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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「バルキスタンのエミール・カント将軍……そろそろ退場してもらいたいものだとは思うんですけどね」 
 嵯峨の言葉に高倉は頷く。だが嵯峨はそれを制して言葉を続けた。
「アメリカさんの受け売りじゃないが、根っこを絶たなきゃいつまでもベルルカン大陸が暗黒大陸なんて呼ばれる状況は変わりやしませんよ。それにただでさえ難民に混じって大量に流通する物騒な兵器や麻薬、非合法のレアメタルにしても、入り口が閉まらなきゃあちらこちらに流れ出て収拾がつかなくなる……いや、もう収拾なんてついてないですがね」 
 そこまで言ったところで嵯峨は大きくタバコの煙を吸い込んだ。高倉は嵯峨に反論するタイミングをうかがっていた。
「だけどね、これはあくまで遼州の問題ですよ。アメリカの兵隊を引き込む必要は無いんじゃないですか?」 
 嵯峨はゆっくりと味わうようにタバコをくわえる。
「確かに俺の手元にある資料だけで彼を拉致してアメリカの国内法で裁けば数百年の懲役が下るのは間違いないですし、うまくいけばいくつかの流通ルートの解明やベルルカンの失敗国家の暗部を日に当てて近藤資金の全容を解明するにもいいことかも知れないんですが……」 
「それなら……」 
 高倉は嵯峨の言葉をさえぎろうとしてその眼を見つめた。しかし、嵯峨の眼はいつものうつろなものではなく、鉛のような鈍い光を放っていた。そしてその瞳に縛られるようにして高倉は言葉を飲み込んだ。
「遼州の暗部は遼州で日の下に晒す。それが筋だと思うんですがね。そしてそれが胡州の国益にもかなうと思いますよ。でも規模が大きすぎる。まるでパンドラの箱だ。災厄どころか永遠の憎悪すら沸き起すかもしれないブービーとラップだ。俺はできるだけ開かずに済ませたいところですがねえ。それが事なかれ主義だってことは十分に覚悟していますが」 
 そう言うと嵯峨はそのまま墓を後にしようと振り返った。
「つまり遼州同盟司法局は米軍との共同作戦の妨害を……」 
 高倉の言葉に嵯峨は静かに振り返る。
「それを決定するのは俺じゃないですよ。司法局の幹部の判断だ。ただひとつだけいえることはこの胡州軍の動きについて、司法局は強い危機感を持っているということだけですよ。俺にはそれ以上は……」 
 そう言うと嵯峨は手を振って墓の前に立ち尽くす高倉を置き去りにして歩き出した。高倉を気にしながら楓とかなめは嵯峨についていく。そして高倉の姿が見えなくなったところで楓は嵯峨のそばに寄り添った。
「父上、いいんですか?現状なら醍醐殿に話を通して国家憲兵隊の動きを封じることもできると思うのですが?」 
 楓も高倉がアメリカ軍の強襲部隊と折衝をしている噂を耳にしないわけではなかった。エミール・カントの拉致・暗殺作戦がすでに数度にわたり失敗に終わっていることは彼女も承知していた。低い声で耳元でつぶやく楓に嵯峨は一瞬だけ笑みを浮かべるとそのまま無言で歩き始めた。待っていた正装の墓地の職員に空の桶を職員に渡すとそのまま楓の車に急ぐ嵯峨。次第に空の赤色が夕闇の藍色に混じって紫色に輝いて世界を覆う。
 そんな親子を見てかなめは急いで車に乗り込む。嵯峨も静かに後部座席に乗り込んだ。そして発進しようとするかなめを制して助手席の楓の肩に手を乗せた。
「正直、国家憲兵隊は権限が大きくなりすぎた。本来国内の軍部の監視役の憲兵が海外の犯罪に口を挟むってのは筋違いなんだよ。だから高倉さんには悪いが大失態を犯してもらわないと困るんだ。当然相方のアメリカ軍にも煮え湯を飲んでもらう」 
