遼州戦記 保安隊日乗 3
「私はてっきり米軍や胡州の特殊部隊とやりあうものだとばかり思っていたのですが……」
曹長の言葉ににやりと笑うマリア。
「そうだな。だが、隊長の指示はまるで違ったわけだ。それなりに丸くなったのかもしれないなあの人も」
再び紅茶を口に含む。機械は今度は砂をかけられて埋められていく。外を警戒していた隊員がハンドサインを曹長に送ってくる。
「所属不明の勢力。人数は12名以上。武装は未確認。どうしますか?」
曹長の言葉に最後の一口の紅茶を飲み終えたマリアは立ち上がった。
「我々の行動はどの勢力の目にも触れるわけには行かない。対応可能な部隊は先制攻撃をかけろ。確実に敵勢力を殲滅。以上だ」
マリアの前で次第に砂を被って埋もれていく機械。
「作業は後何分で終わる?」
埋められた機械を覗きながらカービンタイプの自動小銃を持った兵士が背中のバッグから端末を取り出した。彼はそのまま胸のポケットから取り出した紙切れを横に置くとそれを見ながらすばやくキーボードに何かを入力していく。
「あと15分と言うところでしょうか?」
入力中の兵士の顔を見て答えた曹長の言葉に表情を険しくするマリア。
「5分で済ませろ。それと手の空いたものは敵勢力の排除が優先事項だ」
マリアの言葉に板切れを抱えていた二人の兵士が小屋から駆け出していく。
「各員に告ぐ。この機材の埋設が終了と同時に第二小隊との合流地点へ向かう。できるだけ不要な装備は外していけ」
そう言ったマリアは愛用の狙撃銃SVDSドラグノフを手に取ると小屋を後にした。
季節がめぐる中で 34
保安隊ハンガーの前に広がるグラウンドは砂埃に包まれた。誠が見上げれば大型輸送機がいつも誠が立っているマウンドに向かいゆっくりと降下してきていた。
「菰田もやるもんだなあ」
出撃前の作業服姿の要がそう言いながら誠の肩を叩く。
「すぐに乗り込むぞ」
要の言葉に頷いた誠はそのままハンガーへ足を向けた。
「野次馬は結構だが自分の仕事を忘れるなよ」
ハンガーの入り口で同じように作業服姿のカウラがエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせて二人を迎え入れる。
「焦りなさんな。叔父貴がおらんでもやることは変わらねえんだ。神前!とっとと済ませちまおうぜ」
そう言って要は自分の白く塗りなおしたばかりの05式甲型へと足を向ける。誠も自分の機体を見上げた。美少女キャラが全面に描かれた『痛アサルト・モジュール』には整備員が張り付いて反重力エンジンや対消滅エンジンの調整を行っている。
そんな中、誠はコックピットに上がるエレベータに乗り込む。そのまま上昇してコックピットに張り付いているヨハンの隣に立った。
「ご苦労様です」
そう言った誠に巨体を振り返らせるヨハン。助手の下士官は調整用端末のジャックを取りまとめていた。
「法術系の対応出力はかなり上がってるからな。まあチャージレートなんかはシミュレーションの設定にかなり近づけたからそれなりの戦果は出してくれよ」
ヨハンの言葉に誠は頷いた。法術兵器による広範囲攻撃。誠の知る限り、いやたぶん知らないところでもこのような兵器の実戦投入は初の試みだろうと思うと誠の鼓動が高鳴る。
「本当にうまく行くんですか?」
誠のこわばった表情を見てヨハンの表情が厳しくなった。
「お前のそう言うところ直した方がいいな。俺達は万全を尽くしたんだ。少しは人を信用しろよ。それと自分自身もな」
そう言って笑うヨハンに笑顔を返そうとするが、誠にはそのような余裕は無かった。手元のコンソールが光り始め、機体のチェック項目が次々と終了していく。
「シュペルター中尉!オールグリーンです!」
「よし!神前、頼んだぞ!」
ヨハンに背中を押されて誠はコックピットに身を沈めた。ハッチと装甲版が降り、全周囲モニターが光を放つ。目の前では搬入のために起動した要の二号機がゆっくりとハンガーを出ようとしているところだった。
『どうだ?異常はないか?』
回線が開いてカウラの心配そうな顔が映る。
「大丈夫ですよ、ヨハンさんとかが完璧に仕上げてくれましたから」
そう言うと誠は関節を固定していた器具の解除のランプがついたのを確認して操縦棹を握り締める。一歩、そして二歩。誠の機体が歩き始める。
『こけないように』
「馬鹿にしないでくださいよ」
突然開いた回線で笑っている明華に誠はそう返すとそのままハンガーを出た。足元では大漁旗や自作の寄せ書きを振るう整備員の姿がある。そのまま誠は彼らをすり抜けて後部のハッチを全開にした輸送機の格納庫へと機体を移動させた。
『2号機積み込み完了!固定作業開始。続いて3号機!』
管制を担当するパーラの声に合わせて誠は機体を輸送機に移動させる。一歩、一歩、確実に滑り止めのついた輸送機の後部搬入口を歩く誠機。
『こけるんじゃねえぞ』
心配する要の声がしたのを聞くと誠は機体を振り返らせ、固定器具に機体を沈める。すぐに整備班員が間接部の固定作業に入る。誠はそのまま機体の上腕を持ち上げた。そこに先日誠が試験した05式広域鎮圧砲と仮称が決定したばかりの大型のライフルがクレーンで下ろされる。
「確かにこれは大きいですね。空中ではどうなるか分かりませんよ」
『おい、誠。そんなの抱えて空中戦をする気かよ。酔狂だねえ』
モニターの中で嫌味な笑みを浮かべる要。誠はただ黙って目の前の大きな砲身を見つめていた。
『それじゃあ一号機!』
パーラの指示がカウラ機に移ったのを確認すると誠はハッチを開けて斜めに倒れこんでいる05式乙型から飛び降りた。
「ご苦労さん!それじゃあアイシャ達のところに行くか」
そう言って要が狭い通路を歩いていく。要の機体、誠の機体。整備班員は忙しくそれぞれの機体の固定作業に集中していた。要は前部の倉庫のハッチを開く。そこには仮設の司令室が作られ、運行部の女性士官達がセッティング作業を行っていた。
「カウラちゃんも搭載完了!それじゃあ菰田君。発進準備、よろしくね」
部隊統括であるアイシャは誠達に手を振りながらパイロットの菰田に指示を出した。
「よく借りれたなP23は最新型で……三春基地に去年3機配備だっけか?そして現在も配備待ちの基地がちらほら……東和軍も人がいいねえ」
そう言いながら低い天井に手を伸ばす要。誠は空いている席を見つけて座った。
「隊長が押さえておいてくれたのよ。そうでなければ借りれるわけなんか無いじゃない」
アイシャの言葉に納得したように頷く要。再び後部格納庫のハッチが開いてカウラが顔を出す。
「本当に大丈夫なのか?この鈍足の輸送機では制空権が取れていない状況ではただの的だぞ」
そんなカウラの言葉にアイシャは目の前のモニターのところに来いと言うように手招きした。誠と要もカウラと並んでアイシャの前のモニターを覗き見る。そこにはバルキスタンの地図が映し出されていた。
「まあ、進入ルートについてはこちらで随時検討するから良いとして……東和軍による航空制圧地域を重ねてみるわね」
アイシャはそう言うとバルキスタンの北半分を多い尽くす範囲を指定した。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直