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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「あら?要はカウラに酒の飲み方を教えるんでしょ?私は我等がヒーローと喜びを分かち合う集いに出るだけよ」 
「じゃあ、だったら何でそんなに誠にくっついているんだ?」 
 誠は自分の顔が茹でダコのようになっているのがわかった。明らかにアイシャは胸を誠の体に擦り付けてきている。長身で痩せ型のアイシャだが、決して背中に当たる彼女の胸のふくらみは小さいものではなかった。
「うらやましいねえ、神前曹長殿!」 
「色男!」 
「あやかりたいなあ!」 
 そんな誠への野次が飛ぶ。ロシア語で誠に分からないように話し合ってはにやけてみせる警備部の面々に誠はただ恥ずかしさのあまり視線を泳がせるだけだった。
『みなさん!楽しんでいるところ悪いんだけど、第四小隊のお迎えが出るので移動してもらえるかしら?』 
 格納庫に響く『高雄』艦長鈴木リアナ中佐の声。警備部の面々はそれぞれに酒瓶を持ちながら床に置いた銃を拾って立ち上がる。
「じゃあオメエ等それ持て」 
 要はそう言うとビールと氷の入ったクーラーボックスを足で誠達の前に押し出す。
「私達で?」 
 露骨に嫌そうな顔をするアイシャ。アルコールが回ってニコニコとし始めたカウラが勢いよく首を縦に振る。
「すみませんね、アイシャさん」 
 そう言うと誠はクーラーボックスのふたを閉めようとした。
「もう一本もらうぞ」 
 カウラはそれを見てすばやくクーラーボックスの中の缶ビールを一本取り出す。
「意地汚いねえ」 
 そんなカウラを鼻で笑いながら要はウォッカの酒瓶を傾けて、半分ほどの量を一気に飲み干した。
「さっさと武器の返還してと!飲むぞ!今日は」 
 部下達にそう言うとマリアは手にしていたSVDSドラグノフを武装保管担当の兵士に手渡した。
「ああ、そう言えばキムの野郎バカンスだとか言ってたな」 
 次々とベストからライフルのマガジンを取り出しては担当兵士に渡していく警備部の兵士達を見ながら要がつぶやいた。
「そう言えばそうですね」 
「いなくても気がつかない……影が薄いんじゃないの」 
 誠とアイシャの言葉に頷きかけたカウラだが、そこは隊長らしく深く考え込む。
「それは言いすぎだろ。キムは一応部隊の二番狙撃手だ。なにか別任務でも隊長から与えられているかも知れないだろ?」 
 そう言うカウラだが要とアイシャは一斉に天井を向いて一考した。
『それは無いな!』 
 二人がタイミングを合わせたようにそう言う。
「おう!ご苦労さん」 
 そう言ってエレベータから現れたのは明石だった。
「タコ、今回の作戦はこれでいいのか?」 
 言いたいことが山ほどあると言う表情で明石を睨みつける要。だが、そのつるつるの頭を叩いているサングラスの大男はただにやにやと笑うだけだった。
「中佐は今回は留守番ですか?」 
「ああ、まあそう言う形になってもうたからのう。ワシ等が出張らなならんようになったら困るんじゃ。そう言う意味では神前はようやってくれた」 
 そう言ってからからと笑う明石。
「ほうじゃ!ワレ等の健闘を祝してケーキを用意しといたから……食うか?」 
 自信満々でたずねる明石。だが、要は辛党であり甘いものは苦手だった。露骨に嫌な顔をする。
「ああ、それといろいろと酒も用意しといたけ、気が向いたら……」 
「なんだよ、タコ。それなら早く言えよ。神前!行くぞ」 
 そう言って誠を引っ張る要。
「無茶しないでよ!クーラーボックス落しちゃうでしょ!」 
 引っ張られてあわてるアイシャ。酒に釣られている要はそのまま軽がるとクーラーボックスを持ち上げてエレベータに向かう。
「おい!置いてくぞ!」 
 よく見れば缶ビールを飲みながら明石や要に先駆けてエレベータの中にいるカウラ。
「ちゃっかりしているのね」 
 缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアイシャは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。
 エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。巨漢の明石と大柄な誠、カウラもアイシャも女性としてはかなり大柄である。居住区を同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。
 ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするがアイシャを押しのけて飛び出していく要に思わず手を放しそうになって誠がうなり声を上げた。
「ちんたらしてるんじゃねえよ!」 
 要の言葉に苦笑しながら誠とアイシャはクーラーボックスを運び続ける。
「なんじゃ。ヒーローがすることじゃないのう。ワシがかわっちゃる」 
「えっ……そんな」 
「ええから、ええから。ワレの為の宴会じゃ。好きに飲んどけ。今日だけはワシが誰にも文句を言わせん!」 
 そう言いながら誠と入れ替わる明石。
「私は?」 
「ワシは知らん!」 
 替わってくれというようにつぶやくアイシャに冷たく言い放つ明石。誠はすがるような瞳で見つめるアイシャを置いてそのまま食堂に向かった。
「おい!先にやってるぜ」 
 そう言いながらすでに手元に新しいウォッカの瓶を三本確保している要。カウラは目の前の栓を抜かれたビールを飲むべきかどうか迷っているようだった。
「神前曹長!」 
 きりりと響くハスキーな女性の声。目を向けた誠の前にマリアの金髪が翻った。
「今回の作戦の最大の殊勲者は貴様だ。とりあえずこれを」 
 そう言うと誠に小さなグラスを渡すマリア。そこにはきついアルコール臭を放つウォッカがなみなみと注がれていた。
「良いんですか?」 
「当たり前だ」 
 マリアに即答され、警備部の面々に囲まれてビールを並べる作業に従事しているアイシャと明石に助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。
「姐御の酒だ!飲まなきゃな」 
 再びウォッカをラッパ飲みしながら要が笑う。
 逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。
「良い飲みっぷりだ。カウラ、お前からも酌をしてやれ」 
 そう言って一歩下がるマリアの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。
「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」 
「見せ付けてくれるねえ」 
 すでにテーブルに並んでいるソーセージやキャビアの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた警備部員の野次が飛ぶ。
「誠……いいのか、私の酒で」 
 覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままそろそろと近づいてくるカウラ。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には三つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。
 真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせ不器用にビールを注ぐカウラ。
「あっ!もったいない」 
 警備部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た泡に口を近づけた誠とカウラ。二人はそのまま見つめあった。
「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」 
 要が皿を叩く音で二人は我に返った。
「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」