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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言ってコンピュータルームの扉をくぐるラン。
「おい、カウラ。ちとそのディスク貸せよ」 
 手渡されたディスクを起動するラン。明らかに椅子が幼く見える体のランにあっていない様は滑稽に見えた。
「笑うんじゃねーぞ」 
 振り向いたランは要を一睨みしてからディスクを起動する。現れたのは現在のバルキスタンの勢力地図だった。
「現在のバルキスタンは反政府勢力の攻勢で戦線が入り組んでとんでもないことになっているわけだ」 
 そう言って中央盆地にカーソルを合わせ拡大するラン。画面にはその中に一筋のラインと緑の勢力圏を点線で覆う紺色の淡い斜線の引かれた部位が目を引いた。
「今回の作戦はこの主戦場である中央盆地の武装勢力の戦闘継続能力の粉砕が目的だ。この盆地が民兵の手に堕ちれば政府軍を支援するという名目で米軍が動く可能性がある。実際、同盟機構の一部には出兵に積極的なアメリカ海兵隊派遣の要請を検討している勢力もある。それが実現すれば同盟機構の政治的権威はおしまいだ」 
 そう言うとランは再び中央盆地の入り口に当たるカンデラ山脈の北部を拡大する。
「進入ルートはカンデラ山脈を越えてと言うことになるな。それを抜けたらすぐに誠の乙型とカウラと要は降下、そして12キロ北上してマリアの警備部の部隊と合流する」 
 ランはそこまで言うと誠の方を向いた。合流地点と言われたところから広大としか思えない範囲にかけてが赤く染められる。そこでマリア・シュバーキナ少佐貴下の警備部の精鋭部隊が任務行動中だったという事実に誠は驚いていた。
「今回は範囲指定ビーコンはマリアが設置済みだ。照準もつける必要はねーんだ。簡単だろ?」 
 あっさりとそう言うランに誠は自分の額に光る汗を感じていた。
「確かにこの範囲の敵を駆逐すれば反政府勢力の攻勢は頓挫するのは分かるんだけどな。このあたりには停戦監視や治安維持目的で同盟軍の部隊が展開してるんじゃねえのか?」 
 素朴な疑問をぶつける要にランは狙いすましたような笑顔で答える。
「だから、非殺傷設定のアレの効果が生きるんだ。思念反応型兵器とか意思機能阻害兵器とか呼ばれているわけだが、アレに撃たれると人間なら二日は昏睡状態に陥ると言う効果があるが死にはしねーからな。今回はその特性を生かして戦闘能力を削いでしまおうって作戦なんだ」 
 胸を張るラン。
「そんなにうまく行くんでしょうか?」 
 そう言うカウラにランは立ち上がって背伸びして彼女の肩に手をやった。
「もうすでにマリアは動いているぜ。しかもほとんど障害になるような反撃は受けていないそうだ。そこをうまく仕切って作戦成功に導くのがオメーの仕事だ。それとアイシャ!」 
「は!」 
 切り替えの早いアイシャは真面目モードでランに敬礼する。
「東和の空軍のバックアップはあるだろうがM7クラスだと正直、対地攻撃での撃破は難しい。そこを見極めて管制よろしく頼むぞ」 
「了解しました!」 
 そんなアイシャの気合の入った声に笑みを浮かべたランはそのままコンピュータルームを出て行こうとする。
「クバルカ中佐、帰られるんですか?」 
 誠の言葉にドアを開いたばかりのランが振り向いた。
「今回は明石の旦那の引退試合だ。見せ場を取ったらまずいだろ?」 
 そう言うと誠達を置いてランは去って行った。
「さてと、カウラ。進入ルートの選定は私達に任せて頂戴よ。とりあえず出撃命令が出るまで休んでいていいわよ」 