 突然の言葉に楓は振り返って嵯峨の顔を覗き込んだ。そのまま後部座席に体を投げた嵯峨はのんびりと目を閉じて黙り込んでしまった。
「車、出しますね」 
 そう言ったところで楓の携帯端末に着信が入った。
「あ、父上。屋敷に赤松中将がお見えになったそうです」 
 短いメールを見て楓がそう父に知らせるが、嵯峨はすでに眠りの世界に旅立っていた。


 季節がめぐる中で 22


 朝食である。
 だが、誠はカウラがうれしそうに分厚い牛肉を焼く姿をぼんやりと見つめていた。一応ここは遼州保安隊下士官遼の食堂である。同じように朝食当番の西はあわただしく大きな味噌汁のなべから椀に中身を移している。上着を脱いだ保安隊の制服にエプロンをつけて不器用そうにフライパンを揺らすカウラは見ていて、誠も心がときめいていた。
「おい、何してんだ?」 
 起きたばかりの要が声をかけてくる。誠は思わず振り返って驚愕する。
「西園寺さん!ブラジャーくらいつけてくださいよ!」 
 その声に当然のように食堂にいた男性下士官は反応した。本来この寮は男性寮だった。誠が抜きん出た法術適正の持ち主であることにより彼の誘拐未遂事件があったことから、要、カウラ、アイシャの三人が護衛と言う名目で住み着いているが多くの男性隊員が以前からここに暮らしている状況は変わらなかった。
「いいだろ別に。減るもんじゃねえんだから。それとも嫉妬してるのかねえ」 
 そう言いながら自称98のHカップと言う胸を揺らしてくるりと一回転する。だが、その要の手を握り締める白い手が二回転目を許さなかった。
「くだらないことはやめろ」 
 カウラがいつの間にか要の手を握り締めている。タレ目の要がさらに眦を下げてカウラの胸のあたりを見つめる。そこには平原が広がっていた。
「はい、そこまで!カウラ、肉焦げてるわよ」 
 珍しく部屋着では無く制服を着込んでいるアイシャがそう言って二人の間に入った。要は誠にウィンクしてそのまま食堂を出て行った。
「朝っぱらから誰がステーキなんて食べるの?」 
「ああ、アイシャさんですよ」 
 誠はアイシャの問いに即答した。一瞬なにが起きたのかわからないとでも言うようにアイシャが不思議そうな顔で食事当番のカウラと誠、そして他の隊員達にご飯を盛り付けている西を眺めた。
「お前がどこか昨日からおかしいからな。朝にエネルギーになるものを食べればそれだけ頭の回転も速くなる。そうなればいつものお前にもどるだろ?」 
 そう言いながらステーキを皿に盛るカウラ。付け合せの野菜を盛り分ける誠をじっと見つめるアイシャ。
「でも良いの?本当に。別料金なんて払わないわよ」 
 そう言って流し目で誠を見つめるアイシャだが、いつもの彼女に比べたらどこと無くぎこちないように誠には見えた。いつもならカウラを挑発するような毒のある言葉を吐く彼女だが、まるでカウラと誠に関心が無いというように皿を見つめている。
「これでいいんだろ!」 
 そんな二人の後ろから要が保安隊の制服で現れた。そして一瞬天井を見ながら匂いを感じると、つかつかとアイシャの前に出されたステーキの乗った皿に目をつけた。
「なんだこりゃ?こいつ朝からこんなもの食うのか?」 
 そう言ってあきれたようにアイシャの顔を覗き込む要。
「いいでしょ。これで今日一日乗り切れるわけよ」 
 そう言って香りを楽しむようなしぐさをするアイシャ。要はそのまま隣の西が盛り分けた隊員用の朝食のトレーに味噌汁などを自分で盛り分けていた。アイシャはそれを横目に実ながら悠然と自分の指定席の入り口近くの椅子に移動した。