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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「ああ、詳しいことはシュペルター中尉かシン大尉に聞いてくださいよ。僕だって理屈はよくわからないんですから。まあ来る途中でシュペルター中尉が言うには『干渉空間生成の特性を利用してその精神波動への影響を利用することにより敵をノックアウトする非破壊兵器だ』ってことなんですけど」 
 誠は正直さらにわからなくなった。
 自分が『法術』と呼ばれる空間干渉能力者であるということは近藤事件で嫌と言うほどわかった。空間に存在する意識を持った生命体そのもののエネルギー値の差異を利用して展開される切削空間、その干渉空間を形成することで様々な力を発動することができるとヨハンに何度も説明されているのだがいまいちピンとこない。
 デッキアップした自分の機体で待機する間、誠はただ目の前の明らかに長すぎる砲身を持った大砲をどう運用するのかを考えようとしていた。だがいつものように何を考えているのか良く分からない隊長の嵯峨惟基のにやけた顔が思い浮かぶ。そうなるといつものように煙に巻かれると諦めがついてきた。そしてそのまま深く考えずにじっと目の前の05式の20メートル近い体長と同じくらいの長さの大砲をじっと眺めていた。
「神前!起動は終わったか?」 
 別のウィンドウが開いてヨハンのふくよかな顔が目に飛び込んでくる。昨日の試合で見せた申し訳ないという感情ばかりが先行していた表情はそこには微塵も無かった。これは仕事だと割り切った彼らしいヨハンの視線が誠に向かってくる。
「今は終わって待機しているところです」 
 誠の言葉にヨハンは満足そうに頷く。誠はただ次の指示が来ることを待っていた。
「とりあえず東和陸軍の面々に見てもらおうじゃないか、05式と言うアサルト・モジュールを」 
 緩んだ顔でヨハンがそう言うと、あわせるようにして誠は固定器具のパージを開始した。
 東和陸軍の面々はハンガーの入り口で誠の痛特機を眺めている。薄い灰色の地に『魔法少女ルーラ』や『スクール&バケーション』などの上級者アニメのヒロインキャラを誠のデザインで配置した機体の塗装に彼等は携帯のカメラを向ける。
「凄いっすねえ、神前曹長。人気者じゃないですか!」 
 冷やかすように言う西を無視して誠は機体をハンガーの外へと移動させた。
「おい、西。頼むからあの野次馬何とかしてくれ」 
 神前の言葉を聞いた西が保安隊の整備員達を誠の足元に向かわせる。ハンガーの前に止めてあったトレーラを見下ろす。視点が上から見るというアングルに変わり、誠はその新兵器を眺めた。
 特に変わったところはない。
 これまでも法術や空間干渉能力を利用した兵器の実験に借り出されたことは何度かあったが、そのときの兵器達と特に違いは見えなかった。
『非破壊とか言ってたよな……』 
 誠はその長いライフルをじっと見つめる。しかし、その原理が全く説明されていない以上、それが兵器であると言う事実以外は分かるはずも無かった。
「神前。とりあえずシステム甲二種、装備Aで接続を開始しろ」 
 何かを口に頬張っているヨハンの言葉が響く。保安隊の出撃時の緊急度によって装備が規定されるのは司法実働機関である保安隊と言う部隊の性質上仕方の無いことだった。甲種出動は非常に危険度が高い大規模テロやクーデターの鎮圧指示の際に出されるランク。そして二種とはその中でもできるだけ事後の処理をスムーズにする為に、使用火器に限定をつけると言うことを意味していた。
『非殺傷兵器と言うことだから二種なのか……』 
 そう思いながらオペレーションシステムの変更を行うと、目の前のやたらと長い大砲のシステム接続画面へと移って行く。05式広域鎮圧砲。それがこの兵器の正式名称らしい。直接的な名称はいかにも無味乾燥で東和軍中心での開発が行われたと言う名残だろうと誠は思った。そのまま彼の機体の左手を馬鹿長いライフルに向けた。
『左利き用なのか?僕専用ってこと?』 
 そのまま左手のシステムに接続し、各種機能調整をしているコマンドが見える。
「接続確認!このまま待機します」 
 右腕でライフルのバーチカルグリップを握って誠の機体はハンガーの前に立った。


 季節がめぐる中で 4

 シンはコンクリートの壁に亀裂も見えるような東和陸軍教導部隊の観測室に向かう廊下を歩いていた。まだ早朝と言うこともあり人影はまばらである。それでもアラブ系の彫りの深い顔は東和軍では目立つようで、これまで出会った東和軍の将兵達は好奇の目でシンを見つめていた。
「あれ?シン大尉じゃないですか!」 
 高いテノールの声に振り向いたシンの前には、紺色の背広を着て人懐っこい笑顔を浮かべる小男が立っていた。
「高梨参事?」 
 笑顔を浮かべて歩み寄ってくる男、高梨渉(たかなし わたる)参事がそこにいた。
「いやあ奇遇ですねえ。今日はまた実験か何かですか?」 
 シンは余裕を持って笑って向かってくる小柄な男を相手に少しばかり身構えた。東和国防軍の予算調整局の課長という立場の高梨と、保安隊の予算管理を任されているシンはどうしても予算の配分で角を突きあわせる間柄だった。しかもこの高梨と言う男はシンの上司である保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の腹違いの弟でもある。
 ムジャンタ・バスバ。嵯峨と高梨の父親は20年以上前には名ばかりの皇帝として遼南帝国に君臨していた。実権を奪われて酒色に溺れた暗君。そんな彼が残したのは百人を超える兄弟姉妹だった。その中でも父と対立して第四惑星胡州に追われて嵯峨家を継いだ嵯峨惟基(さが これもと)と、父に捨てられたメイドの息子として苦学して東都大学を首席で卒業して軍の事務官の出世街道を登っている高梨渉は別格だった。両方の知り合いであるシンだがさすがに二人の父への思いを聞くわけにも行かず、それでいて興味があっていつかは確認してみたいと思いながら今まで来たことを思い出して自然に高梨の前で笑みをこぼしていた。
「そう言う渉さんは監査か何かですか?」 
 少しばかり自分の空想に呆れながらシンは話しかける。
「いえ、今日はちょっと下見と言うか、なんと言うか……とりあえず教導部隊長室でお話しませんか?」 
 笑顔を浮かべながら高梨は歩き始める。神妙な表情を浮かべる高梨を見ると、彼が何を考えているのかわかった。
 シンの西モスレム国防軍から保安隊への出向は今年度一杯で終わる予定だった。事実、西モスレム国防軍イスラム親衛隊や遼州同盟機動軍の教導部隊などから引き合いが来ていた。さらに保安隊は『近藤事件』により、『あの嵯峨公爵殿のおもちゃ』とさげすまれた寄せ集め部隊と言う悪評は影を潜め、同盟内部の平和の守護者と持ち上げる動きも見られるようになって来た。
『政治的な配慮と言うところか』 
 シンはそう思いながら隣を歩く同盟への最大の出資国である東和のエリート官僚を見下ろした。予算の規模が大きくなればパイロットから転向した主計武官であるシンではなく、実力のある事務官の確保に嵯峨が動いても不思議は無い。
 そう考えているシンの隣の小男が立ち止まった。
「シン大尉!待ってくださいよ。体長室はここですよ……それにしてもなんだか難しい顔をしていますね」