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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「早くしろ!マスコミの別働隊が来たらタコの作戦が無意味になるぞ!」 
 車高の低いカウラのスポーツカーの屋根に寄りかかっている要の姿が二人からも見える。アイシャはその声にはじかれるようにして走り出した。誠も突然の彼女の行動に不審に思いながらもついていく。珍しくアイシャが後部座席に乗り込み、その隣には要が座った。
「そう言えば要ちゃん。記者の方々は……」 
「ああ、それか。それなら……」 
 言葉を途中で切ると含み笑いを浮かべる要。いつもならここで要の頭を思い切りはたくアイシャがただ沈黙して敬礼する警備部の下士官達を眺めていた。
「明石中佐はあまさき屋に行くそうだ。記者の奢りで酒でも飲むつもりなんだろう」 
 そう言いながら工場の中の道に出た車のハンドルを切るカウラ。
「ああ、今日はいつものおもちゃを売っている店に行くのか?」 
 カウラはバックミラー越しにいつもと違うアイシャの姿を見て気を使っているように見えた。
「今日はやめておくわ、私は。神前君は?」 
 投げやりにそう言うアイシャに、要もカウラも何も言えないでいた。
「僕もいいですよ。そう言えば今日は菰田曹長が晩飯当番だったような……」 
 その言葉に久しぶりにアイシャがすぐさま反応した。すばやく手にしたバッグから携帯端末を取り出す。
「ああ、私。今日は晩御飯はいらないわよ……って作っちゃったの?じゃあみんなで山分け……上官命令。以上」 
 まくし立てた後、安心したように座席に身を任せるアイシャ。彼女の言葉に親指を立てて無言の賛辞を要が送っていた。
「ラーメンなら奢るぞ、アイシャ。しかし、神前。よく覚えていたな」 
 そう言いながら四人はあのこの世のものとは思えない菰田の料理を思い出していた。


 季節がめぐる中で 20


 『滅私奉公』と記された鉢巻。静かに口に含むペットボトルの水。五厘に刈りそろえた頭を一度なでると、青年は静かに手元のボルトアクションライフルのに手を伸ばした。
 彼は典型的な下級貴族の家に生まれ、軍人家庭の長男として育った。
 西園寺兄弟の地球圏国家に対する妥協政策に憤る同志達の面差しが頭をよぎる。軍縮で僅かな恩給を渡されて軍を追われた彼は陸軍の狙撃訓練校の生徒だった。訓練場の沈黙と今目の前に広がる宇宙港の雑踏に違いなど無いと彼は思って手に力をこめる。
 ゆっくりと狙撃銃のストックに頬を寄せ、静かに銃の真上に置かれたスコープを覗き込む。予想した通りこの場所だけが胡州帝都の玄関口、四条畷宇宙港の正面ゲートを見廻せる地点だった。ボルトエンドの突起が隆起していることで、すでに薬室に弾丸が装填されていることを示している。
 大義を知らない宇宙港を笑顔で出入りする愚民を相手に安全装置などかけるつもりも無かった。
「私利に走る佞姦、嵯峨惟基……」 
 青年は一言、ぼそりとつぶやく。その言葉で自分に力がわいて来るような気がしていた。半年にわたる調査と工作活動。同志の数名はすでに投獄されているが、彼等は死んでも今の自分の志を遂げる為に我慢して黙秘を続けてくれると信じていた。そしてこの今、引き金を引こうという指に彼等ばかりではなく胡州の志士達の誇りがかかっていると信じて再びスコープを覗き込む。
『嵯峨大佐は紺の着流しだ。すぐわかる……今ドアを開けた!』 
 ターゲットに張り付いている同志の声が響く。
 見つめる先、確かに紺の着流し姿の男が現れた。腰には朱塗りの太刀。しかし、この太刀は振るわれることは無いだろう。青年は引き絞るように引き金を握り締めようとした。
 その時だった。国賊と彼の呼ぶ嵯峨惟基は明らかに青年の方に向き直った。あまりのことに、青年は引き金を反射で引いてしまった。肩に強烈な火薬のエネルギーを受けて痛みが走る。すぐさま体に叩き込んだ習慣でボルトを開放して次弾を装填していたが、目の前に見える光景に青年は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
 着流し姿の男が消えていた。扉の周りの警官隊が、突然響いた銃声にサブマシンガンを抱えて走り回っているのが見える。青年はすぐさま脱出のことを考えたが、振り向こうとする彼の頬に突きつけられた刃に体を凍らせた。
「腕は確かだねえ。惜しかった!実に惜しかった」 
 頬を伝うのは青年の血だった。振り向かなくてもこの憎たらしい声を何度と無く青年は聞いていた。彼にとっては敗北に等しい妥協と、屈辱を遼州星系の民に強いた憎むべき敵。
「国賊が……」 
 青年の言葉に背後の男は我慢することが精一杯とでも言うように笑いを漏らす。
「あんた等の言語のキャパシティーの無さには感服するよ。国賊、悪魔、殺人鬼、人斬り、卑怯者、破廉恥漢、奸物、化け物。まあもう少しひねった言いかたをしてもらいたいものだねえ」 
 そう言って男は剣を引いたが、青年はその機会を待っていた。
 すぐさま落とした銃を手にしよう手を伸ばした。しかし、背後の気配はすばやく青年の意図を察して前へと踏み出す。そして彼が見たのは手首を切り落とされた自分の両腕だった。
 失われた両の手首をじっと見つめて、刀に付いた人肉の油を手ぬぐいでぬぐう男。そこには青年が憎んだ下卑た笑いを浮かべる奸賊の姿があった。そしてその濁った目にたどり着いたとき、焼けるような痛みが両腕に走りそのまま青年は崩れるように倒れた。
「ああ、痛かったかねえ。それに凄い血だ。一応警告しとくけど暴れない方が良いよ。警官隊が来るまであと三分ぐらいかかるから……その傷じゃあ……」 
 そう言いながら痛みに叫びを上げる青年を嵯峨は見下ろしていた。助けるつもりなどさらさら無い。そう言うことを証明するかのように腰の鞘に兼光を戻すとすぐに帯からタバコを取り出して火をつけた。
「大公!」 
 警官隊が嵯峨に向かって走ってくる。だが、彼等の目の前には射殺すべきテロリストが両腕を失ってのた打ち回っている姿があるばかりだった。
「止血だ!急げ」 
 『港湾警備隊』という腕章をつけた駆けつけた警察部隊の隊長らしき男が部下に指示を出すと、部下は両腕を切り落とされた凶弾の射手に哀れみを顔に浮かべながらベストから止血セットを取り出して処置を始めた。
「状況を説明していただけますか?」
 ヘルメットを脱いだ警察の部隊長が青ざめながら薄ら笑いを浮かべる着流し姿の男に声をかけている。青年はその光景を朧に見つめながら意識を失っていった。


 季節がめぐる中で 21


 四条畷港の超空間転移式港湾警備本部。その立て替えられたばかりの壁にしみ一つ無い廊下を一人の胡州海軍の少佐の階級章をつけた細身の高級将校が早足で歩いている。後ろに流れるような、根元を白い紐で結わいた黒髪も流れるように空調の風に揺れ、この人物の中性的な表情をより美しく飾り立てた。海軍の女性将校の制服はタイトスカートが基本であるところから考えれば、スラックスの姿であるこの人物が男性ということになるが、その胸の大きな塊がその可能性を否定した。
 彼女、嵯峨楓少佐の機嫌は最悪だった。