていた嵯峨家と言う大きな地位を支える立場になったことについ涙が流れる。
「父上?そんなに僕のことが不安ですか?」 
 娘が尋ねてくる。嵯峨にも親の体面と言うものがあった。流れようとする涙をぬぐうと嵯峨は再びいつもの飄々とした態度に戻った。
「それよりどうだい。保安隊への転属の件」 
「何度も同じこと言うんですね。来週には実際に東和海軍視察と言うことで東都に出張が決まりましたよ。それでそのまま保安隊への転属と言う形になる予定ですよ」 
 呆れたように腰に手をやり笑顔を浮かべる楓。
「ああ、なんとかこれで遼州同盟司法局もスタッフがそろうことになるからな。いろいろと大変になるがまあがんばってくれよ」 
「了解しました!特務大佐殿!」 
 そう言うと楓と渡辺が敬礼する。嵯峨はそれに敬礼で返すとそのまま人ごみの中に消えて行った。
「楓様、本当によろしいのですか?」 
 不安げに渡辺が楓の右手を握り締める。
「父上も子供じゃない。それにこの港の警備システムは先日の狙撃犯の供述でかなり信用できるようになったはずだ」 
 そう言うと楓は振り向かずに空港のロビーを出口へと向かう。
「楽しみだな、東和。姉上はご健勝であらせられるだろうか……それと要お姉様……」 
 楓はそのままガラスで覆われた天井を眺める。そこには胡州らしい赤い雲が漂う空があった。


 季節がめぐる中で 45


 まず襲ってきたのは激しい頭痛だった。そして吐き気。嘔吐するがもはや胃袋の中に吐くものは無かった。そして目が見開かれる。
「おお、起きたぞ」 
 苦しみの中、誠が目を開けると見下ろしているのはタレ目の要だった。すぐにアイシャと明華の顔が目に飛び込んでくる。口の中には吐しゃ物の残滓が残り気分が悪い。
「水は……」 
「とりあえずこれを飲め」 
 そう要に言われてゆっくりと上体を起こす。支えているのはアイシャ。要は色のついた液体を誠の口の前に運ぶ。ぬるくてすっぱい黄色い液体を誠は静かに飲み始めた。ようやくここが『高雄』の医務室であると言うことが分かって誠は恥ずかしさで顔を赤く染めた。
「まったく無茶な飲み方しやがって。まあ、あっちよりはかなりましだろうからな」