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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「外から運んだわけではないと言うのなら……答えは自然と決まってくるんじゃないですか?」 
 嵯峨の言葉に醍醐はあるはずの無いイスラム民兵組織のアサルト・モジュールの出所を思いついた。そしてそれを悟ってどっかりとちゃぶ台の隣に座り込んだ。
「カント将軍も馬鹿じゃない。今回の選挙が反政府勢力により妨害されておじゃんになりましたよー、これは私達のせいではありませんよー、と。そう言う逃げ道で政権に居座る。なかなかの策士ですな」 
 そのまま安い牛肉を口に放り込んだ嵯峨はまるで隣に怒りに震える醍醐がいないとでも言うように肉を噛み締めていた。
「なるほど。では何故大公はその事実をご存知なんですか?しかもかなりの精度で情報を入手されているようですが……」 
 そう言って食い下がる醍醐。嵯峨は口に入れた肉を十分に噛んだあと飲み込んでから醍醐の顔を見つめた。
「ああ、いろいろとおせっかいな知り合いが多くてね。そんなところから俺のところまで情報が漏れてくるんですよ。まあ、今回の件についてはだんだん最悪な予想屋の言ったことが的中しそうですが」 
 嵯峨は箸を再びすき焼き鍋に向ける。
「今回の事実で私の情報の精度が劣ることは分かりました……ですが……。この情報を伏せていたと言うことは我々とは共有する余地は無いと?」 
 怒りに引きつる醍醐の顔。嵯峨はまるっきりそちらを見ようともしない。西園寺は黙ったまま箸をちゃぶ台に置いて二人のやり取りを見つめている。
「分かりました!総理」 
 嵯峨に見切りをつけた醍醐は懐から書簡を取り出した。表には『辞表』と書かれているのを見ても嵯峨は黙ってしらたきを取り皿に運んでいた。
「突然だね」 
 それだけ言うと西園寺は手に取ることも無く、醍醐の陸軍大臣を辞めるということが書かれているだろう書簡を眺めていた。
「嵯峨さん。私はもうあなたを信じられなくなりました……」 
「え?これまでは信じてたんですか?それはまたご苦労なことで」 
 視線を向けることも無く嵯峨はしらたきを食べ続ける。その様子に激高して紅潮した頬をより赤く染める醍醐。
「まったく!不愉快です!」 
 そう言うと醍醐は立ち上がった。そして西園寺と嵯峨の兄弟を見下ろすと大きなため息をついた。
「すいませんねえ。俺はどうしてもこう言う人間なんでね」 
 部屋の襖のところまで行った醍醐に声をかける嵯峨。だが、醍醐はまるで表情の無い顔で一礼した後、襖を静かに閉めて出て行った。
「どうするの?それ」 
 嵯峨は今度は焼き豆腐に箸を伸ばしながら腕組みをして辞表を見つめている西園寺に声をかけた。
「とりあえず預かることになるだろうな。だが、今回の事件。どう処理するつもりだ?」 
 その言葉はこれまでのやわらかい口調とは隔絶した厳しい調子で嵯峨に向けられていた。
「どうしましょうかねえ。ってある程度対策の手は打ってあるんですがね」 
 嵯峨はそう言うと調理用ということで置いてあった一升瓶から安酒を自分の空けた徳利に注いだ。
「これだけの大事になったんだ。しくじれば司法局の存在意義が問われることになるぞ」 
 静かにそう言うと西園寺は嵯峨が置いた一升瓶から直接自分の猪口に酒を注ごうとする。さすがにこれには無理があり、ちゃぶ台にこぼれた安酒を顔を近づけてすすった。思わず嵯峨の表情がほころんだ。
「兄貴。それはちょっと一国の首相の態度じゃないですよ……。それに同盟の活動の監視は議会の専権事項ですからねえ」 
 そう言って笑う嵯峨。釣られて西園寺も照れるような笑みを浮かべていた。
「じゃあお前さんの好きにしなよ。当然結果を出すことが前提だが」 
 西園寺はそう言うとコップ酒を口に含む。それを見た嵯峨はいつものとぼけたような笑みを浮かべて肉に箸を伸ばした。


 季節がめぐる中で 32


 いつものように実働部隊の部屋の端にあるたった一つの時代遅れの端末で備品の発注書を作成していた誠の目の前の画像が緊急呼び出しの画面に切り替わった。
「おう、それじゃあハンガーに集合!」 
 明石の言葉に要やカウラも黙って立ち上がる。
「なんですか?今回は」 
 このような呼び出しは誠は二回目だった。前回は豊川の北にある久留米沢での岩盤崩落事故の支援出動だったが、今回の明石の表情を見ればその時とはまるで違う緊張した面持ちが見て取れた。
「ぐだぐだ言ってねえで早くしろ」 
 要がそう言って誠を小突く。部屋を仕切るガラス窓を茜とラーナが駆け抜けていく。
「法術特捜?どう言うことですか?」 
 そう言ってカウラは明石の顔を見上げた。サングラス越しだが、感情を隠すと言うことが苦手な明石には明らかにこの事態を予測していたような落ち着きが見て取れた。扉を開いて廊下に出れば、すでにハンガーには整備班員が整列して明華、ヨハン、レベッカが彼らの前で直立不動の姿勢をとっていた。管理部の隊員に続いて階段を駆け下りると、さも当然と言うようにランと高梨が整列していく隊員を眺めている。
 ハンガーに整列する隊員だが、技術部はバルキスタンに派遣された島田達とマリアの直参の警備部の面々、そして島田に同行したサラをトップとするバックアップ要員がいないこともあってなぜか数が少なく見えた。
「遅いぞ、とっとと整列しろ」 
 シンが管理部の隊員に声をかける。誠達も明石の前に順番に整列した。そんな誠達の前には待機状態の大きな画像が展開していた。前回の事故の時とは指揮官達の表情はまるで違っていた。最後に駆けつけてきたリアナ貴下のブリッジクルーの女性隊員達も緊張した表情でアイシャを中心に整列する。
「いいかしら、リアナ」 
 部下を整列させ終えたリアナに明華が声をかける。そして彼女に促されるように明石が置かれていたお立ち台の上に上がった。
「一言言っておく!今回の緊急出動は戦闘を前提としたものである!各隊員においては常に緊張した状況で事態に対処してもらう必要がある。各員、気を引き締めて職務に当たってほしい」 
 言葉としては標準語だが、明石の関西風の独特のイントネーションが誠のつぼにはまって思わず噴出しそうになる。前に立っていた要はそれに気づいて誠の足を思い切り踏みしめた。足の痛みに涙を流しそうになる誠の前のスクリーンが起動した。
 そこには誠が初めて見る保安隊隊長嵯峨惟基の緊張した表情が大きく映し出されていた。誠は嵯峨の緊張した面持ちにこれから説明されるであろう事態の深刻さを理解していた。
『えー、あー、あれ?』 
 間抜けな声が響くカメラ目線の嵯峨の目つきがいつものうつろな濁った色に変わる。
『ラーメン……チャーシューメン。高いよな……え?』 
 整列していた隊員が呆然と大写しの嵯峨を呆れた顔で見つめる。
『……吉田!写ってんの?回ってんの?切れよここ。な?』 
 そう言うと嵯峨は再び見慣れない厳しい表情に戻る。明石の横に立つ吉田に幹部連の視線が痛く突き刺さっている。