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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 要を待つことも無くフォークとナイフでステーキを切り分けるアイシャ。その様子に要は少しばかり首をひねっていた。要はアイシャが食事の順番などで気を使う質なのを良くわかっていた。いつもなら要の準備が済むまでの暇つぶしに何かしら要をからかうような言葉を吐くところだが、目の前に座ろうとする要など眼中に無いというようにテーブルマナーを守りながらステーキを切っていた。
 遠くでエプロンを畳みながらその様子を眺めていた誠はカウラの方に眼をやった。カウラは誠の分の食事をトレーに盛り分けながらアイシャをちらちらと観察している。
「おい!なんか喋れよ!」 
 沈黙に耐えかねた要がアイシャを怒鳴りつけた。アイシャは一瞬不思議そうな眼で要を見つめるが、すぐに目の前のステーキと格闘を始めた。
「こいつなんとかしてくれよ!気持ち悪りいよ!」 
 隣に座ろうとするカウラに眼を向ける要。アイシャの隣に座った誠は乾いた笑いを浮かべるだけだった。
「で、どうするんだ?アイシャ」 
 味噌汁を一口、口に含んだカウラがアイシャにそう言った。それまで付け合せの誠が作ったほうれん草の水煮を食べていたアイシャのフォークが止まる。彼女なりに自分の行く道を迷っているそんな様子が誠にも手に取るように分かった。
「どうした方が良いかな?」 
 アイシャはそう言うと隣に座っておかずの鯖の味噌煮を食べていた誠を見つめた。
「どうって……」 
 そう言いながら誠はどう答えれば良いのかわからなくなっていた。
「良い話じゃねえか。神前もなれなかったプロ野球選手だぜ」 
 要は淡々と味噌汁を飲み下す。その姿に眼をやるアイシャにはいつものようないたずらっぽい表情はなくなっていた。
「でも話題づくりが優先している気がするんだがな。確かに去年もプロに行った菱川重工豊川のエース北島から三安打して、今年もナンバーワンノンプロの野々村からホームランを含む四安打。だがそれ以前の実績はまるで無い選手を指名するってことは……」 
「法術適正者の指名回避の影響じゃねえのか?」 
 タクワンをかじりながら話すカウラの言葉をさえぎった要。一応保安隊野球部の監督で、地球の球団のスコアーをつけるくらいの野球通の彼女があっさりそう言うと話題は途切れてしまう。
 アイシャはステーキの脂身を残してそのまま立ち上がった。
「どうした、食欲無いのか?」 
 その様子を珍しく気を利かせた要が見ていた。
「そう言うわけじゃないけど朝からステーキはさすがに……」 
「じゃあその脂身アタシによこせ」 
 そう言うと要はアイシャの許可も取らずに箸で脂身をつまみあげると口に放り込んだ。アイシャはそんな要に何を言うわけでもなく食堂のカウンターに食器を戻そうと歩き出す。
「やっぱ変だな」 
 口の中で解ける脂身の感触に酔いながら要はアイシャを見送っていた。
「あいつが決めることだ。横からどうこう言うことじゃないだろ」 
 そうカウラは言うとタクワンをご飯に乗せて口の中にかきこんだ。


 季節がめぐる中で 23


 出勤途中のカウラの車の中でもアイシャはぼんやりとしていた。らしくない。それは誠もカウラも感じていてできるだけ刺激をしないようにじっとしていた。それでも一人、まったく空気を読まない要を二人してなだめすかせる。どうにか乗り切って疲れた誠が駐車場で始めて目にしたのは彼等を待っていたパーラだった。
「アイシャ、お姉さんが話があるって」 
 助手席から降りたばかりのアイシャは少し不思議そうな顔をしてパーラを見つめた。『お姉さん』と言えば保安隊では運用艦『高雄』艦長鈴木リアナ中佐のことを指す。ちなみに『姐御』と言うと技術部部長の許明華大佐か警備部部長のマリア・シュバーキナ少佐を指すのでどちらを指すのかは話の流れを読む必要があった。
「まあなんだ、お姉さんと相談して来いよ」 
 要の言葉にアイシャは何も言わずにそのタレ目を見つめた。そして背中を押されるようにしてアイシャは運用艦のブリッジクルーの詰め所に近い正門の方へと歩いていった。
「大丈夫かねあいつ」 
 ハンガーの方に向かって歩き出した要だが、思わず隣を歩くカウラに声をかけていた。
「突然のチャンスに戸惑っているんだろ?悩むだけ悩めば解決方法も見つかるものだ」 
 そう言ったカウラの前に回りこんだ要はその特徴的なタレ目のまなじりをさらに下げてカウラを見つめる。
「なんだ、気持ち悪いぞ」
 自分を見る要のタレ目に一歩下がってカウラが声をかけた。 
「オメエもいっぱしの指揮官風のことも言える様になったじゃねえか」 
 カウラの顔が次第に紅潮したかと思うと、そのまま要を避けて早足でハンガーへの消えていく。
「褒めたのになあ」 
「西園寺さんと一緒で慣れない事態に戸惑っているんじゃ……」 
 そこまで言いかけた誠の襟首をつかむとぎりぎりと締め付ける要。
「誰が慣れないって?そう言う口はこれか?」 
 今度は誠の唇を右手でつかみあげる。サイボーグのアイシャの義体の人工筋肉の力でつかまれて、誠は無様にばたばたと手足を動かすことしかできなかった。激しく何かを叩いた音と共に誠を吊り上げていた力が抜けて誠はそのまま地面に座り込んだ。目の前では後頭部を抑えた要ともう一撃振り下ろされる竹刀が見えた。
「こんの餓鬼!」 
 要が振り返ってその一撃を払いのけるとその先にはランが竹刀を持って立っていた。
「おー、いい度胸だな。それに朝から元気で結構なこった」 
 そう言うとランは要を無視して正面入り口に入る。そしてついてくる二人を導くように事務所のある二階へ向かう階段を上り始めた。さすがの要も軍に奉職して長いだけあって上官のランを睨みつけはしても追いかけることはしなかった。
「西園寺さん、大変ですよ!」 
 二人のやり取りに決着がついたのを見透かしてか、いつものように照れながらレベッカが現れた。
「なんだ?」 
「確か西園寺さんは嵯峨隊長の姪御さんでたよね?」 
 そう言うとレベッカは視線を落とす。誠はレベッカに要と言う人物を相手にするときのコツを教えなければと思っていた。要は短気である。それも超がつくほどの。回りくどい思いやりなどは邪魔と言うより要をいらだたせるだけの効果しか発揮しない。
 明らかにいらいらとしている要は、明華が現れるかも知れないと言うことを考えずにタバコを取り出して火をつけると苛立ちの限界と言う表情でレベッカを睨みつけた。
「なんだ?叔父貴が天誅組にでも待ち受けられてドタマぶち抜かれてくたばったか?」 
 そう言いながら明らかにいらだっている要にレベッカはおずおずと何かを言おうとしてる。
「おい、アタシも暇じゃねえんだ!死んだらニュースになるだろ?生きてるんなら後のしろ!」 
 そう言って要は階段を上がっていく。誠はこの状態の要に触れる危険性を知っているのでそのままレベッカと二人でハンガーに残された。
「それでシンプソン中尉、何があったんですか?」 
 そうたずねる誠に戸惑うような顔を見せるレベッカ。
「隊長が狙撃されそうになって……」 
「その狙撃手をなます切りにしたんですか?」