遼州戦記 保安隊日乗 3
『二号機オールグリーン!ってレーダーに機影が無いってことは車両か……それとも自爆覚悟の防御陣地か?』
ライフルを構えながら先頭に着地して周囲を見回す要。誠も全周囲モニターに映る小さな熱源が動き回っている有様。小型の車両の荷台に不釣合いに大きな荷物。それがおそらく小型地対地ミサイルであることはすぐに分かった。
『まずいぞこれは反政府軍の時間稼ぎだ!西園寺、先頭を頼む!』
カウラはそう言うと後詰に回った。
『はなからアタシに任せりゃ良かったんだ。とっとと片付けて酒でも飲もうや』
そう言うと要はパルスエンジンの出力を上げていく。誠も遅れまいと機体を軽く浮かせた状態で要機の後ろを疾走した。
悪寒がした。誠はレーダーに目をやった。映ったのは小さな反応ではなかった一瞬では数を把握できない明らかにアサルト・モジュールと分かる機影が低高度で接近を続けている。
「敵影多数!こちらに!」
『馬鹿野郎!多数なんざ見りゃわかる!数言え!』
わざとらしく誠を罵ると要は一気に加速をかける。
『誠ちゃん。マリアお姉さんの位置が分かったわ。転送するからすぐに向かって!』
「そんな!要さんが突撃して……」
『神前曹長!これは命令です!すぐに向かいなさい!』
厳しい表情のアイシャに誠は何も言えずに転送された地図を見て南西へと急いだ。
『大丈夫だ神前。私もいるんだ!』
カウラはそう言いながら誠機を守るように進軍する。視界から消えた要の機体と敵の部隊が接触したことがレーダーで分かる。
「大丈夫ですよね」
誠は気づいた。自分の言葉に懇願するような響きが混ざっていることに。だが、カウラは首を左右に振ると誠を先導するようにマリアの出す通信の地点へ機体を進める。
『まずいわね。回り込んだのがいるわよ。5機。動きが早いから西モスレムからの義勇兵でも乗ってるかもしれないわ』
画面の中で珍しく神妙な顔をしたアイシャが親指の爪を噛んでいるのが目に入った。
『仕方ないわ。クバルカ中佐!』
『わあってるよ!まあ条約だとかは嵯峨のおっさんに任せることにしてこっちはアタシがひきつける!カウラと誠はそのまま進撃しろ!』
誠の機体のレーダーで輸送機の護衛に回っていたランがすさまじいスピードで降下していた。
「凄い……」
『感心している場合じゃないぞ!』
カウラの声と目の前が爆炎に包まれるのはほぼ同時だった。そして誠の頭にズキンと突き刺さるような痛みを感じる。
「法術兵器?炎熱系です!」
カウラの機体も炎に包まれていた。誠はすぐさま干渉空間を展開しようとする。
『力は使うな!たかだかテロリスト風情に私が遅れをとるわけがないだろ!』
「でも!」
誠はそれ以上話すことができなかった。モニターの中のカウラのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
『行け!神前!』
ランが敵の遊撃部隊と接触しながら叫んでいる。
「じゃあ!行きますから!」
誠はそう叫ぶとマリア達警備部の派遣部隊から出されている信号に向けて機体を加速させた。
「やっぱり付いてくる……二機」
誠は自分の機体の武装を確認する。両腕が法術兵器でふさがっている以上、本体の固有武装に頼るしかなかった。ミサイル系ならば旧式のM5ならどうにか対抗できるが、05式と一つ世代の違うだけのM7に出くわせば目くらまし程度の効果しか期待できない。
「逃げおおせればいいんだ」
自分に言い聞かせる誠だが、明らかに全身の筋肉が硬直していくのを感じている。
そんな脳裏によぎるのは最悪の展開を見せた場面ばかり。練習試合のサヨナラ死球。サードの守備の隣を抜けていく白球、そして肩に違和感を感じた大学四年の春のマウンド。一度ネガティブになった心に鼓動が高鳴る。そして視線はレーダーの中で接近を続ける二機の敵アサルト・モジュールの信号に吸いつけられた。恐怖。心はその言葉で満たされて振り回される。
「やっぱり無理ですよ……僕には……」
アイシャに聞かれているにもかかわらず誠は自然にそうつぶやいていた。
『そうね、そんなに心が弱いようじゃこれから生きていくのも難しいかも知れないわよ』
頭の中で言葉がはじけた。それは通信システムを通して発せられたものではなかった。
「アイシャさん!」
誠は叫んでいた。
『言いすぎだぞ!アイシャ。誠!アタシは信じてるからな!お前の根性見せてみろよ!』
次に響いたのは要の声だった。誠は我に返り、モニターでも捉えられるようになった二機のM5の姿に視線を移す。
『やれるはずだ。お前は私達の希望だからな』
カウラの声に誠は口元をぎゅっと引き締めた。
「格下相手ならこれで十分!」
三人に火をつけられた誠の心。むやみにレールガンを乱射するM5の弾道はすべて誠が無意識に形成していた干渉空間にはじかれる。
「こっちも丸腰じゃないんだ!」
雄たけびと同時に誠は全ミサイルを先頭に立つM5に向けて発射した。
ミサイルは一斉にM5を捉えてまっすぐ突き進んでいく。方向を変えようとしたM5の上半身に降り注いだミサイルの雨に形も残さないほどに砕け去る敵。僚機を失って残りのM5はひるんでいるのが誠の目にもわかった。レーダーに映る敵影は要、カウラ、ランの活躍により次第に数を減らしていく。
『神前!早くしろ。予定時刻より1分以上遅れているぞ!』
通信に割り込んできたのはマリアだった。漆黒の荒涼とした山並みの中に光のサインが見える。
「一気に行きますよ!」
そう言うと誠は法術非破壊砲のバレルを展開させながら一気に山を一つ飛び越え着陸地点を確保しているマリアの隊に合流を果たした。
誠は山並みに機体を無事に着陸させる。いつもの危なっかしい着陸を見せられている警備部の面々は、そんな誠に賞賛の拍手を送った。タクティカルベストに小銃のマガジンを巻きつけた兵士達の笑顔も誠の痛い機体のコックピットの中のモニターに映っている。すぐさま誠はコックピット座席の後部からキーボードを引き出し、模擬戦で何度と無く叩いたコードを入力していく。
「効果範囲ビーコン接続作業開始!法術系システムを主砲に充填開始!必要時間……2分!」
同じくマリアの部下の誘導でカウラの機体が着陸する。
法術兵器の出力ゲージが臨界点に近づいていく。だが、これで三度目と言う射撃の効果範囲は最大300kmと言う範囲である。演習場での範囲が30kmだったところから考えればそれは明らかに広すぎる範囲だった。
「ヨハンさんも認めてくれたんだ。行ける!いや、やるんだ!」
静かにつぶやく誠。足元ではマリアの部隊が向かい側の稜線に向けて射撃を開始していた。
『すまない神前。また渓谷沿いに待機していた敵アサルト・モジュールが起動したとの連絡だ……』
「大丈夫ですよ、カウラさん。僕は一人でやれますから」
レーダーを見る余裕も誠にはなかった。それどころか次第に全身から力が吸い取られていく感じに誠は戸惑っていた。それは目の前で赤く輝き始めた法術兵器の銃身に命が吸い取られていくような感覚だった。
カウラはマリア達が射撃を続けている山並みから現れたアサルト・モジュールに向かってエンジンをふかす。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直