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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 誠の言葉に頷くレベッカ。やはりと思い天を仰ぐと、どこか表情のさえないレベッカに声をかけた。
「隊長が襲われるのは別に珍しいことじゃないですから気にしない方がいいですよ。もともと胡州はそう言うことの多い国ですから」 
「それが単純にそうとも言えないんだ」 
 突然響いたバリトンに誠が振り向く。そこには白衣を着たヨハンがいつものようにビーフジャーキーを食べながら座り込んでいた。良く見れば彼が座っているのはそれは島田のバイクの予備タイヤである。いつもならこぶしを握り締めた島田が駆け寄ってくる状況であり、彼の出張任務中だからこそ見れる光景だった。
「なにかあったんですか?」 
 そうたずねる誠にあきれたような表情を浮かべるヨハン。レベッカは何かに気づいたと言うようにおずおずと下げていた視線をヨハンに向けた。
「もしかして法術を使用したとか……」 
 その言葉に満足げにヨハンは頷いた。
「法術の空間干渉能力は知られている所だが、精神感応能力により空間干渉を行うというのが今の法術の存在の基礎理論ということに一応はなっているんだけどな。それをいくつか応用するととんでもないことができるということは理屈では前々からわかっていてね。特に隊長はアメリカ陸軍の実験施設に収容していた際にその展開バリエーションを確認するための実験に参加させられた経験がある。今回はその一つを衆人環視の下使用したんだ」 
 そこまで言うとヨハンは袋からジャーキーを取り出して口に放り込む。
「どういう力なんですか?」 
 誠の言葉にあきれたようにジャーキーを食べ続けるヨハン。だが、いつの間にか階段から降りてきていたカウラが無い胸の前で腕組みをしながら誠の前に立った。
「幻術だ」 
 それだけ言うとカウラは携帯端末を開いた。レベッカと誠はその画面に眼を向けた。そこには次元跳躍型港湾の監視カメラの映像らしいものが映っていた。嵯峨の行き先から考えればそこは胡州の首都帝都の宇宙への玄関口である四条畷港だろう。一人の着流し姿の男が懐手のまま悠然と自動ドアを通ってカメラの前に現れる。
 その男、嵯峨惟基は帯に手を移して何かを探ろうとしていた。そして次の瞬間だった。
 男の姿が消えると同時に彼の立っていた地面に煙が上がった。
「消えましたね」 
 誠はそう言ってカウラを見つめる。カウラはしばらくこの状況を眺めていたが、すぐにヨハンの方に向き直った。
「見ての通りだ」 
 そう言うと口に三切れ目のジャーキーを放り込む。この4ヶ月あまりの付き合いで、こういう時のヨハンに何を言っても無駄だとわかっている誠はそのまま実働部隊の部屋に向かった。カウラもそれに続く。カウラをつれて歩いている姿に管理部の窓越しに殺気を帯びた菰田の視線を感じる。誠はそれから逃れるようにして実働部隊の部屋に入るとメジャーを持ったランがあちこちに印をつけながら縦横無尽に部屋の中を図っていた。
「あの、何を……」 
「見てわかんねーか?部屋の寸法を測ってんだ」 
 それだけを誠に言うと今度は通信ケーブルを基点にしてまたメジャーを伸ばす図り始める。
「それなら端末が司法局に取り上げる前の状態に戻せば……」 
 誠の言葉にむっとした顔をするラン。嵯峨の手抜きのせいで保安隊は手書きの報告書が強制され、前時代的な事務所となっていたことはランも知っているようだった。
「いーだろ!アタシにも考えがあんだよ」 
 そう言いながら動こうとしない吉田をにらみつける。吉田は体を椅子に預けてヘッドホンで音楽を聴いているだけで手を貸すつもりも無いという様子。部屋にシャムが見当たらないのはグレゴリウス13世の世話をしに行ったのだろう。
「要さん……それに明石中佐はどうしたんですか?」 
 その言葉に廊下の外を出て左に入るというようなポーズをとる吉田。
「隊長室ですか」 
 ハッキングで大概の情報をつかめる吉田も、監視カメラの類や盗聴器を完全に排除するのが趣味と言う嵯峨の部屋の中の様子はわからない。それがわかると誠はランの作業の邪魔にならないようにと入り口近くの丸いすに腰掛けた。小さな体であちこち動き回っては測定したデータを携帯端末に入力するラン。カウラは部屋の入り口でその様子を見守っている。
「これなら行けんじゃねーかな」 
「何がですか?」 
 さすがに軍施設に準じた部隊の建物でちょこまかと小さい女の子が動き回っているシュールな状況にたまりかねて立ち上がった誠は後ろからランに声をかけた。めんどくさそうな視線を送るラン。
「いやあ、ちょっと教導隊の端末が今度更新されるんだ。それでその端末をここに持ち込めるかどうか図っていたんだが、どうにかなるみたいだな」 
 そう言って吉田に向けて勝ち誇ったような顔をするラン。
「でもそれならこの部屋のデータを吉田さんからもらえば……」 
「やなこった」 
 吉田はそう言って風船ガムを膨らませた。ランが右手を強く握り締めているのは内に湧き上がる怒りを静めているのだと誠は確信していた。
「でもそうすると明石中佐カラーはかなりなくなりますね」 
 ぼそりとそう言ったカウラの言葉に吉田は大きく頷いた。
「なんでも機械に頼るのは良くないねえ。昔ワープロが普及した時代に漢字を読めるけど書けないという人々が……」 
 電子戦で鳴らした吉田の一声に呆れる誠。
「電算機がなに言ってんだか……」 
 ランの挑発的な態度に今度は吉田が静かにヘッドホンを外した。
「それより……良いんですか?」 
 吉田はそう言って机の上の新聞をランの立っている隣の机に投げる。スポーツ新聞である。吉田とはつながりが薄いそれに誠もカウラも黙っていた。
「小さな記事ですがね、この超高校級のスラッガーが法術問題で揉めてるって記事の下」 
「ああ、アイシャのことか」 
 そう言うと関心が無いとでも言うように明石の椅子の上にちょこんと座るラン。
「あいつの人生だ。とやかく言うことねーんじゃないか?」 
 そう言うとその記事を表にしたままランは新聞をカウラと誠に渡した。
 大見出しが踊っている。
『即戦力を探せ!大卒、社会人選手の争奪合戦か?』 
 そんなあおり文句の下には法術適正の検査結果により、法術適正者の現役選手たちの交換要員として急浮上してきた即戦力が見込める大学や実業団の選手の一覧が並んでいるが、写真としてあるのはこの前の菱川重工戦でホームランを打ったときのアイシャの姿だった。
「クバルカ中佐殿もご存知でしょ?あいつは人造人間『ラストバタリオン』ですよ。まあずいぶんらしくないのは確かですけど。でもこれまで『あなたの進路は何ですか?』なんて質問されたことが無いのは確かなんですから。それなりに悩むはずでしょう?」 
 珍しく正論をぶち上げる吉田に眼を丸くする誠とカウラ。だが、まるで関心が無いというようにランはそのまま椅子から降りた。
「奴も子供じゃねーんだ。自分の身の振り方ぐらい考えるだろ?それにアタシがでしゃばればリアナの面子をつぶすことになるしな。後は要にいらねー心配するなってタコが諭してるとこだろうからな」