 アイシャはすぐさま椅子に腰掛けて端末のキーボードを叩き始めた。パーラも隣の席で同じように仕事を始める。
「じゃあ、よろしく頼む」 
 カウラはそう言うとアイシャ達に視線を送る要と誠を促してコンピュータルームを後にした。
「ちっちゃい姐御にあれほど確信を抱かせるってのはたいした奴だぜオメエは」 
 要はそう言うとタバコを取り出して誠の肩を叩く。
「廊下は禁煙だぞ」 
 いつものようにカウラがとがめるが、その表情は誠には相棒を気にするカウラの思いやりが見て取れた。
「わあってんよ!しばらくヤニ吸ってるから何かあったら呼んでくれよ」 
 そう言うとハンガーへと歩き出す要。誠とカウラはそのまま実働部隊の控え室に戻った。
 部屋では明石が要が提出した始末書に検印を押していた。吉田はいつもどおり机に足を投げ出して音楽を聴いている。シャムの姿が無いのはグレゴリウス13世と遊びに行っているからなのだろう。
「明石中佐。本隊はどう動く予定ですか?」 
 カウラの言葉に顔をあげた明石は吉田の方を見た。
「こっちは『高雄』で出撃。海上に待機して様子見だ。お前等が失敗した時はカント殿の頭に銃でも突きつけて自作自演のもたらした負の遺産を身をもって味わってもらう予定だよ。まあそうなったらどこかの星条旗を掲げた正義の味方気取りの兵隊さんが笑顔で全面攻撃なんてシナリオまで見えてきちゃうだろうけどな」 
 ふざけたようなその言葉だが、誠も吉田の性格が分かってきていただけにその意味が理解できた。待っているのは本格的な紛争。そして同盟機構は瓦解し、新たな秩序の建設を大義として掲げての遼州の大乱。誠はそんな状況を想像して冷や汗が流れるのを感じていた。


 季節がめぐる中で 33

 バルキスタン中部、山岳地帯。深夜、迷彩服に身を包んだ小隊がドアを蹴破り粗末な小屋を襲う。中で銃の手入れをしていたイスラム系民兵が驚きの声を上げることは無かった。突入した部隊の消音装置つきのアサルトライフルから鈍い音とともに発射される弾丸が次々と襲い掛かり、民兵達はそのまま何もできずに床に倒れこむことになった。
 突入グループの指揮官が外に向かってハンドサインを送る。
 数人の部下に囲まれた女性士官、マリア・シュバーキナ少佐は機材の搬入を行う部隊員達を避けるようにしてそのまま小屋の中央のテーブルに腰掛けた。
「死体の処理を頼む。そして……」 
 マリアの横に置かれた大型の通信機にも見える装置。マリアは何も言わずにそれを見た後、自分の腰につけられた小型の機械に目をやった。走り回る彼女の部下達も同じ機械を腰につけている。
「お守りねえ。ヨハンの奴、何か隠しているな。それにこいつ……」 
 マリアは床板をはがす部下達の作業を見つめていた。粗末な気の床は斧の一撃で砕け、まだ一分しか経っていないと言うのに兵達は銃を背中に回してスコップに得物を持ち替えていた。
「これで最後か。そして合流地点まで移動」 
 独り言を言う彼女に曹長の階級章の部下が雑嚢から取り出したポットから紅茶を取り出した。マリアはいつものように自分のベストのポーチからジャムの入った缶を取り出してたっぷりと紅茶に落した。
「しかし、何でしょうねこの機械は」 
 紅茶をマリアに渡した曹長は覆面を外して剃りあげた頭を叩きながらつぶやいた。
「ヨハンや明華が私にこの機械の意味を知らせないと言うことはそれなりに重要で、そして秘匿すべき代物なのは確かだろうな」 
 そう言いながらマリアは紅茶をすする。あっといい間に掘り返された床には人一人が入れる程度まで広げられた穴が出来る。そして隊員たちは静かに先ほどの機械をゆっくりとまるで棺おけでも下ろすように穴の底に納める。