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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「そして最悪の展開はそれも失敗に終わった時。『妙高』から降下したアサルト・モジュール部隊による両勢力の完全制圧作戦の発動。間違いなく地球諸国は同盟への非難決議や制裁措置の発動にまで発展するわね。それにやけを起こしたバルキスタンの武装勢力が以前の東モスレム紛争の時と同じく包囲された同盟諸国の兵士の公開処刑とか……まああんまり見たくもない状況を見る羽目に陥りそうね」 
 淡々とそう言ったあとアイシャは座っている椅子の背もたれに体を預けて伸びをした。
「つまりアタシ等が失敗すれば大変なことになるってことだろ?じゃあ簡単なことじゃねえか。おい!神前!」 
 要の叫び声に誠が顔をあげた。
「成功したらいいものあげるからがんばれや」 
 そんな投げやりな言い方に誠は立ち上がって要を見つめた。言葉のわりに要の目は真剣だった。
「デート?それとも……わかったわ!首にリボンだけの格好で現れて『プレゼントは私!』とか言うつもりでしょ?」 
 アイシャが含み笑いをするのを見て要がそっぽを向く。
「図星か……」 
 呆れたようにカウラが誠を見つめる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら目が殺気を帯びているアイシャとカウラを見渡していた。
「ペッタン胸やエロゲ中毒患者とデートするよりよっぽど建設的だろ?それに……」 
「それに何?暴力馬鹿と一緒に町を歩いていたらそれこそ警察のご厄介になるのが落ちよ。それとも得意の寝技でも繰り出すとか」 
 要の売り言葉にアイシャの買い言葉。いつもの展開にカウラはただくたびれたと言うようにパーラの席で伸びをしている。
「ごめん!アイシャ。状況は!」 
 そう叫んでコックピット下の仮眠室から出てきたパーラに誠は思わず顔を赤らめた。ラフに勤務服のライトグリーンのワイシャツを引っ掛けて作業ズボン、ピンク色の髪の隙間からむき出しの肩の肌が透けて見える。
「パーラ。こいつがいること忘れてるだろ?」 
 アイシャとにらみ合うのを辞めた要に言われてパーラは自分の姿を見た。胸の辺りまでしかボタンをしていないために誠からもその谷間がくっきりと見えた。そしてパーラの悲鳴。思わず視線を床に落して言い訳を考える誠。
「なるほど、誠ちゃんはどじっ娘属性があるのね」 
 真顔でそう言うアイシャを見てカウラは何もいえずに急いでボタンをはめるパーラを見た。
「パーラ。ボタン一つづつずれてないか?」 
「えっ……ホントだ」 
 そう言うとパーラはそのまま仮眠室の扉の向こうへと消えた。
「何がしたかったんだあいつ」 
 要はそう言うとゆっくりと体を起こす。誠がそちらに目をやると、要の顔は笑っていなかった。
「北から追いかけてくる機影があるな。……三機か」 
 彼女とリンクしている東和軍とこの輸送機のレーダーからの情報が要にそんな言葉を吐かせた。
「東和軍の識別信号は確認してるわよ。出撃前にランちゃんの言ってた『信頼できる護衛』の方々じゃないの?」 
 アイシャはそう言うとモニターの前にあるキーボードを叩いて機影のデータの検索にかかった。
『クラウゼ少佐!東和軍のアサルト・モジュールから通信です!』 
 菰田の声に続いて、モニターの中に小さなウィンドウが開いた。
 ヘルメットをしたランが映し出される。同時に機影のデータから一機のホーン・オブ・ルージュと東和の現用アサルト・モジュールである89式二機が接近していることが表示される。
『よう!守護天使の到着!』 
 明るく叫ぶラン。その声を聞きながらようやく制服をきちんと着ることができたパーラがカウラが立ち上がるのにあわせて自分の席についた。
「ランちゃんありがとうね!」 
『おい、クラウゼ。一応アタシは階級が上なんだ。ちゃん付けは止めろ。しめしがつかねーだろ?』 
 愚痴るようにそう言うランににやけているアイシャ。ランの部下の89式のパイロットが低い声で笑いをこらえているのが分かる。
『とりあえずアタシが先導するから作戦時間の管理はテメーがやれ』
 ヘルメットの中で頬を膨らませるランを笑いながらアイシャは頷いた。
「時計合わせは一時間後で。進入経路は……予定通りカルデラ山脈の始まるベルギ共和国の北端のキーラク湾から」 
 パーラがあわただしくキーボードを叩く。カウラはその姿を確認した後、誠と要に向かって歩いてくる。
「出撃準備!」 
 凛としたカウラの一言にはじかれるようにして誠と要はパーラの居た仮眠室の隣の部屋にあるパイロットスーツの装備をするべく立ち上がった。


 季節がめぐる中で 37


 アメリカ軍主力アサルト・モジュールM10のコックピットのハッチは開かれたままだった。半袖の戦闘服に身を包んだこの機体のパイロットであり、保安隊実働部隊第四小隊小隊長ロナルド・J・スミス特務大尉はシートを倒してうとうととしていた。バルキスタンの選挙監視と治安維持の名目で派遣されているのは遼州同盟加盟国の軍がほとんどで、地球からはアラブ連盟のエジプト、リビアの治安維持部隊だけが進駐していた。
 アメリカ海軍の軍籍を持つロナルドと部下のジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の存在は今この渓谷を避けて南下を続けている反政府軍にとっては目の上のこぶのようなものだとロナルドは考えていた。事実、同盟諸国の治安維持部隊は予想外のアサルト・モジュールや重武装車両による攻撃を受け、多くは南へ敗走、遼南軍などは派遣部隊8千人すべてが武装解除されたと言う話も伝わってきている。ロナルドはそんな状況の中、闇が広がる渓谷をぼんやりと眺めていた。
 不意に気配を感じた彼が起き上がると、そこにはアルミのカップにコーヒーを注いで運んできた技術部整備班班長の島田正人准尉の姿があった。
「驚かすなよ」 
 そう言って島田からコーヒーを受け取るロナルドだが、まだ意識の半分は夢の中にあった。
「静かなものですね。ここから四キロ四方。ほぼ同盟軍の派遣部隊は駆逐されたそうですよ」 
 黙ってコーヒーをすするロナルド。彼等保安隊バルキスタン派遣部隊は派遣された時点で緘口令と共にこのような事態が予測されていることを知らされてはいたが、現実にこの小さな山岳基地に閉じ込められるまではそれが嵯峨一流の冗談だと半分思っていたところがあった。
「でもそろそろ反政府軍がうちらに攻撃を仕掛けるにはいい時期だと思うんですがね。なんでも三十分前から政府軍のレーダーや通信施設のシステムにクラッキングが仕掛けられたと言う話ですから」 
 島田はそう言いながらコックピットのヘリに腰をかける。
「まあ政府軍も反政府ゲリラも狙いは今回の選挙が延期になることだけなんだ。本気で戦争始めるほど馬鹿じゃないだろ。邪魔な監視団を両派で駆逐して叩き出す。それが連中の狙いさ」 
 そう言いながらもロナルドもこの状況について半分以上諦めたつもりで暗闇の広がる渓谷を見つめていた。そもそも派遣された時からおかしかった。他国の軍隊が派遣されてきたと言うのに、へらへらと世辞を垂れ流すカント政権の軍管区の幹部。やる気の無い政府軍兵士。そして沈黙する反政府ゲリラ。