遼州戦記 保安隊日乗 3
ジェローニモから逃れるために回避行動を取っていた誠の機体に追いついてきていた要の2番機が手にしたライフルで地上を狙う。すでに高度は千メートルを切っていた。誠の機体のレーダーには今回の標的である反政府軍のアサルト・モジュール2機と三十両を超える車両の存在が写っている。
誠の機体をすり抜けるように要のライフルが火を噴いた。現在基地のレーダーは使用不能ということもあり機体のスタンドアローンのレーダーの扱いに慣れていないのか、まったく無抵抗に敵のアサルト・モジュールは撃破された。
『あまり派手に動くな!あくまで目標地点への到達が主任務なんだからな』
カウラはすでに禿山の続くバルキスタン中部にふさわしい渓谷の合間に機体を降下させていた。
『でもまあ駄賃くらいは……』
要はそう言うとライフルを腕のロックに引っ掛けると残りの一機のアサルト・モジュールにサーベルを抜いて突撃する。反政府軍の明らかに錬度の低いパイロットは何もできずに胴にサーベルが突き立つまでただ浮いていただけだった。
『駄目だこいつ等、話にならねえよ。それにしてもこんなのに遼南の正規軍が降伏したって本当か?』
要はすぐに無駄に小火器や戦闘機相手の対空兵器で攻撃を仕掛けてくる反政府軍の攻撃を無視してカウラの降下した地点へと向かう。
『遼南軍だからな。あそこは逃げるのと降伏するのは十八番だ』
そう言いながらカウラはアイシャから送られた最新の近隣の地図を誠機と要機に送信する。
『現在敵対勢力の集中している地点は想定された状況とほぼ一致している。これからは陸だ。行けるな?』
淡々と語りかけるカウラ。要と誠は大きく頷いた。そして深夜の山岳地帯、敵の車両の残骸が散見される開けた土地に着陸を果たした。深夜の闇の中、草木一つ無い荒れた山肌が続く。三機の保安隊第二小隊の05式が並んで進軍していた。着陸阻止に動いた反政府軍には追撃の様子は今のところ無い。機動兵器の数を考えれば彼等が戦力の温存を図っていることは明確だった。だが、誠には一つの疑問が頭に浮かんだ。
「カウラさん。こんなに通信つかっちゃって大丈夫なんですか?」
突然の質問にカウラは口を開いたまま固まった。要にいたっては笑い始めている。
『それは……』
『私から説明するわ』
ためらうカウラに管制任務を遂行しているアイシャが口を挟んだ。
『誠ちゃんの法術能力に依存したアストラル通信システムを使用しているのよ。つまり誠ちゃんがターミナルになって各通信の制御を行っているわけ。まあそれほど強い力を必要とするわけじゃないから安心してね。当然思念系通話だから敵にそれなりの力のある法術師でもいない限り傍受は不可能よ』
モニターの中で笑うアイシャ。カウラは進撃の指示を出す。
「つまりこの作戦は僕がすべてを決めるんですね」
そう言いながら誠には同じような光景が頭を駆け巡る。
先週の実業団野球のピッチング、大学野球での押し出し、高校時代のサヨナラエラー。
『硬くなるなよ。アタシ等がついているんだから』
要の言葉に誠は現実に引き戻された。目の前の川に沿って比較的整備された道が続いている。
『この道路を破壊する余裕はなかったようだな。とりあえず最有力候補のルートを通る』
カウラはそう言うと機体のパルスエンジンに火を入れる。震えるような一号機の動きに合わせて誠もエンジンの出力を上げていく。
「では僕も!」
そう言うと誠はすべるように道路を南に進攻して行く。
『まだレーダーに反応なしか。つまらねえな』
要の言葉に不機嫌になるアイシャ。
『こちらは何とかめどは立ったが……しかし撃墜せずにお帰り頂くってーのは面倒だな』
ランの言葉に安心する誠。正規軍との接触が最小限で済んだことは作戦終了時の始末書の数と直結することが頭に浮かんでいただけに大きなため息が自然と漏れた。
『まあちび姐御も役に立つんだな』
『でけー口叩くじゃねえか!口に似合う仕事はしてくれよ。そうでなければあとでちゃんと落とし前つけてもらうからな』
笑いながら叫ぶラン。誠はレーダーをチェックする。このレーダーも法術系の技術が導入されていることは誠も聞かされていた。微弱な反応が続いているのは孤立しながら街道沿いの拠点を警備する政府軍部隊が展開していることを意味するが、彼らはアサルト・モジュールと戦える兵器を保有していないようでじっと動かずにいた。
『反政府軍への援軍が先か、アタシ等の到着が先か。こりゃあ見ものだ』
要がいつもの不謹慎な笑みを浮かべていた。
『もうそろそろシュバーキナ少佐からの誘導通信が入るはずだがな』
カウラの言葉に要が表情を緩める。
『なんだ、マリアの姐御はこんなところで油売ってたのか』
『油を売っていたわけでは無いわよ。誠ちゃんの使用する法術兵器の範囲指定ビーコンを設置してもらっていたの』
アイシャの言葉に納得したと言うように頷く要。
「でも敵の主力が集まってる地点なんてどうやって割り出したんですか?確かにマリアさん達警備部が特別任務で隊を離れていて、その間にビーコンを設置したと言うのは分かるんですけど……、反政府軍のアサルト・モジュールの所有が判明したのは三日前……!」
誠は自分で言いながら気がついた。反政府軍がアサルト・モジュールを所有するに至った経緯もその侵攻作戦でどの侵攻ルートが使用されるかも、そして政府軍がどこで反政府勢力を迎え撃つかもすべて分かった上で嵯峨は胡州へ旅立ったと言うこと。
『なに難しい顔をしてるんだ?』
要が口元だけ見えるサイボーグ用ヘルメットの下で笑っている。
「西園寺さんはいつごろ気づいたんですか?隊長がこの混乱の発生を知っていたってこと」
『まあ叔父貴が胡州の殿上会に出るなんて言い出したころからはある程度何かがあるとは思ってたな。まあうちは『近藤事件』については実績があるから。出口の近藤を叩けば当然入り口のカントを叩くってのは当然だろ?これで『近藤事件』は解決するわけだ、アタシ等にとってはな』
闇の中に吸い込まれそうになるのを感じながら要の言葉をかみ締めるようにして誠は前方を見つめていた。
『運がいいというべきかそれとも何かの意図があるのか、それは私も分からないが自分の手でけりをつけるのは悪くないな』
先頭を行くカウラの言葉に誠も頷いた。
『おい、神前!アタシだとなんだか腑に落ちない顔してカウラだと納得か?ひでえ奴だなオメエは』
「そんなつもりは無いですよ!西園寺さんの言うことももっともだと思いますよ!」
『西園寺さんの言うこと『も』?やっぱりアタシはついでかよ……!』
要が急に表情を変える。そして誠の全周囲モニターに飛翔する要の機体の姿が飛び込んできた。
『敵機か?』
闇は瞬時に火に覆われた。パルスエンジンの衝撃波を利用してミサイルを誘爆させる防衛機構であるリアクティブパルスシステムで未確認機から発射された誘導ミサイルが炸裂していた。
『各機!状況を報告』
落ち着いたカウラの言葉に火に包まれた誠は正気を取り戻した。
「三号機……異常なし!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直